第24話 言いたいこと

「おれは、キサラギジャックは、いつもカッコよくて、つよいヒーローだと思ってた」

 とつぜん、陽平くんがそんなことを言い出した。

「こんなヒーローは、もうきらいになっただろ?」

 あさひさんが苦笑しながら聞く。

 これまで陽平くんの口から語られた城江津市のヒーロー、キサラギジャックは、どれもカッコイイものばかりだった。

 だから、イメージしていたヒーローとはちがう存在を見て、ガッカリしているかもしれない。

「いや、前よりもずっと好きになったよ」

 陽平くんの反応は意外なものだった。

「そりゃ最初会ったときは毛むくじゃらのおっさんでいやだったったけど、今はけっこう若くてカッコイイよ。キサラギジャックには、そっちの姿でいてほしいな」

「だから、おっさんはやめてくれ……」

 毛むくじゃらのおっさんと呼ばれてかなしそうな顔をするあさひさん。

「それに、おれ、キサラギジャックは、絶対にいるって証明しないといけないんだ。だから、にいちゃんにはキサラギジャックでいてもらわないとこまるんだよ」

「いてくれないといけない理由ってなあに?」

 みらいさんがたずねる。

「夏休みの自由研究でキサラギジャックを見つけるって決めてるんだよ」

「すごい。自由研究が完成したらわたしにも見せてほしいな」

 おもしろがるみらいさんに対して、あさひさんがこまったような声をあげる。

「おいおい。人を勝手に自由研究のテーマにするなよ。おれはキサラギジャックでもないし、これでも覆面作家ふくめんさっかとして活動しているんだ。困るんだよ」

「え~いいじゃん!」

「よくない!」

「それに、文章が書けないことだってよくあるよ。そのうち書けるようになるって。おれだって作文苦手で書けないもん。そういう時は、えんぴつをころがしてみるといいぜ?」

「あのな、小学生の作文と小説家の仕事をいっしょにしないでくれ……」

 ふたりのやりとりを見ていたみらいさんが笑い出す。

 つられてぼくも笑ってしまう。



 そんなやりとりを見ていたら、ぼくも言いたいことが出てきた。

「ぼくは……」

 いつのまにか口を開いていた。

 みんなの視線がこちらに向けられる。

 今までのぼくならそれだけで緊張してなにも話せなかった。

「ぼくは……キサラギジャックなんていないと思っていました」

 けれど今はそんなことない。

 言いたいことは、がまんしないで言わなくちゃ。

「ぼくは都会で生まれ育って、お父さんの仕事の都合でこの町に引っ越してきました。ぼくも虫やヘビは苦手で、毎日いやだなぁと思ってました」

 みんな、ぼくの話をだまって聞いてくれている。

「だけど、ここにいる陽平くんが教室でひとりぼっちだったぼくに話しかけてくれて、それから話したり遊んだりして友だちになっていくうちに、いやじゃなくなったんです」

 陽平くんは、照れくさそうに笑った。

「それから終業式の日に初めてキサラギジャックのことを知りました。いるかどうかもわからないのに、なんとなく陽平くんの言うことを聞いてさがし始めました。近所に住むおじいさんに話を聞いたり図書館でみらいさんから話を聞いたりしました」

 みらいさんは、なつかしそうにうなずいている。

「それから初めてヘビ山に入りました。ヘビが出ると聞いてこわかったけど、キサラギジャックの住んでいる家を見つけられた時は、すごくうれしかったです」

 今度は、あさひさんがうなずいている。

「ぼくにとってのヒーローは、ふたりいるんです。ひとりは陽平くんです。ぼくがこの町に来て初めてできた友だちで、あこがれの人です。いつも前向きでどんな道でもずんずん進んでいくところがすごいんです。今までぼくは後ろを歩いて、背中をずっと見るばかりでした。でもこれからは、となりに立ったり前に立ったりできるようになりたいです」

「それなら、もうできただろ?」

 陽平くんが声をかけてくる。

「え? 本当に?」

「さっきヘビが向かってきた時、おれとおねえさんを守るように前に出ていっただろ。あの時の拓也は、すごくかっこよかったぞ!」

「うん。かっこよかったよ。ありがとう」

 みらいさんもお礼を言ってくれた。

 それを見たぼくは、前に出ることができてよかったと思った。

 顔がまっ赤になるのを感じてうつむく。



 それから、もうひとりのヒーローについて話すことにした。

「もうひとりは、キサラギジャックです。でもぼくは、あさひさんがキサラギジャックでも、そうじゃなくてもいいと思っています」

 ぼくの言葉にみんなおどろいている。

「あさひさんがキサラギジャックはいやだって言うならヒーローは続けられないと思うんです。それなのに、これからもずっといやなヒーローを続けなさいって言うのは、ぼくにはできません。人がいやがることはやっちゃいけないと思うんです」

「たしかにな。おれだって、毎日本を読めって言われてもぜったいにいやだ!」

 ぼくの話に、陽平くんが納得したようにうなずく。

「でも、キサラギジャックにはいてほしいです。だってそうしないと、自由研究の勝負に負けちゃうから。だからぼくは、夏休み中にあたらしいキサラギジャックを見つけます」

「新しいキサラギジャックを見つけるって……どういうこと?」

 みらいさんが聞いてくる。

「みらいさんを助けたきさらぎあさひさんが初代キサラギジャックです。でも、初代がヒーローをやめたいと言ってるなら2代目キサラギジャックをさがせばいいんです」

「2代目なんてそんなの……」

「いるかどうか、わかりません。でも、もしかしたらいるかもしれません。それに、もしいないんだったら、ぼくが2代目キサラギジャックになります!」

 みらいさんと陽平くんは、さっきよりずっとビックリした顔をしている。

「ちょっと待った! 拓也がなるならおれもなりたい。というか、おれがなる!」

「そうだね。陽平くんならピッタリだよ」

 城江津市で生まれ育っているし、ヘビ山のすぐ近くに住んでいるからできると思う。

「だろ? よし、今日からおれが2代目キサラギジャックになる!」

「でも、キサラギジャックになるってどうやったらなれるんだろう」

 ぼくは、あさひさんの方をちらりと見ながら話す。

「そうだな。どうやったらなれるんだろうな」

 陽平くんも同じようにあさひさんの方を見ながら話す。

「初代キサラギジャックに教えてもらえばいいんじゃない?」

「そうだな! それは、いい考えだ!」

「あさひさんがキサラギジャックをやめたいというなら、ぼくらは止めません」

「でも、おれが2代目キサラギジャックになるまでは、やめないでくれよ」

 ぼくらのやりとりを聞いていたみらいさんもいっしょにお願いしてくれる。

「そうね。それなら、もうすこし作家も続けてもらわないとダメじゃない?」

 それからしばらくしてあさひさんは、重い口を開いた。

「わかった。わかったよ。作家もキサラギジャックも、もうすこしだけ続けてみるよ」

「本当ですか?」

「ああ。作家きさらぎあさひはファンの期待にこたえなければならないし、城江津市のヒーローキサラギジャックは、みんなとの約束は守らないといけないんだ」

 その言葉を聞けたぼくらは、とってもよろこんだ。

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