その10「おしまいとはじまり」

「おれはちーの事が好きだ。だからもし良ければ…付き合ってくれ」


 その言葉を切っ掛けに、世界が変わった。

 今までの関係が崩れ、新しい関係へと移り変わった。

 幼馴染という関係からの、ステップアップ。

 おわりと、はじまり。

 妙にふわふわしていて、彼の言葉を理解するまで時間が掛かったけれど…気付いたら、わたしは頷いていた。

 だって、その時になってようやく気付く事が出来たのだから。


 …ずっとただの幼馴染だと思っていた彼の事を、どうしようもなく好きだったという事に。


   *   *   *


 告白を受けたのは、大学の卒業式が終わった後の事だった。

 わたしは友達が少ない方で、別れを惜しむ友達もいなかった。むしろお世話になった教授との別れの方が辛かったかもしれない。

 まあそんな訳で、卒業式が終わった後に催された二次会に呼ばれる事はなく、わたしは自宅に向かって歩いていた。卒業したという実感はなかったが、新社会人になるのだと思うと少し気が重くなる。

 帰ってからはダラダラしようなんて、どうでもいい思考をしながら歩いていると、不意に後ろから名前を呼ばれた。聞き慣れた声だった。

 振り返ると、これまた見慣れた姿。幼馴染のふうちゃんが「よう」なんて言いながら片手を上げた。


「ふうちゃん…どうしたの?確か今日は卒業式だよね?」

「ああ、ついさっき終わったばかりだ。ちーも卒業式だったんだろ?」

「うん、わたしもさっき終わったところ。ふうちゃん、二次会とか行かなかったの?」


 わたしとふうちゃんは通っている大学こそ違ったが、時々会ったり話をしたりする事はあった。彼の話を聞く限り、ふうちゃんは大学に友達が多かったようだが…。


「ん、ああ大丈夫。それよりさ、飯でも食いに行かね?」

「わたしはいいけど…どこにいくの?」

「うーん…とりあえずファミレスとかでいいか?」

「わかった。じゃあ行こっか」


 あっさり話が纏まり、わたし達は近くのファミリーレストランへと向かった。


   *   *   *


 ファミリーレストランで適当にご飯を食べ、他愛もない話をする。

 卒業後の進路だったり、大学の話だったり、昔の話だったり…いつもと何ら変わらない光景だった。

 ひとつだけ違うところを挙げるとしたら…ふうちゃんがやけにそわそわしていたところだろうか。思えば、その時には既に告白する決心を固めていたのかもしれない。

 ご飯を食べた後、何処かに遊びに行こうという話になってカラオケに行く事になった。

 そこで歌いまくり、クタクタになって店を出てみるともう夜だ。時間が経つのは早い。


「なあ、ちー」


 唐突にふうちゃんがわたしの顔を見た。


「なあに?」

「最後に一箇所だけ、付き合ってくれ」


 わたしが頷くと、ふうちゃんは歩き出す。

 ふたりで夜の道を言葉もなく歩く。ちょっとだけワクワクした。小さい頃に新しい発見をした時の感情によく似ている。

 やがて、ふうちゃんの足が止まる。

 そこはちいさな公園だった。人気はなく、いくつかの遊具が街灯の光に照らされている。

 

「…こんなところで悪かった。でも、ふたりきりになりたかったんだ」


 ふうちゃんは神妙な面持ちで言う。

 

「ふうちゃん…?」

「多分、これを逃したらもう機会はない…だから、言うよ」


 決意に満ちた眼差しがわたしを捉える。

 それから目が離せなくて…わたしもふうちゃんを見詰めた。

 そして、


「おれはちーの事が好きだ。だからもし良ければ…付き合ってくれ」


 唐突に告げられた言葉に、わたしは驚く。

 その言葉を理解するのと同時に、胸の奥から表現出来ないほどの気持ちが溢れた。

 ああ、そうだ…。

 わたしもなんだ。

 わたしも、ふうちゃんの事が…。


 ちいさな頃から一緒に居るのが当たり前だった。

 一緒に笑って、一緒に泣いて、たまにケンカもした。

 その中でわたしの気持ちは変化していって、でもそれに気付けずに幼馴染という関係のままでいた。

 だけど、ふうちゃんの告白を受けて気付いたんだ。


 わたしも、彼の事が好きなんだって。

 

「…わたしも」


 掠れた声。でも、伝えたい。


「わたしも、ふうちゃんの事が好き」


 ふうちゃんが驚いた様にわたしを見る。

 わたしはにっこりと笑って、言った。


「わたしでよければ…よろしくお願いします」


   *   *   *


 物語のように劇的ではなく、ありふれたお話だけど…こうしてわたし達は一歩踏み出した。わたし達の関係はひとつのゴールとひとつのスタートを迎えたのだ。

 ここまで辿り着くのにはかなり時間が掛かったし、これから何があるかも分からない。

 だけど、ふうちゃんと一緒なら…わたしは大丈夫。

 素直に、そう思えた。


「…ちー、どうしたんだ?」


 帰り道、ふうちゃんが心配そうにきく。

 わたしは「何でもないよ」と答えて、ふうちゃんの手を握った。


「…あったかいね」

「ああ、そうだな」


 ぎゅっと、繋いだ手。

 この手のぬくもりがある限り、わたし達はきっと大丈夫。

 どこまでも、いつまでも、遥か先にある次のゴールまで、歩んでいける―そんな気がした。

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ふうちゃんちーちゃん断片集 古川早月 @utatane35

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