第16話 もしかして
「それから拓也くん。屋号に意味があるように、苗字にも意味があるんだよ」
ひとしきり笑った後、おじいさんがまた話を戻す。
ぼくも陽平くんもそちらに耳をかたむける。
「苗字は、昔の人が考えてつけたものなんだ。拓也くんのお父さんお母さんが君の名前をつけた時と同じように。なぜならそれは、生まれてから死ぬまでずっと名乗るものだからね。だからきっと、灰塚という苗字もちゃんと考えてつけてくれたんだ。好きになるのは、まだむずかしいかもしれないが、いいところも見つけてみたらどうだい?」
薬師のおじいさんは、ニッコリとほほえむ。
たしかにそうかもしれない。
いやなところから目をそむけるより、いいところに目を向ける方がたのしい。
キサラギジャックをいないと決めつけてなにもしないより、いるかもしれないと思ってさがしている方がずっとたのしいのと同じだ。
「でもじいちゃん。結婚したら苗字は変わるぜ? それって一生じゃないよな」
再び陽平くんが横やりを入れてくる。
「うるさい。あげ足をとるな。いつからおまえは、そんなに頭がまわるようになった」
「へっへー。拓也のおかげで頭がよくなったんだ。昔のおれとはちがうぜ!」
陽平くんは、たのしそうな笑みを見せている。
「でも陽平くん。今は結婚しても別々の苗字を名乗ろうって話があるみたいだよ?」
「うぐっ。せっかくおれがカッコよくしめたと思ったのに……」
見る見るうちに陽平くんの顔から笑みが消えていく。
「ご、ごめん。言いたいことはがまんするなって言ってくれたから……」
「あっはっは。陽平よりも拓也くんの方が
大きくな笑い声をあげる薬師のおじいさん。
「ち、ちくしょう。もっと勉強して、今にすごいって言わせてやるからな!」
キッとにらみつける陽平くん。
「じゃあ、図書館で勉強しようか。たくさん本があるから勉強になると思うよ?」
「うぅっ……そ、それはやめてくれぇ……」
陽平くんの顔が図書館の本棚を前にした時のように青くなる。
ぼくと薬師のおじいさんはまた笑った。
「そういえば気になったことがあるんです」
ぼくは不思議に思っていたことを口に出す。
「なんだい?」
「この町内の家には、どこも屋号があるんですよね?」
「全部とは言わないが、ほとんどの家はそうだな。ちがうところから引っ越してきた人にはないけれど、昔からここに住んでいる人なら屋号があるよ」
ぼくの問いかけに、薬師のおじいさんが答えてくれる。
「それなら、ヘビ山のボロ……古い家。
「あるよ。えーと、たしかあそこは……えーと、なんだったかな。ほら、うーん」
おじいさんは、おでこに手を当てながら考え込む。
もの忘れがひどくなっていると言っていたから思い出すのも大変そうだ。
「じいちゃん。無理すんなよ」
「陽平くん。そういうことは言っちゃダメだよ」
その時、小さな声が聞こえてきた。
「……コウ」
「え?」
よく聞きとれなかったので聞き返す。
「ジャッコウ」
「ジャッコウ……?」
「ジャッコウだ。如月の家は、ジャッコウという屋号だよ」
あれ、なんとなく聞き覚えのある言葉だ。
でも、それは、いつ、どこで、聞いたんだっけ。
「あー! わかったぞー!」
とつぜん、陽平くんが立ち上がって部屋中を歩きまわる。
両手をあげたりさげたりたたいたり、大いそがしだ。
ぼくもおじいさんも、ビックリしながら見ている。
「ど、どうしたの? 陽平くん?」
「カメヤキ、どうした。山で毒キノコでも食べたか? それともヘビにかまれたか?」
しばらくしてから陽平くんの動きが止まった。
部屋の窓からヘビ山をじーっとながめている。
ぼくらの問いかけは、まったく耳に入っていないようだ。
いったい、なにがわかったんだろう。
「キサラギジャッコウ」
「キサラギ、ジャッコウ?」
あれ、それも聞いたことがある。
なんだっけ。
たしかそれは……。
「初めて拓也といっしょにここへ来た時、じいちゃんが言ってただろ?」
「あっ」
そうだ。そうだった。
今、思い出した。
薬師のおじいさんは、キサラギジャックをキサラギジャッコウと言っていたんだ。
如月さんの家の屋号がジャッコウ。
それを続けて読めば、キサラギジャッコウ。
すこし言い方を変えればキサラギジャックと読めなくもない。
「陽平くん。これは、もしかして?」
「もしかするかもしれないな。拓也」
ぼくと陽平くんは、顔を見合わせてニカッと笑う。
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