時に睡眠は闘いでもある

【ファルス城・寝室】




…美しき自然の国・森と湖の国ファルスに、夜の帳が降りた。


ファルス王の協力を得た上で、一計を案じたシグマは、ライムとリックと共に、ファルス城のとある一室に身を横たえていた。


…現在は、深夜と呼ばれる時間。

リックやライムの情報が正しいとするなら、ルーファスは文字通り闇の中を暗躍している。

それは即ち、夜にファルスの重役たちを確実に殺めていることに他ならない。


ルーファスが動くのは、夜。

そしてこの部屋には、ファルスの王子であるリック、同じくファルスの上流貴族の娘であるライム、そして軍事帝国ウインダムズの皇子である、自分がいる。


…誘き寄せる為には充分過ぎる程の餌だ。

必ず、奴は現れるはずだ。


…しかし。

さすがに待ち受けるにも業を煮やしたのか、ライムがぼそりと呟いた。


「…遅いね…、おまけに…ベッドの中って、こんなに…暑苦しいものだったっけ?」


…そう、三人はさも寝ているかのように見せかけるため、毛布を頭から被っていたのだ。


「…そうだな」


暑いのは確かなので、シグマはそれにあっさり同意する。

すると隣で、リックが小声ながら、わずかに苛立った声をあげた。


「シグマ…お前って奴は…何でそんなに落ち着いてるんだよ──あぁあもう眠いっ! さっきから一体何時間待ってると思ってんだよ! 横になってから、もう2時間だぜ、2時間!

…俺、そろそろ限界感じてるぜ…。眠すぎる…」

「あたしも…。…ここに入ってから、ずっと起きてるから…疲れた…」


ライムは既に欠伸混じりだ。

それを噛み殺すことをしない所を見ると、本当に眠いのだろう。

しかしここで本当に寝てしまえば、下手をしなくともそのまま首を取られかねない。

そう判断したシグマは、幼子に言い聞かせるようにやんわりと呟いた。


「そう言うな。…ファルス王が巧くやっていてくれれば、奴は必ず今夜中には現れるはずだからな」

「そんなこと言ったって…、とにかく眠すぎるんだよ…」


ついにリックの口からも欠伸が出た。

それにシグマは、自分より若干ではあるものの歳上なはずのリックを、軽くではあるがさすがに咎める。


「まだ、たかが2時間だろう。…騒ぎ過ぎだぞ、お前も」

「そうは言ってもねぇ、シグマ。…この、あったかい場所で、何もしないで横になってて、寝るなっていう方が…無理だと思うけど」

「まあ、それも一理あるが…大体その声からして、既に眠そうだしな」

「だったら、どうにかしてくれよ…ったく、この温厚な俺にも我慢の限界ってもんが…」


散々待たされ続けたリックの口調が、神経的にくたびれ果ててきた為か、さすがにそろそろ愚痴めいてきた──

ちょうどその時。


…シグマがどす黒いイメージの、何者かの気配を、機敏に感じ取った。


「!…静かにしろ。来るぞ」

「えっ!? 何でそんなこと…」


ライムが疑わしげに問い返す。しかし今のシグマには、それを説明する時間も余裕もない。


「静かにしろと言ったはずだ。…早く、寝たふりをしろ」

「!わ、分かったっ」


即答したリックは、すぐさま枕に頭を埋めた。

間髪入れず、その部屋にいた三人のものとは明らかに違う気配が、魔術で移動してくる。


…その魔術の気配が消え失せた時。

その場に現れた人物は、不敵に笑うと、力ある者に似つかわしい、荘厳かつ威厳のある声で呟いた。


「今夜の標的は、ウインダムズの皇子と、ファルスの王子か。

…しかし、見たところ──その二人以外にも、余計な輩が混じっているようだな」


…これを聞き咎めたライムが、かちんとこめかみを引きつらせる。


「全く…とばっちりでこれから殺されるかも知れないってのに…余計な輩呼ばわりは、果てしなく迷惑よね…」

「それに、この声──あの時に聞いた、ルーファスのものだ。間違いない…!」


シグマの確信をよそに、ルーファスは不敵に嘲笑った。

…その嘲笑は、ぞっとする程に闇に美しく映えている。


「ふん、だが、今更そんな事を言っても始まらん。そうだな…

とりあえず、まずは、王子二人から血祭りにあげるとするか。もう一人は、その後でも充分だ」

「!お、おいシグマ、もう限界だろ!?

これ以上引き伸ばすと、マジで殺されちまうぞ!」


気が気でないリックには、先程のシグマ同様、もはや声を抑える余裕はない。

それどころか、焦るあまり、声が上擦っている始末だ。


シグマは頷いた。


「分かっている」


シグマは瞬間、毛布の中に隠していた剣を取ると、勢い良く毛布を跳ねのけた。


「遅かったな。──待ちくたびれたぞ、ルーファス!」



…目の前にいる、痩躯の男。

先程聞いた声は、後に魔術で手がかりを探した際、残されていた声と同じ。

間違いない。

…“ルーファス”。こいつが…

父親の、仇だ。



シグマは剣を握り締めた手に、無意識に力を込める。

しかしそれすらも嘲るように、眼前の男…ルーファスは声を洩らした。


「ふん…やはり起きていたか、シグマ皇子。そうではないかと思っていた」


余裕綽々のこの口ぶりに、完璧なまでに罠に填めたと思っていたリックは、動揺を隠しきれずに唖然となった。


「何だあ…!? …こいつ、俺たちが起きてるって知ってて、それでも俺たちを殺しに来たのかよ!?」

「っていうか…その口調、まるで…

始めから罠だって事を知ってたみたいじゃない!?」


ライムもさすがに愕然となる。

…そんな驚きを隠しきれない二人の鼓膜に、ほんのわずかな舌打ちの音が響いた。


「ちっ…、全てを理解しておきながら、それでも来たのか?

相変わらず狡猾な奴だ…!」

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