王族や令嬢、それは美味しいのか?

「そういう事だ。…だから残る手は、極めて成功確率の低いものが、二つしかない」

「成功確率が低い…?」


ライムは訳も分からず問い返す。


「ああ。…ひとつは、奴を挑発する事だ。少なくとも、興味心を煽るような真似をすれば、奴は必ず姿を見せる」

「成程。…だから、“成功確率が低い”のね?」


ライムがうんうんと頷く。しかしそれに釈然としないクレアは、その策の穴を指摘するべく、シグマに尋ねる。


「だが、シグマ。軽く言うが、一体どうやって奴を…」


すると、そんなクレアの危惧をシグマは読んでいたらしく、軽く頷いた。


「だから、この考えは一応、保留だ。…俺はどちらかというと、残った、もうひとつの考えの方が、奴をよく知る上でも、確率が高いだろうと踏んでいるんだが…」

「何だ? その、“もうひとつ”って」


リックが首を捻る。対して、シグマは僅かばかりその目に鋭さを見せた。


「…俺が先程、剣で奴に切りつけた事は覚えているな」

「? …ああ。だが、それが一体…」

「ふん──成程。血液鑑定か」


クレアが先を見越して呟く。

それにシグマは、珍しく苦笑した。


「正解だ。さすがだな、クレア」

「あぁあもうっ! ちょっと! そっちで納得してたって、こっちは、さっぱり訳が分かんないわよ!」


やはりと言うべきか、ライムが不機嫌そうに噛みつく。

するとリアナも首を傾げ、うーんと考え込んだ。


「私にも分かりませんわ。…どういう事ですの? シグマ様」


このやり取りによって、女性陣が、今までの話の意味自体、まるで分からないのだということが判明し、シグマは軽い目眩を覚えたが、この二人ならまあ致し方ないと決め込んだのか、どこか諦めたように口を開いた。


「…ウインダムズの“軍事技術”のひとつに、血液鑑定がある。

これは簡単に言えば、原型(オリジナル)の血液と、データの中の血液を照合し、そのデータのいずれかが、その原型の血液と一致すれば、その者の素性が安易に分かるという代物だ」


シグマは淡々と、自らの知識をさも当然のように語る。

これは言うなれば、こちらの世界でいうところのDNA鑑定のようなものだが、この世界ではそれはあくまで、軍事帝国を冠するウインダムズのみが有する技術なため、当然ながら一般の、しかも他国の者の知識にまでは浸透していなかった。


…結果。

当然、ライムの頭がウニになる。


「何だか…良く分からないけど、つまりは…その…」


既にライムの頭からは、理解不能を示す、白い煙が吹き出している。

シグマは溜め息をつくと、目を据わらせつつも言い方を変えた。


「つまりだ、今回のルーファスの血液が、そのデータの中にあるものと、どれであろうが一致すれば──ルーファスの正体に、確実に迫れるという訳だな」

「!あ、なーるほど…」


ようやく理解し、ぽんと手を叩くライムを、ちらりと冷めた目で一瞥したクレアが、悪びれる事なく、ごく普通に呟く。


「言い直さないと分からない辺りが、理解力に欠けているな」

「!うっさいな、もうっ!」


事実なだけにろくな反論も出来ず、頬を膨れさせて黙るライムをスルーし、シグマは先を続ける。


「だが、それにもひとつ欠点がある。…それは、ウインダムズとファルスの人間でない限り、判別が不可能だという事だ」

「!う"…、また分からなくなってきた…」


ライムが両拳でこめかみを押さえる。それに憐れみの視線をさらりとくれたのは、意外にもリックだった。


「…お前って、ほんっと、つくづくバカだよな…」

「何よ! あんたにバカ呼ばわりされる筋合いはないでしょ! じゃあリック、あんたには分かってるっていうの!?」


子どもさながらにムキになりながらも、ライムはひたすらリックに噛みついた。

するとリックは変に余裕を見せ、軽く肩をすくめて見せる。


「当然! …簡単な事だろ。国ってのは、ひとつだけでも人間が沢山いるもんだし、データを入れるにしたって、限度がある。

だからウインダムズでは、自国と、それから…同盟及び友好協定を結んでいる、ここファルスのデータだけを入れてるって事なんだろ。…まあ、これは俺の推測だけどな」


リックにしては感心なまでに鋭いその考えを聞いたシグマは、じっとリックを凝視した。


「長い台詞だが、珍しく鋭いな。その読みは正解だ」

「ほら、お前より俺の方が賢いじゃねーか」


リックが軽率にも、いらぬ一言を、あっさりとそして簡単に口にする。

それに対してライムは、活火山顔負けの勢いで爆発した。


「!むっか──! 最っっっ高にムカつくっ!」


これ以上ないほどのライムの怒りに、シグマは自然、再度の感情の低迷を覚えた。


このやり取りを傍で聞いていたクレアも、一国の王子とその国の上流貴族の娘とは凡そ思えない、この子ども同士の喧嘩のような応酬には、一時、無言になり、次いで呆れにも似た溜め息が自然と口から漏れる。


「…とにかく、詳しい事については、明日でもいいだろう。とりあえず今は、少しでも寝ておくべきだな」

「そうだな。…俺も疲れた」


恐らくは今までの人生の中で一番、といった様子を隠せるわけもなく、シグマはやんわりとではあるが肩を落とす。

するとリアナは、何故か顔を紅潮させ、同時に目を輝かせた。


「そうですわよねっ。シグマ様には、充分に体力を回復していただかなくては困りますわ☆」

「…お前が言うと、何だか別の事に聞こえるぜ…」


こちらもどんよりとした表情を、隠す事もなくひけらかすリック。

この発言は、リアナの場合…というより、リアナに限っての事だろうが、兄であるが故に妹の性格を嫌というほど理解している自分には、どう控え目に聞いてもこれは別の意味に聞こえる。


結果、ライムの全ての体の力が抜けた。


「もういい…反論する元気もないわ。…お休み」

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