第20話 遅れてやってくる
「やだ! 来ないで! どっか行って!」
みらいさんが高い声でさけぶ。
それでもヘビは、ゆっくりとこちらに向かってくる。
体を右に左にゆらしながら、にょろにょろとはってくる。
「来るな! あっち行け!」
陽平くんも同じくさけぶ。
けれど、まったく意味がない。
ヘビは、ゆっくりと、すこしずつ、ぼくらに近づいてくる。
ヘビが茶色くて細長い体をおこして長い舌をペロペロと出す。
ぼくらを食べたらどんな味が想像しているみたいだ。
こわい! こわい! こわい!
かまれたら痛いかな。
そんな不安が頭の中にうかび始める。
気づけば両目から涙がこぼれ落ちていた。
ダメだ。ダメだダメだ。泣いちゃダメだ。
手で目をぬぐって前を見る。
ヘビは、舌を出したり引っ込めたりをくり返している。
やっぱりこわい。
でも泣かない。泣いちゃダメだ。
ぼくは勇気をふりしぼって一歩前に出る。
ヘビとの距離がさらにちぢまる。
こわい。ううん、こわくない。
でも、ちょっとこわい。
ぼくは両手を大きく横に広げて通せんぼのポーズをとった。
陽平くんとみらいさんの方にヘビが行かないように。
そして――できるだけ大きな声でさけんだ。
「たすけてー! キサラギジャック!」
自分でもビックリするくらいの大きな声が出た。
けれど、ヘビがおどろいた様子はない。
「キサラギジャック! キサラギジャック! キサラギジャック!」
1回でダメなら2回3回と続けてよんでみた。
困っているときに助けてくれるヒーロー、それがキサラギジャックだ。
足はふるえていても声はふるえないように気をつけてさけぶ。
「キサラギジャッーク!」
後ろからも大きな声があがる。
ふり返らなくてもわかる。
ぼくにとってのもう一人のヒーロー、陽平くんだ。
「キ、キサラギジャック」
今度は、すぐにも消えそうなほど小さい声。
これはみらいさんだ。
だいじょうぶ。
キサラギジャックは、ぜったいに来てくれる。
ヘビがまた動きを見せた。
頭を上げてこちらをじっとにらみつけているようだ。
「キサラギジャック!」
「キサラギジャック!」
「キサラギジャック!」
ちょうどその時、3人の声がピタリとそろった。
「ったく……もう来るなと言っただろ……」
ため息まじりの声が聞こえてきた。
とつぜん、大きな木のかげから人が現れる。
若い男の人だ。手には長い木の棒がにぎられている。
それを持ったまま、音をたてないようにゆっくりと歩いてくる。
棒の先にヘビを引っかけると、草木の多いところへポーンと放り投げる。
ぼくらにおそいかかろうとしたヘビは、いっしゅんにして消え去った。
「た、助かったぁ」
「よ、よかったぁ」
「い、生きてる? 生きてるよね?」
ぼくも陽平くんもみらいさんも地べたに腰を下ろして声をあげた。
すぐには腰を立ち上がることができそうにない。
「たかがヘビ一匹で大げさな奴らだな。ここはヘビ山なんて言われているけど、毒を持ったヘビなんて一匹もいないんだから。しずかにしてサッサとにげればよかったんだ」
ぼくらを助けてくれた若い男の人は、棒を振りながら話しかけてくる。
ただの木の棒なのに、ぼくの目にはヒーローが持つ
「あの、助けてくれてありがとうございます」
みらいさんが立ち上がってから頭を下げる。
ぼくと陽平くんもおくれて立ち上がり、いっしょに頭を下げる。
しばらくしてから顔をあげて若い男の人を見た。
あれ、この人って……。
「キサラギジャックですか?」
いつのまにかぼくの口が開いていた。
「あなたは、キサラギジャックですか?」
さっきよりも大きな声でハッキリと聞く。
若い男の人は、しばらくぼくをじっと見つめていた。
それから小さくため息をついてから答える。
「ああ、そうだ。おれは、キサラギジャックだ」
見つけた。
とうとうぼくたちは見つけたのだ。
この町のヒーロー、キサラギジャックを――。
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