第25話 おしまい

 夏休みも残りわずかとなってきたある日。

 ぼくは、お気に入りの自転車に乗って図書館へやってきた

 陽平くんは……まだ来ていないかな。

 自動ドアを通って中に入ると、知っている声が聞こえてくる。

 郷土資料室きょうどしりょうしつの方だ。

 その声にみちびかれるようにして歩いていくと、その声の主が立っていた。

「おや。きみは……拓也くんだったかな?」

「こんにちは、灰塚拓也です」

 ぼくはニッコリ笑って薬師のおじいさんにあいさつする。

「よう。おれなんて朝から図書館に来ていたぞ」

 後ろにかくれていた陽平くんが出てきた。

「すごい。じゃあ、本ぎらいは、なおったんだね!」

 そう切り返したところ、陽平くんは口をつぐんでしまった。

 そのやりとりを見ていた薬師のおじいさんがたのしそうに笑う。

 今日は青色の半そでのポロシャツを着て、首には名札がかかっている。

 そこには『ボランティアスタッフ』と書かれている。

「今日はボランティアの日なんですね」

「ああ。子どもたちへの読み聞かせと草刈りをやることになっているんだ」

 薬師のおじいさんは、最近になって図書館でボランティア活動を始めた。



 きっかけは、図書館司書のみらいさんだった。

 ボランティアスタッフの人がやめることになり、新たにお手伝いしてくれる人をさがしていた。

 けれど、あたらしい人がなかなか現れないと困っていた。

 そこで、ぼくと陽平くんが薬師のおじいさんにやってみたらどうかと言ったのだ。

 それからすぐに図書館のボランティアスタッフとして採用さいようされたらしい。

 もの忘れが心配だったけれど、ボランティアを始めてからよくなっているらしい。

 それに、以前より元気でたのしそうに見える。

 みらいさんからも、いい人が来てくれてよかった、と言ってくれている。

「それで拓也くん。今日はどうしたんだい?」

「じいちゃん。さっき言ったろ。今日も拓也と夏休みの自由研究を進めるんだよ」

「そうか。そうだったな。おお、今日は、めずらしいお客さんが来てるぞ」

 めずらしいお客さん? 

 いったい、だれだろう。

「この町のヒーロー、キサラギジャッコウだよ。ほら、あいさつしてきたらどうだ」

 おじいさんは、エントランスのベンチの方を指さす。

 けれど、そこにはだれもいない。

「じいちゃん。なに言ってんだよ。キサラギジャックは、いつも来てるだろ。本をたくさん借りて行ったり、パソコンを持ち込んでカタカタさせたりさ」

 薬師のおじいさんは、キサラギジャックこと如月あさひさんのことも思い出した。

 ふたりは数年ぶりに再会して、うれしそうにこれまでのことを話し合っていた。

 あさひさんのおじいさんの知り合いとは、薬師のおじいさんのことだったんだ。

 キサラギジャックと命名したのもおじいさんだった。

 昔から薬師と蛇光は、仲よしの関係だったらしい。

 薬師はヘビ山に入って薬草をとり、帰りに蛇光をたよりに山を下りていたという。

 時には、ふたりでいっしょに山の中を歩いていたかもしれない。

 ぼくと陽平くんのキサラギジャック研究は、どんどん書くことがふえていく。



「じゃあ、じいちゃん。またね」

 陽平くんは話を切り上げて、ぼくといっしょに2階へ向かう。

 2階にやってくると、ちょうどみらいさんが本を運んでいるところだった。

「こんにちは。拓也くん、陽平くん」

 ぼくらも頭を下げてあいさつする。

「じいちゃんから聞いたけど、今日もキサラギジャックが来てるんだって?」

 陽平くんは、ニヤニヤ笑いながら聞く。

「あさひさんね。ええ、今日もなにか書いてるみたい」

「ふーん。でも、ここに来るのは本当にそれだけなの?」

「あさひさんはお仕事してるんだから、あんまりじゃましちゃダメよ?」

 みらいさんは、さっさと歩いて行ってしまった。

 みらいさんの口元は少しゆるんでいて、耳は赤くなっている気がした。

 ぼくらは、空いている席をさがす。

 ちょうどふたり並んで座ることができる席を見つけられた。

「あのふたり、もう付き合ってるのかな」

 陽平くんが周りに気をつかって小声で話す。

 あのふたりとはもちろん、如月あさひさんと清里みらいさんのことだ。

「わからないよ」

 ぼくはそう言ったけれど、あさひさんとみらいさんがいっしょにショッピングモールを歩いているところを見かけたことがある。

 それを見た時のぼくの胸は、なぜかドキドキというよりズキズキと痛かった。

 ときめきではない。この気持ちは、なんというのだろう。

 子どものぼくには、まだまだわからないことがたくさんある。



 ぼくと陽平くんは机の上に自由研究ノートを広げて、これまでキサラギジャックについて調べてきたことを書いていく。

 今は、キサラギジャックと屋号の関係性について書いている。

「なあ、拓也」

 陽平くんが声をかけてきたのでえんぴつを止める。

「夏休みの宿題は手伝ってもいいけど、読書感想文は自分で本をえらんでね」

「うぐっ! なぜ、それを……」

 陽平くんは、大げさなうめき声をあげてよろけて見せる。

「だってよ、読書感想文だぞ?」

「うん。そうだね」

「無茶言うなよ」

「宿題やらないとおこられるよ?」

「読書感想文をやるくらいならおこられた方がマシだ」

「じゃあ、黒田くんに読書感想文で勝負だって言われたら?」

「うっ……」

「校長先生にもおこられるかもしれないよ?」

「うっ……それは……」

 それからしばらく、うーんうーんとうなってから席を立った。

「本さがしてくる」

「がんばって」

 ぼくは机に向き直り、自由研究ノートの最初のページを開く。

 書き出しはこうなっている。




『キサラギジャックを知っている?

 こまっている人がいたら助けてくれる。

 わるいことをするやつがいたらこらしめてくれる。

 この町(まち)の人ならだれもが知っている正義の味方、英雄、この町のヒーローだ。

 けれど、名前は知っているのに誰もその姿を見たことがない。

 男なのか、女なのか、人間(にんげん)なのか、動物なのかもわからない。

 もしかしたら、まだだれも見たことのない姿をしているかもれない』




 ふと、誰かに見られている気がして顔をあげる。

 ぼくと同い年くらいの男の子がじーっとこちらを見つめている。

 その子はニコッと笑い、走っていってしまう。

 なんとなく、その子の背中を追いかける。

 けれど、角を曲がったところで見失ってしまった。

「キサラギジャックを知っている?」

 ふいに背後から小さな男の子の声で話しかけられる。

 おどろいてふり返る。

 けれどそこには、だれもいなかった。

 それでもぼくは、そこにいるだれかに向かって言った。

「知ってるよ。キサラギジャックは、この町のヒーローだもの」

 どこからか、たのしそうな笑い声が聞こえた。

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この夏、ヒーローを見つける 川住河住 @lalala-lucy

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