第14話 表札の名前

 ヘビ山を下りてきたぼくと陽平くんは、ヤクシのおじいさんの家へ行くことにした。

 ぼくは、先ほど会ったばかりの男の人のことが頭からはなれない。

 ヘビ山に初めて入った陽平くんは、あそこに人が住んでいると知らなかった。

 けれど、ヤクシのおじいさんなら、なにか知っているかもしれない。

 なにより、あの人が言っていたことが気になるのだ。

「キサラギジャックはもういないって……どういう意味なんだろう」

「さあな。くわしく聞こうと思ったら家に入ちゃったからな」

 陽平くんは、くやしそうに足元の砂利をけった。

「ヤクシのおじいさんがなにか知ってるといいね」

 陽平くんをなだめながら歩いて行くと、ヤクシのおじいさんの家に着いた。

 初めて見た時は、あまりの古さにおどろいた。

 今日は2回目の訪問だから、それほどおどろかない。

 それに、この家よりも古くてボロボロの家をさっき見たばかりから。



「じいちゃーん。おじゃましまーす」

 陽平くんは返事を聞かずに、勝手に戸を開けてくつを脱いであがっていく。

「お、おじゃまします」

 ぼくは、小声であいさつして入った。

 廊下を歩いて突き当たりの部屋に入ると、ふたりはすでに話をしていた。

「だから本当にいたんだ! 髪ボサボサヒゲボーボーのおっさんがいたんだよ!」

 たしかに見た目はその通りだけれど、おっさんは失礼じゃないかな。

 見た目はこわかったけれど、聞こえてきた声は若かった気がする。

「むかしはヘビ山に一軒いっけんだけ家があって、じいさんばあさんが住んでたがなぁ」

 おじいさんは腕を組んで窓の外を見ている。視線の先にはヘビ山がある。

 ここから見ると緑色がとてもきれいだ。

 できればぼくは、ヘビ山に入るよりここでながめる方がいい。

 ヘビやイノシシ、クマに会う心配がないから。

「そうだ。家の表札をノートにメモしてきたんだ。じいちゃんなら読めるかもしれない。なあ、拓也」

 ぼくもうなずいてカバンからノートを取り出した。

「どれどれ。見てみようか」

 ヤクシのおじいさんは、メガネをかけてノートに書いたぼくの字をジッと見つめる。

 急いで書いたからちゃんと読めるかどうか不安になってくる。

「なあ。どうなんだ、じいちゃん。なあ」

 おじいさんのとなりに座っている陽平くんが急かす。



「うーん。これは……」

 おじいさんがノートを机の上に置いてメガネを外した。

「これは……キサラギだな」

「きさらぎ?」

「きさらぎですか?」

 ぼくも陽平くんも同じことを聞いていた。

「そうだそうだ。あそこの家はキサラギだ。すっかり忘れていたよ。あっはっは!」

 それからヤクシのおじいさんは、ごうかいに笑った。

「じいちゃん。女と口と月の字で本当に『きさらぎ』って読めるのか?」

 陽平くんがノートを開いて「女」「口」「月」とペンで書いて見せる。

「ちがうちがう。女と口を合わせて一つの字として考えるんだ。それに月を合わせる。そうすれば『如月きさらぎ』という名前になる。ほら、ペンを貸してみろ」

 言われた通り陽平くんがペンをわたすと、おじいさんはサラサラとペンを走らせる。

 最初に女を書き、その横に口を付け足す。これで「如」という字らしい。

 その下に「月」という字を書く。これはよく知っている。

 2つ合わせて「如月きさらぎ」のできあがり。



「あ、これです。山の家にかかっていた表札の文字は」

 ぼくも「女」と「口」の字を横にならべて書いたけれど、離しすぎていた。

「拓也くんがていねいに書いてくれたおかげですぐにわかったよ」

 ヤクシのおじいさんは、ノートに花丸を描いてくれた。

 ペンの色は黒だったけれど、ほめられてうれしい。

「ヘビ山で見つけた家の表札に書かれていたのは如月。キサラギジャックはもういないという男の証言。これは、もう決まりだな」

 陽平くんが真剣な顔で話す。

「どういうこと?」

 少し考えてからわからなかったので素直に聞く。

「あいつがキサラギジャックなんだよ!」

「でも、キサラギジャックは子どもじゃないの?」

 みらいさんが子どもの頃にヘビ山で会ったのは、男の子だったと言っていたはず。

「おねえさんが昔会ったキサラギジャックは小さな男の子だった。でもそれからずっと会うことはなかったんだろ。それには理由があったんだよ」

「どういう理由?」

「きっとキサラギジャックは、人に姿を見られたら成長するんだ。だから今日会った髪がボサボサでヒゲボーボーのあいつは、大人になったキサラギジャックだったんだよ。でも、あんな見た目のヒーロー、いやだろ? だから、キサラギジャックはもういないと言って、おれたちをあきらめさせようとしたんだ。そうにちがいない!」

 陽平くんは、自信満々に言いきった。

 ぼくは、本当にそうなのかなぁ、と首をかしげる。

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