第19話 ヘ

 ぼくと陽平くん、それから清里みらいさんはヘビ山に入った。

 ぼくらの無理なおねがいを聞いてくれたおかげだ。

 けれど、キサラギジャックの家にはまだ着いていない。

「おねえさーん。早く行こうよー」

 先頭を歩く陽平くんが後ろをふり返って急かす。

「ま、ま、待ってよ。ほ、本当にヘビはいない? もしいたらすぐに帰るからね!」

 一番後ろのみらいさんは、足元を何度も見まわしてから一歩だけ進む。

 そしてまた足元を見まわす。ヘビ山に入ってからずっとこんな感じだ。

 このままだと夜になってしまうかもしれない。

「だいじょうぶです。ヘビはいません。もうすぐですから。がんばってください」

 ぼくもはげますつもりで声をかける。

「ほ、本当に? だ、だいじょうぶなの? ぜ、ぜったいにいない?」

 それでもみらいさんは、ゆっくりゆっくりカメよりもゆっくり歩き続ける。

 このままだと眠っていたウサギが先にゴールしてしまいそうだ。



 ぼくたちは、ようやくわかれ道のところまでやってきた。

「おねえさん。この先にキサラギジャックの家があるんだ」

 ずっと足元ばかり見ていたみらいさんが初めて顔をあげた。

「わたし、ここ、来たこと、あるかも」

「え? 本当に?」

「うん。あの時、私はここで……キサラギジャックに会ったの」

 みらいさんは、まっすぐ前を向いて歩き始める。

 ぼくと陽平くんは、おたがいに顔を見合わせてから追いかける。

 昨日と同じ場所にその家はあった。

 よかった。ぼくと陽平くんが見たのは夢ではなかったんだ。

「この家?」

 みらいさんがぼくらにたずねる。それに対してぼくらは深くうなずく。

 ゆっくりと近づいて行く。そして戸の前に立つと表札に書かれた文字を読む。

如月きさらぎ……」

 キサラギ。みらいさんは、たしかにそう言った。

 やっぱり薬師(やくし)のおじいさんの言う通り、ここは如月さんという人の家なんだ。

「この家の屋号は、ジャッコウって言うんだぜ」

「ジャッコウ?」

「そう。キサラギジャッコウ。つまりキサラギジャックの家だ!」 

 陽平くんは、玄関のインターホンをおす。

 けれど、音は聞こえなかった。

「あれ、ちゃんと押したぞ? 留守るすか?」

「もしかして、こわれてるんじゃないかしら」

 陽平くんの代わりにみらいさんがしっかりとおす。

 けれども、音がなったようには思えない。

「ダメね。やっぱりこわれてる。さ、もう帰りましょう」

 みらいさんは、来た道を戻ろうとする。

 それを見て、あわててぼくと陽平くんが止めに入る。

「せっかくここまで来たのにどうして帰るんだよ!」

「そうですよ。みらいさんもたのしみにしてたんでしょ?」

「そうだけど、だれもいないみたいだし、本当にいるかどうか……」

「キサラギジャックはいる!」

「キサラギジャックはいます!」

 ぼくと陽平くんは大きな声をあげる。

 みらいさんは体をビクッとふるわせた。

 そして見る見るうちに、顔が青ざめていく。

 そんなにビックリするとは思わなかった。

 けれどそれは、ぼくたちの声が原因ではなかった。

「あっ……あっ……」

 みらいさんがうわごとのようにつぶやき始める。

 いったい、なにを言いたいのだろう。

「へっ……へっ……」

「へ? へがどうした?」

 みらいさんの右手がゆっくりと上がり、人さし指が前方に突き出される。

 指をさした先を見ると……この山の名前にも入っている生き物がいた。

「へ、ヘビ……」

 そう言ったのは、ぼくか陽平くんかわからない。

 もしかしたら、みらいさんだったかもしれない。

 ぼくら3人とも、口を動かすことができても、足を動かすことができない。

 まるで、ヘビににらまれたカエルのようになってしまっていたんだ。

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