第12話 ヘビ山

 1階のエントランスに移動して、ぼくと陽平くんは作戦会議をする。

 これも何度もやっているけれど、いい考えはまったく出てこない。

 それ以外にも聞き込みをしている。図書館に来た人や近くの公園で遊んでいる人に、キサラギジャックを知りませんか、と聞くのだ。

 ぼくらと同じくらいの子どもからヤクシのおじいさんくらいの人まで。

 自由研究のためです、と言うと、足を止めて話を聞いてくれる人が多い。

 けれど結果はいつも同じ。みんながみんなこう言うんだ。

 知らないって。

「今日も聞き込みしようか」

 今でも人と話すのは苦手だけど、聞き込みにはすこしだけなれてきた。

「うーん。今日もダメな気がするんだよなぁ」

 いつも前向きな陽平くんもやる気をなくしてきている。

 すごくたいくつそうな、ひどくつまらなそうな顔をしている。

 ぼくは、その空気を変えるために質問をしてみる。

「ねぇ陽平くん。恋をしたことってある?」

「恋? そんなのあるわけないだろ」

 陽平くんは、今までに見たこともない顔をする。

 たぶん、苦虫をかみつぶしたような顔ってこんな顔だ。

「人は恋をすると、ときめきを感じるらしいよ」

「ときめきってなんだよ。たのしいのか」

「えっと、胸がドキドキしたりワクワクしたりすることかな」

「なんだ。それならおれもときめきを感じているよ」

「え、本当に?」

「ああ。ずっとむかしからキサラギジャックにときめきを感じているよ」

 そう言ってニカッと笑う陽平くん。それを見てホッとするぼく。

 よかった。まだ、キサラギジャックさがしをあきらめていなかった。

「ねぇ陽平くん。いい考えがあるんだけど、聞いてくれる?」



 道幅は広いけれど、思っていた以上に草木が多くて歩きにくい。

 なによりヘビが出てこないかと心配になる。

 こわい。こわすぎる。

 暑い夏の日だというのに、体のふるえがブルブル止まらない。

 自分から言ったのに、今すぐ来た道を引き返したい。

「だいじょうぶか、拓也」

 先導せんどうしてくれている陽平くんがふり返って声をかけてくる。

「うん。だいじょうぶ」

「無理だと思ったら言えよ。すぐに引き返すから」

「ありがとう。陽平くんも気をつけて」

 ぼくの視界は緑で埋めつくされている。

 いつもは安心する色なのに、今日だけはちょっと不安になる。

 また体がふるえそうになったので、あわてて前を向いて歩き出す。

 陽平くんが前にいてくれるおかげで、不安は安心に変わる。

 もしも陽平くんがいてくれなかったら、こんなところには来なかっただろう。

 なにより、キサラギジャックがいるかもしれないと思わなければぜったいに来ない。



「陽平くんは、ヘビ山がこわくないの?」

「んー。べつにこわくないな。おれの家から近いし、ヘビも好きだからな」

「陽平くんはすごいね」

「なに言ってんだよ。それを言うなら拓也の方がすごいだろ」

 陽平くんが後ろを向いて話しかけてきた。

 けれど、ほめられるようなことをした覚えがない。

「キサラギジャックがヘビ山にいるなんて、おれには思いつきもしなかったぜ」

 陽平くんは本当に感心したといったふうな顔をしている。

 そんなにほめられると照れてしまう。

 ぼくは、うつむきながら答える。

「それは、みらいさんがあぶない場所だから行っちゃいけないって言ってたから」

 最初は、海や川のような場所だと思っていた。

 夏になるとテレビでは、水辺みずべで事故が起きたというニュースをよく見るから。

 けれどみらいさんは、草木が多い場所とも言っていた。

 だからぼくは、川や海よりも山なんじゃないかと考えた。

「城江津市なんてどこも山ばっかりだろ。それなのに、よくヘビ山だって気づけたな」 

「それは、みらいさんがあれだけあぶないって言うから」



 最初は心配性だからかと思った。ぼくも心配性だから、なんとなくわかる。

 明日の時間割を何度も確認し、ランドセルに入れる教科書も何度も確認する。

 けれどみらいさんの言葉には、本当にこわいって気持ちが込められている気がした。

 子どもの頃からこわくて、大人になっても行きたくない場所なんだと思う。

 それなら、城江津市内だとヘビ山しか考えられなかった。

「この町で生まれ育った人たちは、ヘビ山がこわいところって教えられるんだよね。わるいことをした子をしかるために『ヘビ山に置いてくるぞ』って言葉があるくらいに」

「むかしはおれも言われたなぁ。おれは、行ってみたいと思ってたけどな。黒田のやつなんて今でもそれを言われるとビビるぞ。なあ、今度会ったらあいつに言ってやれよ」

「えぇ……それは、黒田くんがかわいそうだよ……」

 人にされていやなことは、自分がしてもいやなことになる。

 いくら黒田くんのことが苦手でも、できればそれはしたくない。

 ほんの冗談でやったいたずらでも、人によってはすごくいやだと思うから。

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