敵より怖いは女難の相

リックはシグマの側で歩みを止めた。


「…そうだな。お前の勘は良く当たるからな。警戒しておいて、損はないだろう。まあ、取り越し苦労だとは思うけどな」

「俺も、そう思いたいところだ…が、ルーファスがどれ程の能力を持っているのかは、実際に戦ってみて、ある程度ではあるが、把握できた」


それを聞いたリックは、いつになく真剣な表情になり、そして知らぬ間に顔を曇らせた。


「ある程度…って、完全にじゃないのか? あいつ、お前でも実力が読めない程の奴なのかよ…」

「ああ。…奴の能力は未知数だ。図り知れない」


シグマも珍しく碧瞳を細め、渋い表情で呟く。

そんなシグマの様子を、懸念を帯びた紅瞳で見ていたリックは、ふと気付いた疑問を、そのままシグマに尋ねた。


「それはそうと、お前…何故、魔法剣とドラゴンを使わなかったんだ? あの時点で、奴は剣しか使ってなかったんだから、その二つを使えば、お前だったら…殺すまでは行かなくても、深手くらいは負わせられたはずだろう?」

「勘がいいな、リック。気になる事の二つ目がそれだ」


一転してシグマは、口元に挑戦的な笑みを浮かべた。


「えっ、どういう事だ?」


気になりはしたものの、その裏までは想定のつかないリックは、きょとんと問い返す。


「気付いたか? 奴の剣術…あれは、俺と同じだ」

「!な…流派が同じって事か!?」


リックが、ぎくりと動きを強張らせた。

その表情は愕然とし、わずかに青ざめている。


「ああ。…だから俺は、魔法剣も、クレアも使わなかった。

クレアも、それに気付いていたはずだ。そうだな? クレア」


シグマは、ちび龍化して近くに佇むクレアの方を見やる。

するとクレアは、シグマに尋ねられた事から、ちび龍化を解き、件の人間バージョンへと姿を変えた。


そのまま緩やかに腕を組み、水のような透明な声で、淡々と答える。


「確かに、あの剣術には見覚えがある。…それも、そう昔じゃない。ごく最近のものだ」

「やはりそう思ったか、クレア」


主と龍が視線を絡ませる。クレアは再び口を開いた。


「ああ。その二つの攻撃法は、下手をすると威力を倍加された挙げ句に返り討ちだったはずだ。

あの時、俺と魔法剣を使わなかったのは賢明な判断だったな? シグマ」

「な、なんて奴らだ… あの戦いの最中に、そんな事まで考える余裕があったのか…!?」


リックは驚きを隠せない。しかしそんな応酬を、苛立ち混じりの怒声で遮ったのは、言うまでもなくライムだった。


「!ちょ、ちょっとシグマあっ! あたしがこっちで、リアナと話している間に、どこまで勝手に話を進ませてるのよっ!」

「……」


シグマは無言で、しかし心底疲れたように息をつく。

それにクレアは、からかうように笑いながら茶化した。


「相変わらず女性で苦労するな、お前も」


対して、シグマは憮然としたまま呟く。


「嬉しくない。それよりも、こいつらは少し放っておいて、三人で対策を立てるか…」


などとシグマが軽率に言った途端、


「!い・や・よ! あたしも話し合いに混ざるからねっ!」


ライムが地団駄よろしく足を鳴らす。

そして片方がこうであるなら、当然、もう片方も、


「私もお仲間に入らせていただきますわ。シグマ様のお手伝い程度、出来なければ、ファルスの王女を名乗る資格なんて…」


…と、こうなる。

こうなるとシグマには、より一層の疲れが、否が応にも見てとれる。


「いや…別にそこまで言い切る程の必要性は、塵ほども…」


言いながらシグマは、知らぬ間に冷や汗が浮かんできているのを自覚していた。


厄介、という単語がどんぴしゃりなまでに当てはまるこの二人は、ある意味、ルーファスよりまさしく“厄介”であり、それを上回って恐ろしい存在だ。


こうなれば、“関わってしまった己の運命を呪うしかない”。


…そうこう考えているうちに、またしても容赦なく、リアナのプッツン発言が飛んだ。


「とにかく、愛するシグマ様の為に、身を粉にして働かせていただく所存ですわ。…シグマ様、何卒よろしくお願いします☆」


これを聞いたライムは、もはや怒る気も失せたらしく、がっくりと肩を落とした。


「姑の家に来た新妻じゃないんだからさぁ…」


ライムの反応はこうであるが、一方のシグマは、今にも剣を抜きそうに、柄に手をかけていた。


「…こいつらは…」


シグマの性格からして、これは冗談で済まされるレベルではない。

そう判断したリックは、焦りつつも、反射的に止める側に回っていた。


「ま、まあいいじゃねぇか、シグマ。それよりこれから、どうするんだよ?」


リックの問いに、シグマは柄に当てていた手を下ろした。

が、その表情は、毒舌な彼らしくもなく、渋いものへと変化している。


「対策の中の、最も厄介な問題がそれなんだが…」

「…向こうの出方を待っていれば、こちらが必ず後手に回る。

かといって、相手の行動を探るにも、手掛りが少なすぎる」


主であるシグマの影響を受けてか、クレアも若干ながらも厳しい表情になる。

するとリックは、そんな二人の重い空気を祓うかのように、あっけらかんと答えた。


「何だよ、だったらまた、囮作戦を遂行すりゃいいだけの事じゃねぇか」


何も難しい事はない、とリックは言いたかったのだろうが、その妹のリアナが、それを打ち消すように左頬に右手の甲を付けながら高笑いした。


「相変わらず考えが甘いですわね、お兄様!」


これに聞き捨てならないのはリックだ。


「何だよリアナ、俺のどこが甘いってんだ!?」


するとリアナはふんぞり返り、得意満面に鼻を高くする。


「一度、罠にかかった獲物は、二度とは掛からないものですわ」


シグマは、珍しくリアナの答えが的を射ていることに驚いたが、頷くと先を続けた。

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