その6「小説を書き続けられる理由」
わたしが気紛れに書き始めた小説。
文章は杜撰で内容も稚拙なそれに、いつも感想をくれる人がいる。
渡り鳥:今回も良かったです!主人公が恋人の為に苦難に立ち向かう、というところが王道で、だけど古臭くもなく、新鮮な感じがしました!
【渡り鳥】というユーザーネームの人だった。リアルで会ったことはもちろん無いので、性別も年齢も不明。だけどひとりの読者として、わたしの小説に感想をくれる。
ネットの片隅に投げられ、朽ち果てる筈だった小説に感想をくれるのは、とても嬉しい。
それだけで自分の書いたものは無駄じゃなかったって、思えるから。
* * *
数年前のウイルス騒ぎがきっかけで始まった外出自粛期間。その時に、わたしは小説を書き始めた。
といっても、周りの人に見せられるものじゃない。ネットに匿名で流すチープなものだ。周りに「実はわたし、小説書いてるんです」なんて言おうものなら嘲笑と酷評の嵐だろう。家族にさえ、わたしが小説を書いている事は言っていない。
だけど、わたしのこの趣味を笑わずに応援してくれている人もいる。幼馴染のふうちゃんと、後輩の渚ちゃんだ。
ふうちゃんには最初に打ち明けた。幼馴染という事もあり、話しやすかったのだ。否定されるかなと思ってドキドキしたけれどそんな事は無く、それどころかたまに読んで感想をくれたりもする。彼が否定しなかったから、わたしは今でも小説を書けているのだろう。
渚ちゃんは高校時代の後輩で、つい最近再会した。後輩といっても同じ部活に入っていた訳でも無いし、後輩というには薄い関係なのだけれど…それでも、気付いたらわたしは彼女に自分の秘密を打ち明けていた。
「先輩、小説書いてるんですか?」
街中でバッタリと出くわし、そのまま入った喫茶店。
テーブルに置かれたオレンジジュースを前に、渚ちゃんが驚いた様子で声を上げた。
「まあ、ネットで書いてるやつだしそんな上等なものでも…」
「…凄いですっ!」
わたしの言葉は、渚ちゃんのキラキラと輝く目と尊敬の気持ち100パーセントの言葉に遮られた。
「わたしも小説好きで、書きたいと思っているんですけど…なかなか踏ん切りがつかなくて」
「恥ずかしいっていうのもあるよね」
「そうなんですよ…それにわたし、文章下手ですし…」
だから、先輩が羨ましいです―そう渚ちゃんは言った。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど…だけど、渚ちゃんにも書けると思うよ?」
「わたしでも…?」
「文章の巧拙は関係ないよ。大事なのは、書きたいと思うかどうかだよ」
わたしが言えた事では無いけれど、それでも、口に出していた。
「書きたいと思うか、どうか…」
「…ねえ、渚ちゃん、わたしと一緒に書かない?」
「えっ?」
渚ちゃんがわたしを見る。
「それはその、サークルみたいな?」
「あ、いやそうじゃなくて…お互いに見せ合いっこしようよって事」
「いいんですか!?」
「むしろ大歓迎だよ。周りに小説の事言える人、あんまり居ないし…」
渚ちゃんの顔が輝く。
「よろしくお願いしますっ!…いたっ!」
深々と頭を下げ過ぎたせいでテーブルに激突してしまった渚ちゃんを見て、わたしは苦笑する。
同時に、胸の中にポカポカしたものが生まれた。
それはきっと、同士を得たという喜びなのだろう。
「よろしくね、渚ちゃん」
その後、渚ちゃんはめきめきと実力を伸ばしていき、遂には小説家デビューしてしまうのだが…それはまた別のお話。
* * *
今、わたしが小説を書けているのは読者と仲間のおかげだ。
彼ら彼女らがいるからわたしは小説を書けているし、その繋がりを大事にしていきたい。
その繋がりも小説を書く醍醐味のひとつなんだろうな…そんな事を思いながら、今日もわたしは小説を書き始める。
読者に、仲間に、そして何処かの誰かに、届ける為に。
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