第10話 清里みらいさんの話
ぼくと陽平くんは、1階のエントランスで待っている。
陽平くんの顔色は、さっきよりずっといい。しばらく休んだおかげだろう。
「ありがとな、拓也」
ふいに陽平くんから感謝の言葉をかけられる。彼は、ベンチから投げだした足をパタパタと動かしている。今にも立ち上がって走り出しそうなほどだ。
「拓也のおかげでキサラギジャックさがしも一歩前進だな!」
それから陽平くんはまた足をパタパタさせる。まるでしっぽをふる犬みたいに。
「……うん。ありがとう」
陽平くんのおかげだよ、という言葉は、胸のおくにしまっておいた。
がまんではなく、はずかしいから。
「ごめんねー。ふたりともお待たせー」
そうこうしているうちに、みらいさんがやってきた。
となりに立つ陽平くんもじっとみらいさんのことを見つめている。
その目はキラキラして、すぐにキサラギジャックのことを聞きたそうだった。
「あなたが
みらいさんは、ぼくらと目線を合わせて話すために少しだけしゃがんでくれている。
「拓也といっしょにさがしてるんだ。おねえさんは、キサラギジャックに会ったことがあるって本当? どんな見た目? いつ? どこで会ったの?」
あいさつもそこそこに、陽平くんが話を切り出す。
「昔ね、一度だけ会ったことがあるよ」
みらいさんは向かいのベンチに腰かける。
それから絵本を読み聞かせるみたいに、ゆっくりと落ち着いた声で語り始める。
「わたしが小学生の頃に犬を飼っていたんだけど、その子が急にいなくなったの。その子を見つけるために家族みんなであちこちさがしたわ。でも、どこに行っても見つからなかった。それでもわたしは、ひとりでさがしていたの。だけど見つからなかった。しかも気づいたら自分がどこにいるのかもわからなくなってた」
ぼくも陽平くんも息をのみ、みらいさんの声にじっと耳をかたむける。
「今と同じくらい暑い夏だった。暗い夜道で右を向いても左を向いても木ばっかり。手や足に草が当たるだけでこわかったなぁ。目を閉じて想像してみて。真っ暗な場所にいて、とつぜん体になにか当たったら、それがなんなのかまったくわからないから」
ぼくは、ゆっくりと目を閉じる。
きっと陽平くんも同じようにしていると思う。
みらいさんの声は聞こえてこない。
図書館の出入口の自動ドアが開く音がする。
だれかが階段をのぼったりおりたりする音がする。
その時、なにかがぼくの手にふれた。
急に
「うわっ!」
となりに座る陽平くんが大きな声をあげる。
それを聞いて目を開けたら彼も手をしきりに見ている。
「ごめんね。そんなにビックリすると思わなかった」
みらいさんは、いたずらをした子どもみたいに笑っている。
ぼくと陽平くんの手にふれたのは、きっとみらいさんの手だろう。
目を閉じていたら人の手だってまったく気づかなかった。
もっと
「わたしは、こわくて泣いちゃった。そこから、もう一歩も動けなくなってしまったの。でもね、そんなわたしを助けてくれた人がいたの。だれかわかるかな?」
その問いかけにぼくと陽平くんは、顔を見合わせて笑う。
いつも見守ってくれていて、困っている人が助けてくれる。
それができるのは、ひとりしかいない。
ぼくと陽平くんは、いっせーの、と合わせて大きな声で答える。
「キサラギジャック!」
みらいさんは、両手を胸の前で合わせてうれしそうに笑う。
「そう、キサラギジャックがどこからともなく現れたの。あまりとつぜんだったから、ビックリしすぎて声も出なかったよ。涙もすぐに引いちゃった。だって……」
ぼくは、さっそうと現れるヒーローの姿を想像した。
キサラギジャックは、いったいどんな姿をしているのだろう。
日曜の朝のテレビに出てくるヒーローみたいなスーツを着ているのかな。
それとも外国映画のヒーローのようにあざやかな色のマントを着ているかな。
昔からいるってことは忍者のように黒くて目立たない格好かもしれない。
もしかしたら羽が生えていて飛んできてくれたのかもしれない。
ワクワクで胸をふくらませてみらいさんの言葉を待つ。
「だって、男の子が急に飛び出してくるんだもの」
え? 男の子?
ぼくはとなりに座る陽平くんを見る。
陽平くんもこちらにおどろいた顔を向けていた。
まさか、ぼくたちと同じ子どもの姿をしているとは思いもしなかった。
「その子はこう言ったの。おれはキサラギジャック。この町をいつも見守ってるヒーローだって。それからわたしの手を引いて歩き始めた。暗くて草木が生い茂っているのに、どこをどう進めばいいか、すべてわかってるみたいだった。そしてあっという間に知っている道に出られたの」
ヤクシのおじいさんや陽平くんの語るキサラギジャックとほとんど同じだ。
「あの、みらいさんは、ヤクシのおじいさんを知ってますか?」
ぼくは、勇気を出して聞いてみる。
みらいさんは、きょとんとした顔をしたまま答える。
「ヤクシさん? ごめんね。その人のことは知らない」
その顔を見ると、本当に知らないみたいだった。
「キサラギジャックはいたんだ。やっぱりいたんだ。本当にいたんだ!」
陽平くんは、あまりのうれしさにベンチから立ち上がってよろこぶ。
今までだれも見たことがないという城江津市のヒーロー、キサラギジャック。
そのヒーローに会った人から話を聞くことができたのだから無理もない。
これでキサラギジャックさがしに一歩近づいたのだから。
また、清里みらいさんという協力者を見つけることもできた。
これなら夏休みの自由研究勝負で黒田くんに勝てる。そう思った。
「でもね、キサラギジャックに会ったのは一度だけなの。それも夢だったのかも」
「どこで会った? おれたちが見つけてやるよ!」
陽平くんが自信満々に宣言する。
それを聞いたとたん、みらいさんは首を大きく横にふる。
「だめ。あぶない場所だから行かないで。とくに小学生だけではぜったいダメ」
それからみらいさんは、何度もぼくらに注意する。
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