第17話 約束

 図書館に来ると、今日も清里きよさとみらいさんがたくさんの本を棚に戻していた。

 たくさんの人がいて、みらいさんも忙しそうにしているから話しかけづらい。

 けれど、そこで陽平くんとの約束を思い出す。

 約束は守らなくちゃいけない。

 ぼくは、勇気をふりしぼって声をかける。

「あの、すみません。みらいさん」

「あ、拓也くん。どうしたの?」

 みらいさんが腰を落として目線をぼくに合わせてくれる。

 それだけで胸がドキドキして、ときめきを感じる。

「今日は陽平くんがいっしょじゃないんだ? でも、キサラギジャックのことは教えられないからね。あそこはあぶないから行ったらダメだよ」

「そのことは、もういいんです。今日は、聞きたいことがあって来ました」

「わたしに? なにかな」

 ぼくの問いかけに、みらいさんは首をかしげる。



「今でもキサラギジャックがいると思いますか?」

 みらいさんは、ドキッとしたような表情を見せる。

「今でもキサラギジャックに会いたいと思いますか?」

 ぼくが用意していた質問はこの2つ。

 その答えによって話すかどうか決めようと思っている。

 みらいさんは、すこし考えてから口を開いた。

「うん。今でもキサラギジャックはいると思うし、会いたいとも思っているよ」

「ほ、本当ですか?」

「もちろん。昔からずっと考えていたことがあるの」

「なんですか?」

「キサラギジャックに手を引かれて山をおりた後、ずごくホッとしたの。でも、また急にこわくなってなみだが出てきたわ。それから後ろを振り向かずに走った。走って走って家に帰ったら、さがしていた犬が戻っていてホッとしてまた泣いちゃった。それで安心しちゃったのね。しばらく経ってから気がついたんだ。その男の子、キサラギジャックにお礼を言うのを忘れていたことに」

 みらいさんがさびしげな表情を見せる。

「別の日に両親といっしょにヘビ山の入口まで行ったんだけど、こわくて入ることができなかったよ。もしかしたらあの子がまた来てくれるかなと思っても、キサラギジャックは現れなかった。近くに住んでる人にも聞いてみたけど、この町に生まれた子どもがヘビ山に入るわけがないって言われちゃった」

 みらいさんがまた悲しそうに話す。

 それを見ていたらぼくまで悲しくなってくる。

 けれど、みらいさんの目はキラキラとかがやいている



「でもね、わたしはあきらめてないよ。今でもキサラギジャックはいると思っているし、会いたいと思っている。だれも信じてくれなくても、いつかきっと会えると信じてる」

 みらいさんの話を聞くことができてよかったと思った。

 それからぼくは、用意してきた言葉を伝える。

「きっとキサラギジャックに会わせてみせます」

 他にも言いたいことがあるけれど、そろそろ行かなくちゃいけない。

 ぼくのことを待っている人がいるから。

 ぼくは頭を下げて、さよならを告げる。

 なにをしに来たのか、キョトンとしているみらいさんに聞こえないようにつぶやく。

「キサラギジャックは、ぼくと陽平くんが見つけます」



 階段を下りてすぐのところで陽平くんが待っていた

「どうだった?」

 きっと早く答えを聞きたくてうずうずしていたのだろう。

「バッチリだよ。みらいさんの口からしっかり『ヘビ山』って聞けた」

「まちがいないんだな?」

「うん。まちがいないよ」

「よし! やったな! でも、よく聞きだすことができたな」

 陽平くんが心から感心したというふうに言う。

「うまくいく自信はなかったけどね」

 今までぼくらは、みらいさんに正直に聞きすぎていた。

 キサラギジャックをどこで見たのか、どこにいるのか、教えてくださいって。

 けれどそんな聞き方では教えてくれなくても仕方ない。

 みらいさんは、口をかたく閉ざして答えてくれなかった。

 そこで少しだけ聞き方を変えてみることにした。



 居場所を聞くのではなく、キサラギジャックへの想いを聞くんだ。

 子どもの頃に出会い、大人になった今でも覚えているヒーロー。

 それだけ長く忘れないでいられるのは、きっと強い想いがあるからだと思う。

 人は、自分の気持ちや想いにウソをつけないって聞いたことがある。

 おかげでみらいさんは、スラスラと思い出を話してくれた。

 最初は『山』と言っていたのに、最後にはうっかり『ヘビ山』と言ってしまった。

「でも、なんかわるいことしたかなぁ」

 ぼくの胸がチクリと痛んだ。ドキドキとはちがう。

 ときめきではない。この気持ちは、なんというのだろう。

「灰塚や。おぬしもなかなかのわるよのう」

 とつぜん、陽平くんがニタニタとした笑みを見せてくる。

「あはは! なにそれ!」

 その話し方や顔がおかしくて大きな声で笑ってしまう。

「なにって……じいちゃんがよく見てる時代劇じだいげきのマネで……そんなにおかしいか?」

「あはっ! ご、ごめん。でも、おかしくて……あははっ!」

「わ、笑いすぎだ! 行くぞ! 今日こそヘビ山でキサラギジャックを見つけるぞ!」

 ぼくと陽平くんは、いきおいよく走りだす。

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