第11話 ドキドキ
夏休みの自由研究として始めた、ぼくと陽平くんのキサラギジャックさがし。
最初は、いるかどうかもわからない存在だった。
けれど今は、本当にいると思えるくらいの存在になっている。
図書館司書の清里みらいさんから
必要な情報はまだまだある。
それをみらいさんから聞き出すため、今日もぼくらは図書館へやってきた。
「キサラギジャックとどこで会ったの? どこに行けば会える? なあ、教えてよ」
いつも決まって陽平くんがたずねる。
たくさんの本に酔っていた陽平くんも、通いつめるうちになれてきたみたいだ。
今ではトントントンと階段をのぼって図書スペースに入っていく。
「陽平くん。図書館ではおしずかに、おねがいします」
みらいさんは、いつも決まってこう返す。
「キサラギジャックは、どこにいるんだよ。どこに行けば見つかるんだよ。おれたちは、夏休み中にさがさなきゃいけないんだ。たのむよ。教えてくれよ」
必要な情報の一つ、キサラギジャックの居場所。
どこで会ったのか教えてもらう。
ただそれだけを聞くために毎日のように図書館へ通い続けている。
けれどみらいさんは、いっこうに教えてくれない。
「おねがいだよ。みらいさんだけがたよりなんだ」
陽平くんは必死に食いさがる。
「ダーメ。教えません」
みらいさんは、
「きれいなおねえさん。お願いします」
思わずドキッとした。
陽平くんが女の人にこんなことを言うなんて思わなかった。
クラスの女の子に対しては「うるさくてきらいだ」なんて言ってるのに。
「あら、うれしい。ありがとう。でもダメでーす。教えませーん」
みらいさんは、ふたたび作業にもどる。
今日もまたこのまま帰ることになりそうだと思った。
けれどもう8月。まだ夏休みとはいえ、時間がたっぷりあるわけではない。
「あの、みらいさん」
不安に感じたぼくは、勇気を出して声をかける。
キサラギジャックさがしは、ぼくもいっしょにやっているのだから。
「なあに、拓也くん」
みらいさんは作業の手を止めて、しっかりとこちらを見てくれた。
またドキッとする。あつくなった顔をかくしながら伝える。
「きさらぎあさひさんの本、読みました。すごくおもしろかったです」
きさらぎあさひさんは、みらいさんオススメの小説家の先生だ。
おもに小学生向けの本を書いている人らしい。
ぼくもいろいろな本を読んできたけれど、この人の作品は知らなかった。
気になってパソコンで調べてみると、2年前を最後に書いていないことがわかった。
今なにをしているのか、どこにいるのかもわからないらしい。
どこでなにをしているかわからないなんて、キサラギジャックみたいだ。
それでもみらいさんは、また新しい物語を書いてくれることを待っているらしい。
それは、ぼくも同じ気持ちだった。
まだ1冊しか読んでいないし、どんな人かもよくわかっていない。
けれど、胸がドキドキワクワクする物語を書いてくれる人だと思う。
だから、きっと今もあたらしい物語を書くじゅんびをしているはずだ。
そのことを伝えると、みらいさんの表情がパッと明るくなった。
「気に入ってくれたらわたしもうれしい。次はなにをオススメしようかな」
ぼくの胸がもっとドキドキとする。
最近になってようやくこのドキドキの正体がわかった。
これは、ときめき、というらしい。
「あの、それで、キサラギジャックはどこに……」
「ダメです。それは教えません」
ぼくが言い終わる前に
「キサラギジャックにはわたしも会いたいよ? でもあそこはあぶないから。ごめんね」
みらいさんは、持っていた本を棚に入れてどこかへ行ってしまう。
もうすこし話したかったけれど、そのまま見送る。
これ以上は仕事のじゃまになってしまうと思ったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます