第21話 住処の中
ぼくと陽平くん、清里みらいさんはキサラギジャックの家に入った。
外から見ると山小屋にしか見えなかった。
けれど中に入ってみるとそこは、図書館のようだと思った。
玄関には、くつよりもたくさんある本が積まれていた。
大きな本や小さな本、雑誌や新聞もたくさんある。
「おじゃましまーす!」
一番先にくつをぬいで入ったのは陽平くん。
キサラギジャックを見失わないようにピッタリと後ろについて歩いていく。
急いでぬいでいたから左右のくつがあっちこっち向いている。
「おじゃまします」
ぼくもくつをぬいであがる。
気になったので陽平くんのくつもきちんと並べておいた。
「お、おじゃましまーす……はあ……」
最後に、大きなため息をついてみらいさんが上がってきた。
みらいさんは大人なので、きちんとくつを並べている。
しかし、家に上がってからもしきりに後ろをふり返っている。
そのたびにため息をついた。
玄関先に積まれた本の山が気になっているのかもしれない。
せまい
せまいのは、床(いっぱいに本があるせいだ。
みらいさんはそれらを見て、またため息をついた。
なんだかすこし、おこっているような気もする。
本をふまないよう気をつけて進んだ先の部屋に入る。
けれど、やっぱり、ここにも本の山ができている。
「そこらへんに座っててくれ。今、お茶を出すから」
キサラギジャックは出ていく。
ぼくらは、そこらへんとはどこらへんなのか、と考えた。
せまい室内のそこかしこに本や紙がたくさん積まれている。
かろうじて畳は見えるけれど、人が座るにはせますぎる。
「もう、男の人って本当に……」
みらいさんがため息をついたり頭を抱えたりした後、真剣(しんけん)な顔で言う。
「拓也くん。陽平くん。片づけるよ」
みらいさんの指示にしたがって、ぼくと陽平くんはテキパキ働いた。
おかげで、どうにか4人が座ることができそうな『そこらへん』ができた。
そこにキサラギジャックが戻ってきた。
手には丸いお
こんなにも家庭的(かていてき)なヒーローの姿を見られるなんて思いもしなかった。
「ああっ! 勝手に片づけるなよ!」
キサラギジャックは、片づけたばかりの本や紙をもとの場所にもどそうとする。
「ちょっと! なにするんですか。もう、せっかく片づけたのに」
みらいさんがおこった声をあげて、キサラギジャックの手を止めようとする。
「これは仕事の大事な資料なんだ。なくされたり、よごされたりしたら困るんだ」
「仕事ってなんですか。あなたは
「またそれか……。そりゃ子どもの頃にそう名乗っていたこともあるよ。だけどもう大人なんだから。それはやめてくれないか……」
キサラギジャックがキサラギジャックという名前をはずかしがっている。
ヒーローなのにヒーローをはずかしいなんて思うのかな。
「じゃあ、あなたの名前はなんていうの?」
「おれは、如月あさひだよ」
「え? あなた、もしかして、小説家のきさらぎあさひ先生ですか?」
先ほどまで口ケンカしているような話し方だったみらいさん。
けれど、キサラギジャックの本当の名前がわかると口調がていねいになった。
それに、顔もすこしだけ赤くなっているように見えた。
「最近は本を出してないから、おれのことなんてもうだれも知らないと思ってた」
自分のことを責めるような言い方をするあさひさん。
なんだか、ちょっとだけさびしそうな顔をしているように見えた。
見ているぼくまでかなしい気持ちになってくる。
「そんなことありません!」
みらいさんが大きな声で言った。
「初めまして、私は
みらいさんが早口で言い切った。
落ち込んだ顔を見せていたあさひさんは、すこしだけ元気になったみたいだ。
陽平くん、ぼく、みらいさんがならんで座り、反対側に如月あさひさんが座っている。
みんなの前には麦茶のコップが置かれて、ぼくらはすぐに飲んだ。
暑いなか、ずっと山道をのぼってきたから生き返るような気持ちだった。
のどがかわいていたのか、陽平くんは一気に飲みほしてしまったみたい。
「おれは如月あさひ。職業は小説家。おもに児童書を書いている」
あらためてあさひさんは、自己紹介する。
今度はこちらの番だ。
「
「
緊張したけれど、はっきりと伝えられた。
「きみたちは、屋号というものを知ってるか?」
あさひさんの質問に、ぼくと陽平くんはいっしょにうなずく
「それなら、この家の屋号がなにか知っているか?」
「ジャッコウ……だよね?」
陽平くんが答える。
如月という苗字とジャッコウという屋号の関係性について初めて気づいたのも陽平くんだ。
「そうだ。その他にジャコウやジャックと呼ぶ人もいる」
やっぱり屋号が関係していたんだ。
陽平くんの予想が合っていたんだ。
「じゃあ、どういう字を書くのか知ってるか?」
あさひさんがまた問いかける。
ぼくも陽平くんも頭をひねって考えるが、なかなか答えが見つからない。
「ねぇ、もしかして、これはどうかな」
みらいさんが机の下にあった紙とペンを拾って書く。
蛇 光
ぼくも陽平くんも「光」という字は読める。
けれど、その上の文字がわからない。
「正解」
あさひさんがその文字を見て、にっこり笑って答えた。
それを聞いたみらいさんもうれしそうにしている。
しびれを切らした陽平くんが答え合わせを求める。
「なあ、これ、なんて読むんだよ」
ぼくは、頭の中でいろいろな文字の読み方を考える。
「もしかして、ヘビですか?」
思いついた答えを口に出した。
ぼくは学校の授業で手をあげないことが多い。
もし答えがまちがっていたらはずかしいから。
それでだれかに笑われたりおこられたりしたらこわいから。
けれどここは学校の教室じゃない。
ヒーロー、キサラギジャックの家だ。
次にいつまた来られるかわからない。
まちがっているかもしれないし、まちがっていたらはずかしい。
それでも答えなければいけない気がした。
「どうしてそう思った?」
あさひさんが真剣な顔をして聞いてくる。
すこしおどろいて口をつぐんでしまう。
正解か、まちがいか、答え合わせをされるだけだと思っていたから。
でも、だいじょうぶ。
言いたいことはハッキリ言うんだ。
陽平くんもそう言っていたじゃないか。
頭の中で自分にそう言い聞かせて、しっかりと目を合わせてから口を開く。
「ジャコウとかジャッコウという読み方はわかっていました。下の字は光だから。これがコウ。だから、ジャと読める字を考えた時に……この山のことが思いつきました」
「なるほど。それで?」
「ここはヘビ山です。ぼくはヘビがきらいです。だからどういう字を書くかわからないんですけど、蛇という字はジャとも読めるって辞典で見たことがあるんです」
これがあさひさんの問いかけに対するぼくの答え。
「うん。よく考えたね。正解だよ」
やった。キサラギジャックにほめられた。
そう思った直後、背中をやさしくたたかれた。
だれかと思ったら陽平くんだ。
うれしそうに笑っている。
なにも言わなくても、やったな、と顔が言っていた。
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