第22話 屋号の由来
「じゃあ、どうして蛇光という屋号がついたと思う?」
あさひさんからあらたな質問がなげかけられる。
今度は、さっきの問題よりずっとむずかしそうだ。
「ヘビ山が光っていたから?」
陽平くんがすぐに思いついたことを発言する。
「ちょっとちがうな。でも、考え方はまちがっていない」
ぼくは気になっていたことを聞いてみる。
「この山に住んでいる人は、如月さんだけなんですか?」
ここに来るまで家なんて見かけなかった。
たしかめてはいないけれど、これよりおくには進みたくないから聞いてみた。
「ご近所さんはいないよ。ずっと昔から山の中に住んでいるのはうちだけ。でも、どうしてもここに住む必要があるんだって……天国にいった祖父は言ってたよ」
あさひさんは、すこしかなしそうな表情を見せた。
どうしてもここに住まなければいけない理由ってなんだろう。
電気も水道もガスも通っているかわからない。
ヘビも出るし、クマやイノシシも出そうでこわいところなのに。
どうしてここに住まなければいけなかったんだろう。
「清里さんはどう?」
なかなか答えられないぼくらを見て、あさひさんがみらいさんに声をかけた。
「もしかして、この家の光を必要としている人がいたんじゃないかしら」
「どうしてそう思った?」
「昔は、今みたいに電気も
「正解。つまりそれが、キサラギジャックの正体なんだよ」
え? どういうことだろう。
ぼくも陽平くんも顔を見合わせる。
あさひさんは、コップに入った麦茶を飲みほしてから言う。
「清里さんの言う通り、ヘビ山に住んでいる如月家の光が山に入る人たちにとっての道しるべになってたんだ。如月と蛇光。それが組み合わさってキサラギジャッコウ。そのうち、だれかが言いまちがえて『キサラギジャック』になった」
あさひさんは、陽平くんの空っぽになったコップをさげる。
ぼくとみらいさんのコップには、まだ麦茶がのこっている。
飲み終わったら帰ってくれということなのかな。
「なあ、昔の話はもういいからさ。キサラギジャックの話をしてくれよ」
陽平くんがテーブルに両手をついて身を乗り出して聞く。
「だから今説明しただろう。如月という苗字と屋号が合わさって……」
「そうじゃなくてさ。にいちゃんは、キサラギジャックなんだろ。だったら、
陽平くんの目はきらきらと光っている。
「前に俺と拓也がここに来た時、毛むくじゃらのおっさんにキサラギジャックはもういないって言われたんだ。でも、キサラギジャックはちゃんといた。なあ、動物と話ができるって本当なのか? わるい奴をたおしたこともあるのか? 教えてくれよ」
そういえば、あの人はだれだったんだろう。
あさひさんは、頭や顔に手を当てながらこまったように笑う。
「毛むくじゃらのおっさんとはひどいな。たしかにずっと髪も切っていなかったし、ヒゲもそっていなかったけど、これでも20代だぞ」
え?
もしかして……?
「この前会った人は、あさひさんだったんですか?」
「そうだ。もうここには来るなと言ったのがおれだ」
「どうして、キサラギジャックはもういない、なんて言ったんですか?」
あの時あさひさんは、ぼくと陽平くんに対してそう言った。
なぜだろう。
ここに来させないためならキサラギジャックなんて知らないと言えばよかったのに。
それなのに、どうして、キサラギジャックはもういない、と言ったんだろう。
「おれは、ヒーローのように人を助けたり夢を見せたりできる奴じゃないからだ」
あさひさんは、真剣な表情で答える。
ぼくと陽平くんは、なにも言えなくなった。
「この家はおれの祖父母の家で、おれの父親もここで育った。だけどこんなところで生活するのは不便(ふべん)だからな。父親は大学へ行く時に都会へ出て、卒業後もそこで就職した。それから母親と結婚しておれが生まれた」
やっぱりあさひさんは、この町の出身ではなかったらしい。
「おれは小学生の夏休みや冬休みになるとここに来ていた。でもなぁ、都会で育ったおれにとっては、こんな山にある家に来るのはつらかった。それに、ここはヘビ山と言われるくらいヘビが出る。そんなところに来たいと思うか? ふつう思わないだろ?」
ヘビという単語を聞いたみらいさんの体がビクッとふるえた。
「大丈夫。今はほとんどいない。いたとしても毒のないヘビだから安心しなよ」
あさひさんが安心させるために口を開く。
けれど、みらいさんの体のふるえは、なかなかおさまらない。
もしかすると『ヘビ』という単語そのものがこわいのかもしれない。
「テレビはあるけど映りがわるいし、外で遊ぶのはヘビがこわくてできないし、いやでいやで仕方なかった。そんな時、たまたま遊びにきていた祖父の知り合いが教えてくれたんだよ。如月の家には、べつの名前があるんだって」
「それが屋号、蛇の光、ジャッコウだったんですか」
ぼくがたずねると、あさひさんはうなずいた。
「そのとおり。如月とジャッコウ、それを合わせてキサラギジャッコウ」
「それがどうしてキサラギジャックになったんだよ」
今度は陽平くんが聞く。
あさひさんは、すこし苦笑いしながら答えてくれた。
「子どもだったおれは、蛇の光、ジャッコウなんていやだって言ったんだよ」
「なんで? カッコイイじゃん」
陽平くんは、あきれたような声をあげた。
ぼくは、あさひさんの気持ちがなんとなくわかった。
薬師のおじいさんに会うまでずっと灰塚という苗字が苦手だったから。
自分の名前にきらいなものが入っているのは、なんとなくいやなものだ。
「ねぇ、もしも陽平くんの屋号が『図書館』だったらどう思う?」
ちょっといじわるな質問をしてみる。
すると陽平くんは、ヘビににらまれたカエルのように青くなってしまった。
「今はヘビがそこまできらいじゃないが、昔のおれはヘビという単語を聞いただけでいやな気持ちになってたんだ。でも、その人は教えてくれたんだ。ヘビ山には、城江津市を見守るヒーローがいるってな。それがきみたちの言う、キサラギジャックだよ」
「そうそう。おれはキラサギジャックの話を聞きたかったんだよ」
陽平くんにいつもの元気がもどってきた。
「そのキサラギジャックは、こまっている人がいたら助ける。わるいことをする奴がいたらこらしめる。どんな時でも城江津市のことを見守っている、正義の味方、ヒーローなんだって。そして如月の家の人間は、キサラギジャックになることができると言われた」
「いいなぁ! いいなぁ! おれの家号は、カメヤキなのになぁ」
心の底からうらやましがる陽平くん。
けれど、あさひさんの表情は、すこしずつ暗くなっていくように見えた。
「おれは、キサラギジャックのようになりたいと思って生きてきた。みんなに夢や希望をあげられるような存在、ヒーローになりたかったんだ」
ああ、そっか。だからこの人は、小説家になったんだ。
本をとおして夢や希望をあげるヒーローのような存在、それが小説家だと思う。
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