腐れ縁は波紋のように

「何だ? リック。そんなに眉をひそめて」


こちらの意向をまるで当然の如くスルー状態のシグマ。

当然、リックの頭には一方的な疑問符ばかりが残る。


「ひそめたくもなるわっ! そもそもどーして俺がお前と一緒に囮扱いなんだよ!? 囮は、お前一人だけで充分だろ!?」

「鈍いな。重役を狙うなら、王子の名目は格好の獲物だろう?」


このシグマのいかにもな言葉に、リックの目はこれ以上ないほどに据わった。


「一人より二人がいいのは良く分かってるけどなあ! …お前さっきから、人の事を、散々コケにしてくれてねぇか!?」

「俺はただ、正直な意見を述べただけなんだが…まあいい。ところで、ライム」


こうも平然と名を呼ばれて、ライムの頭は瞬時に活火山と化した。


「何よ!? この際だから言っとくけどねぇ、あたしは…」

「巻き添えを食わせてしまう事は謝る。済まないな」

「!やっぱり、あたしにもとばっちりが来るのね!? …だけどシグマってば、あたしが文句を言いたいのがよく分かってて、それに先手を打ったような気がするんだけど」


これを聞いたシグマは、ライムには気付かれないように、軽く心中で臍を噛んだ。


「妙なところで勘がいいな…こいつ」

「? 何か言った?」

「いや別に」


シグマはつとめて平静を装って否定する。

辛うじて、ここでライムを巧くはぐらかすことに成功した…と思ったのも束の間、続けて不満だらけのリックが、すっかり仏頂面になって声をかけてきた。


「…おい、ところで俺は仕方ねぇから聞きたいんだが」

「妙な文法だな。今度は何だ?」


シグマは、更なる関門であるリックをどうあしらうか、起こり得る全ての応対を、頭の中で想定しながら問い返す。

それを知ってか知らずか、リックの表情は苦虫を噛み潰したように変化した。


「俺とお前が囮ってのは、よっく分かった。が! お前は肝心な事を忘れてるぜ。…奴を誘き出して、“それから”どうするつもりだ?

知っての通り奴は魔法剣士、誘き寄せたところで一筋縄でいく相手じゃねぇぞ?」

「分かっている。──だから、俺が奴の相手をする」

「お前だけで務まると思ってんのか? 相手はルーファスだぞ。

ここファルスでは、奴は…どんな警戒をしようとも、狙った相手を必ず殺す事で有名なんだ。生半可な攻撃では返り討ちに遭うのが、目に見えてる」


シグマは、リックが自分を心配したからこそ言って来た言葉を、その心情を…よく理解していた。

だからこそ、それに応える為に頷いてみせる。


「それも分かっている。…俺は奴と話をした上で、事を構えるつもりだ。それに、俺はともかく、少なくとも、お前たちには絶対に手出しはさせないから、安心しろ」


いざとなれば自らを犠牲にする覚悟で、シグマが告げる。

しかし、そんなシグマの複雑な心境を知るよしもなく、ライムは純粋に言葉を受け止めた。


「なんか…かっこいいっ! もしかしてシグマって、すごく頼りになるんじゃない!?」


これに横目を走らせたのはリックだ。


「今更それを言うか? カナル等に追っかけられた張本人が」


鋭く指摘され、途端にライムの頭が沸騰する。


「!なっ…あんたも結構、根に持つ奴よねっ! しつこい男は嫌われるわよ!?」


もはやライムの頭からは、リックが自国の王族であることなど、すっ飛んでしまっている。

そして一方のリックも、既に自らの立場を忘れているどころか、ライムが自国の上流貴族の娘であることすら、綺麗さっぱり忘れていた。


「!それこそ、お前に言われたら終わりだろ!」

「!んなっ…何ですってぇ!?」


がっちりと犬猿よろしく睨み合う二人を、シグマは不機嫌そうに睨み据えた。

…これからルーファスと一戦交えねばならぬというのに、この二人がこれでは…

言うまでもなく、先が思いやられる。


「煩いぞ二人とも。…あんまり騒ぐと、前言撤回するぞ。

自分の身は自分で守るか?」


シグマに睨まれて、リックとライムは蛇に睨まれた蛙よろしく立ちすくんだ。


「!い…、いや、それはちょっと…」

「…遠慮しとく。だからよろしく頼むわ、シグマ」


ライムとリックが揃って冷や汗を流す。

するとシグマは、少しばかり睨みを緩和させた。


「おい…ライムはともかく、リック。…確か、お前は槍術が得意だったはずだな」


…これを聞いたリックの体は、もはや蛙を通り越して、ギリシャ神話のメデューサに睨まれたかのごとく石化した。


「だから奴とやれってのか!? 俺の槍が奴に通用するとは…」

「それでもやって貰うさ。俺だけでは手が足りないからな」


呟いたシグマは、睨みを解き、その視線の先にあるものを、深く認識し直した。

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