第13話 山の中の家
今のところ入口から続く一本道をまっすぐ歩いてきている。
草木は生い茂っているけれど、道を見失うほどでもない。
そしてなによりヘビを一匹も見ていない。
ヘビ山は、学校の先生やみらいさんが言うほど危険)なところじゃないのかな。
「ヤクシのじいちゃんが言ってたけど、むかしはもっと草木がボーボーで、背の高い大人でも迷うやつがいたらしいぜ。だから、今でもみんなあぶないと思っているのかもな」
歩きながら陽平くんが教えてくれた。
時々、大きくて太い木がぼくらの行く手をはばむ。
草木や土のにおいが鼻に入ってきて、すごく夏らしいにおいだと思った。。
「そういえば陽平くんは、これまでヘビ山に入ったことがないの?」
「ああ。これが初めてだ」
陽平くんはむかしから田んぼや畑、川や海へひとりで行ったこともあるらしい。
そんな彼が近所にあるヘビ山に行ったことがないなんて意外だった。
「むかし、ヘビ山でイノシシやクマがたくさん目撃されたんだ。それで、みんなヤバイって思ったんだろうな。あぶないから1年か2年くらい入れないようにしてあったんだよ」
イノシシ? クマ?
ちょっと待って! そんな話、聞いていないよ!
そんなのヘビよりもずっとこわいじゃないか。
「え? え? もしイノシシやクマに会ってしまったらどうするの」
「だいじょうぶだろ。昔の話だし、最近は見たって話も聞かないからな」
あっけらかんと話す陽平くんに、ぼくは胸のドキドキが止まらなくなる。
「ちなみに昔って……どれくらい昔の話なの?」
「んー。おれが小学校に入学したばかりのころだったな」
「昔じゃないよ! ぼくたち、3年生なんだよ! 2年前じゃないか!」
「大丈夫だ。おれにいい考えがある。地べたに寝ころんで……」
「死んだふりなんて意味ないよ! それはいい考えじゃないからね!」
「ならクマに会う前にキサラギジャックを見つけるぞ! 待ってろ、おれのヒーロー!」
陽平くんはこれから向かう先を指さす。
草木は、これまで以上に生い茂っている。草木や土のにおいもより強くなる。
太い木の枝が突き出て、大きな葉っぱが先を見通せなくしている。
ここから先は、人を寄せつけないような空気が流れているみたいだ。
「いかにも
「うん……ぼくもドキドキする……」
陽平くんが前に立ち、ぼくが後ろについて進み始める。
枝をどけて、葉っぱをはらいのけると、また同じように木の枝や葉が出てくる。
前にばかり気を取られてはいけない。足元にも気を配る。
山道は、土や石がゴロゴロと転がっていて歩きづらい。
はきなれたくつで自分の足で歩いているのに、自分のものではないみたいだ。
また、背の低い草が生えているからそこにヘビがかくれていないか心配になる。
目を前に、下に、右に、左に、あっちこっちへ大いそがしだ。
「なんか、昼間なのにうす暗いね」
今日の天気予報は晴れ。雲一つない青空のはずだ。
それなのに、ちょっとじめじめしている。
「ああ、山の中だからな。背の高い木ばっかりで日光をさえぎってるんだ」
とつぜん、バサッと大きな音がしてビクッと体をふるわせる。
イノシシやクマが出たのかと思った。
けれどそれは、陽平くんが
「もう、ビックリさせないでよ」
「わりぃわりぃ」
「あれ、陽平くん。それって……」
「ん。どうした?」
ぼくが先に気づいて指さすと、陽平くんも気がついて声をあげた。
「あっ。なんだこれ」
ぼくらは、山の入口からここまでずっと一本道を歩いてきた。
周りには草木が生い茂っているけれど、その道だけはどうにか通ることができる。
おかげでぼくらは、道を外れることなく、まよわず山をのぼっていられる。
帰りもこの一本道を通って帰ればいいと思っていた。
けれど、ここに来て初めて横へ抜けられそうな道が見つかったのだ。
脇道もこれまでの道と同じくらい、草木がうっそうとして歩きにくそうだ。
「どうしようか」
このまま一本道を進んでいくか、この脇道を進んでみるか。
陽平くんはどこからか太い枝を拾ってきた。それを地面に立てて手をはなした。
太い枝は脇道の方を向いて倒れた。
「よし! こっちだ!」
陽平くんは脇道の方へ歩き始める。ぼくもいっしょについていく。
すこし進んでなにもなさそうだと思ったら、また一本道に戻ればいい。
はたして、この選択は正しかったのかどうか。
その答えは、すぐにぼくらの目の前に現れた。
「家だ!」
陽平くんが大きな声でさけんだ。
緑色と茶色でいっぱいの山に同化したような家が建っている。
屋根も壁もすべて木造。木でない部分は、窓ガラスくらいだろう。
その上から植物の葉っぱやツタが家中をおおっている。
すこし不気味でこわい。
「だれか住んでいるのかな」
「ヤクシのじいちゃんの家よりもボロいな」
家というよりも小屋と言ってもおかしくない。
そういえば前にスキー旅行に行った時、雪山にこんな建物があった。
たしかあれは……そうだ、山小屋と言ったはずだ。
「もしかして、これ、山小屋っていうやつじゃないかな」
ぼくは、玄関に看板や表札がないか見てみる。
近くで見ると葉っぱやツタだけでなく、コケまで生えている。
「山小屋? ああ、こんな山奥にあるからな」
陽平くんは壁(かべ)のコケをむしり始める。なんのためらいもなく両手でむしっていく。
「ちょ、ちょっと陽平くん。それはダメでしょ」
「え、ダメか?」
「もしかしたら、この家の人が大切に育てている植物かもしれないし」
「じゃあ、ここらへんでやめておくか」
そこでようやく陽平くんの手は止まった。
けれど、すでに緑色よりも茶色の面積の方が広がっている。
「なあ、これって」
陽平くんがなにかに気がついて玄関の戸の上を指さしている。
そこに板がはりついている。しかも黒い文字が書かれているみたいだった。
「もしかして表札……かな?」
「だよな。拓也もそう見えるよな」
ぼくも陽平くんも顔を上に向け、目をこらして名前を見る。
「なんて書いてあるんだ、あれ」
「わからない。2文字だと思うけど、下の字は……月じゃないかな」
植物のツルがじゃまして上の字がよく見えない。
クラスで一番背の高い陽平くんがとびはねても表札には届きそうにない。
陽平くんより背の低いぼくでは、もっと無理だ。
おそらく肩車してもらってもツルには手が届かないだろう。
どうしようかと考えていたら、陽平くんがどこからか長い木の棒を持ってきた。
「よし、拓也。どいてろ」
それを見て、なにをするかすぐにわかった。
ぼくは一歩横にずれると、すぐにカバンからノートとペンを取り出す。
「ありがとう陽平くん。これならハッキリ見えるよ」
「たのんだぞ、拓也」
陽平くんはニカッと笑う。ぼくも笑い返す。
長い木の棒でツタをどかしてくれたおかげで、表札の文字がよく見える。
やっぱり下の字は月だ。けれど、上の字の読み方がわからない。
小学校でこんな字は、まだ習ったことがない。
「じょくち月……? おんなくち月…………?」
家の玄関にある表札だから、きっと名前のはずだ。
読み方がわからない字と月という字が合わさった名前。
ぼくは、それらしい名前を口ずさみながらノートに書きうつす。
「どうだ。書けたか?」
陽平くんがツタをどかすのをやめて聞いてくる。
「うん。でも、読み方が……」
ぼくはノートを見せる。
【 如月 】
「なんだこれ。なんて読むんだ?」
「うーん。なんだろう」
「女と口がならんだ字と月……女、口、月……うーん、わからん」
「ちゃんと書き写したと思うけど、ぼくにもわからなくて……」
ぼくは、しっかり者のようなうっかり者、とよく言われる。
だから、またまちがえたのではないか、と不安になる。
「だいじょうぶだ。拓也が書きまちがえたなんて思ってないさ」
陽平くんがそう言ってくれたのでホッとした。
それから、表札の文字はあとで調べようと言ってくれた。
たしかに辞典を使って調べれば、読み方もわかるかもしれない。
辞典には、すこしいやな思い出がある。
けれど、キサラギジャックを見つけるためならがまんできる。
それに、灰とか灰色のページを開かなければいいのだ。
「おい、そこでなにしてる」
とつぜん、背後からだれかに声をかけられる。
ぼくと陽平くんは、体をビクッとふるわせてその場から動けなくなった。
「きみたち、小学生か。ヘビ山に入ったらいけないって言われてるだろ」
男の人の声だ。こわくて振り向けないけれど、おこっているかもしれない。
どうしよう。どうしたらいいだろう。
あれこれまよっているうちに陽平くんがふり返って頭をさげた。
「すみませんでした!」
あわててぼくもふり向くと、そこに立っていたのは背の高い男の人だった。
髪は長くてボサボサしているから、顔がはっきりと見えない。
それでもヒゲが山の草木のようにボーボーと生えているから男の人だとわかった。
「す、すみませんでした!」
できるだけ口を大きく開けて声を出した。
「勝手に入ってすみませんでした! すぐに帰ります!」
陽平くんが頭をさげたまま、声をはりあげる。
「本当にすみませんでした!」
ぼくもいっしょに頭をさげる。
たとえ男の人がなにも言わなくても、ずっと頭をさげ続けようと思った。
けれど、ぼくが考えていたよりもすぐに反応があった。
「……帰り道は、わかるのか」
男の人の声は、さっきとちがってすこしやさしそうだった。
「はい。だいじょうぶです」
陽平くんが頭をさげたまま答える。
「気をつけて帰れよ。むかしよりヘビはいないが、あぶないからな」
ぼくらのことを心配してくれている。そんな声に聞こえる。
「ほら。早く帰るんだ」
ぼくらは玄関前に置いていたカバンにノートとペンをしまい、そそくさと帰る。
もうここには来られない。そんなことを考えながら山を下りる一本道へ向かう。
「おじさん、キサラギジャックを知ってる?」
ドキッとしてとなりを見ると、陽平くんが聞いていた。
男の人は、それを聞いてどう思っただろう。長い髪がじゃまして顔が見えない。
また怒られないかと不安になる。
男の人がおこる前に早く帰ろうと思った。
けれど陽平くんは、ぼくの考えを知らずに口を開き続ける。
「おれたち、キサラギジャックを見つけないといけないんです! なにか知っていることがあったら教えてください! おねがいします!」
男の人はなにも言わない。
ただじっと陽平くんのことを見ている気がする。
そのうちぼくの胸がドキドキしてきて、いつのまにか口が開いていた。
「あの、キサラギジャックっていうのは、城江津市のヒーローなんです。いつもみんなのことを守ってくれるんです。それで、えっと、とにかくすごいヒーローなんです!」
ぼくは、なにを言ってるんだろう。
言いたいことがありすぎて、考えがうまくまとまらない。
それでも、ぼくの口から言葉がどんどん出てくる。
「ぼくたち、ヘビ山にキサラギジャックがいると思ってきました。勝手に入ってすみませんでした。でも、もしもなにか知っていたら教えてください。おねがいします」
目だけ動かして横を見ると、陽平くんがニカッと笑っているのがわかった。
つられて笑いそうになるのをこらえてじっと待つ。
「キサラギジャックは……」
今、男の人はハッキリと言った。
ぼくらがさがしているヒーローの名前をハッキリと口にした。
この人はなにか知っているかもしれない。
胸をドキドキさせながら次の言葉を待つ。
「キサラギジャックは、もういない」
それだけ言うと、男の人は家に入ってしまった。
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