ポジティブすぎも如何なものか

「へいへい。…おいリアナ、シグマはこんな夜中じゃなくて、昼間に、みんなのいる前で来てくれた方が、嬉しいんだとさ」

「!違うっ!」


半眼を崩す勢いで、珍しくシグマが否定の声を荒げる。

その反応そのものが面白いのか、リックは更にリアナを煽った。


「ほら、珍しく照れてるぜ?」

「リック! 違うと言っているだろう!? お前って奴は…!」

「そーよねっ! シグマ様の都合も考えずに、私ったら…☆」


…もはや性格が分かりかけたであろうファルスの王女・リアナは、何はともあれ納得したらしい。

だがここで、色々な意味で自らをも納得させねばならないと、的確に判断したシグマは、わずかに肩の力を抜いた。


「まあ…事情はどうあれ、分かってくれればいいんだが…」

「夜に来るのなら、人目を避けて、こっそりと、っていう事ですわね? 分かりましたわ、シグマ様☆」


…もはやこの感情てっぺんレベル王女には、まともな言語すらも通用しないようだ。

そう認識したシグマの頭には、言うまでもなく一気に血が上った。


「!違うって…言ってるだろうっ!?」

「…とはいえお前、ここに来た本当の目的は、シグマの寝込みを襲う事なんだろう?」


リックが腰に手を当て、半ば呆れたように尋ねる。

するとリアナは、どこか得意気に笑った。


「さすが私のお兄様ですわね。否定する所も余す所も、文句もなく正解ですわ」

「…と…とんでもない兄妹…!」


…まさしく、兄が兄なら妹も妹。

この場合、この極端な妹の奇行を読める兄が凄いのか、その兄に行動を見透かされるのが分かっていながら、考えを実行に移す妹の方が凄いのか…

その判断がつきかねる。


ライムが眉をひそめて悶々としていると、ふと思い立ったように、リアナはシグマに話しかけた。


「という訳で、シグマ様!」

「何が、“という訳”なのか、俺にはいまいち事情が…」

「…何故そこで頭を抱え込むんですの?」


端から見ても、リアナはいたって大真面目に尋ねている。

それをさすがに見咎めたライムは、引き続き眉をひそめながら、リアナに話しかけた。


「あのね~…、あんたそれ、本気で言ってるわけ?」

「あら? …貴方は?」

「貴方はって…さっきからここに居たでしょうっ!?」


普通の人間を相手になら、到底こんなふうではあり得ないやり取りに、ライムは呆れと怒りを半々に見せながら喚く。

傍らでそれを聞いていたリックは、腰に当てていた手を崩し、軽く頭を掻いた。


「済まねぇなライム。どうやらそいつ…自分の気に入った目標物以外は、一切、目に入らないらしいんだ」


兄であるが故に分かる妹の性格を説明したリックに、ライムは溜め息をつくと、馬鹿正直なまでの感想を述べた。


「さすが、リックの妹ね。兄妹揃ってタチ悪いわ…」

「何だそれ…喧嘩売ってんのか? お前」


例え言われているのが本当のことだとしても、リックからしてみればそれは釈然としないらしく、知らぬ間にその目が据わる。


「何よ、本当の事でしょ? …それよりあんた、リアナとかいう名前みたいね?」


…本来なら自分が属する国の王女様だ、敬語を解くのも呼び捨ても、到底許されるものではない。

しかしライムからすれば、先程の例のアウトオブ眼中イベントが、どうも後を引いてならないのだ。


するとリアナは、敬語解除も呼び捨ても咎めることもなく、くりっとしたその大きな瞳を、興味深げにライムの方へと向けた。


「そーいう貴女は、クライシス家の人ですわね?」

「えっ? 何でそれを…」


ライムは首を傾げた。…幾ら自分が上流貴族の位置に属しているといっても、王女と自分は初対面だ。

幾ら何でも、会ったばかりだというのに、こうまですぐに的確に家名が出てくるはずはない。


ライムがそんなことを考えていると、


「クライシス卿が、貴女の事を“口の悪い娘”と言っていたので、すぐに分かりましたわ」


…リアナが悪びれることなく、あっさりと爆弾発言をした。

それを聞いたライムは、我知らずこめかみをぴきりと引きつらせる。


「!…また親父か…! けど、そんなのどーでもいいわっ!

あんた、何の用かは知らないけど、何で、いきなりここに来て言いたい放題…!」


怒り絶頂のライムには、もはやリアナが自分が属する国の王族であるという頭はない。

するとリアナは、ライムのそんな怒りに更に油を注ぐように、のほほんと宣った。


「それはですねぇ…ルーファスを見てみたかったからですわ」

「!何を呑気な事を…あたしたち、もう少しで殺されるところだったのよ!?」


ライムはルーファスを間近で見ただけに、その恐ろしさを充分過ぎるほど把握していた。

しかし、ここファルスの重役たちを片端から闇に葬っている、力ある暗殺者を、今だにその目で見たことのないリアナは、にっこりと微笑んで返答する。


「それは大丈夫ですわ。お兄様とシグマ様が居られますもの☆」

「そーゆー問題じゃなくて!」


リアナのテンションに合わせて会話をしていたライムは、ここまで来るとさすがに苛立ちよりも呆れが上回ったようで、がっくりと肩を落として呟かざるを得なくなっていた。


見かねたリックが、仲裁に入る。


「おいおい、もういいだろ? 今は、喧嘩なんかしてる場合じゃないぜ。少しでも早く対策を立てないとなぁ…そうだよな? シグマ」

「…そうだな」


同意を求めたリックに対してのシグマの返事は、籠っている上に単調なものだった。

それが引っかかったリックは、シグマの方へと歩を進める。


「何だ? 何か言いたそうな顔して。

…その顔からすると…気になる事でもあるのか?」

「ああ。さっきも言いかけたが…フレアと呼ばれた少女の事だ。

──あの少女…何か…どこか引っかかる」

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