宿敵を前にした者は
「半分は賭けに過ぎない。皇子が起きていれば、対峙することが可能となり、そして寝ていれば…そのまま殺せばいいだけの事だからな」
いかにも暗殺者らしい、悪びれない淡々とした口調に、ライムが自然、声を荒げた。
「!じょ、冗談じゃないわよっ! あたしたちにしてもシグマにしても、貴方の気まぐれで殺されたりしてたまるもんですか!」
「煩い娘だな。…それ程までに殺されたいか?」
ルーファスが視線を尖らせる。それにシグマは、ほとんど反射的に制止をかけた。
「──よせ、ルーファス! お前の相手はそいつじゃない! お前の相手は、この俺だろう!?」
「ふっ…皇子が俺の相手だと? それは無理だな」
ルーファスがせせら笑う。
だがシグマは、そう聞いてもまるで怯むことなく、ルーファスを油断なくその視点に捉え続けた。
「ならば訊くが…どういう基準で、無理だと思うんだ?」
「知れたこと。…経験と実力の差だ」
「ふん…所詮、貴様の読みはその程度だ。だが──それをあくまで俺との差だと言うのなら、俺がそれを覆してやろう。
今すぐにでもな!」
シグマは手にしていた剣を、鞘からすらりと引き抜いた。
これを受けて、ルーファスも無言のまま、剣を手にする。
一瞬のうちに、シグマはルーファスに切りかかった。
…剣と剣がぶつかる音だけが、その部屋という名の空間に浸透するように響き渡る。
攻撃の先手を取ったのは確かにシグマの方だったが、反して防御に回ったはずのルーファスが、いつの間にか剣圧を増してきている。
ふとルーファスは、変わらずの余裕に満ちた表情で呟いた。
「ほう…剣の腕は、さすがに豪語するだけの事はある。だが…お前は何の為に戦っている? シグマ皇子」
「!何を…」
刹那、シグマの剣が虚い、惑い…そして躊躇いを見せる。
リックはそれに気付いたようで、瞬間、その紅眼をわずかに細めた。
ルーファスは低いが、よく通る声で、シグマがほんのわずか見せた惑いを、それを反映させた言葉と変え、当のシグマの耳に滑り込ませる。
「このままでは、皇子は父皇帝の二の舞だ。──その能力は、以前とは確かに桁違いだ。…だが俺から見れば、当時の奴の実力と、今のお前の実力が、然程変わっているとは思えん」
「知った事かっ!」
シグマはすぐさま否定することで言葉を潰す。
「そうか…ならば俺が何故、わざわざ皇子を生かしておいたか──考えたことはないのか?」
「!お前が…俺を生かしておいた理由?」
想定外でもある、まさしく意外な事を聞いたシグマの動きが、確実に鈍る。
するとルーファスは事前にそれを見越していたのか、囁くように低く、そして幼子に聞かせるように、そっと語りかけた。
「そうだ。俺が皇子を生かしておいた、その最大の理由だ…」
「!シグマっ! ──それ以上、奴の言葉に惑わされるな!」
我知らず、ルーファスの言に引き込まれそうになっていたシグマに、リックが喝を入れるかの如く、鋭く言い放った。
リックはそのまま手にしていた槍で、双方の剣の動きを、槍で止め揃える形で落ち着ける。
「リック!?」
戦いを遮られた事で、さすがにシグマが驚いてリックを見やる。
しかし当のリックは、どこか苛立ち混じりに苛々と叫んだ。
「…冷静なお前らしくもないぜ、シグマ。…いいか、奴から余計な事を聞くな! それがお前の剣先を鈍らせてる、最大の原因なんだぞ! それに何故気付かないんだ!」
「!俺…は…」
シグマが呆然と言葉を失った。
リックは、ルーファスの言葉に捉われたシグマの自我を呼び戻すべく、懸命に声を張り上げる。
「思い出せよ! こいつは──お前の父親の仇なんだろう!?」
「そうよ、シグマ! 感傷に浸ってる暇なんてないでしょ!? そのままだと、間違いなく問答無用で殺られちゃうわよ!」
ライムもリックを後押しする形で、シグマに向かって必死に叫ぶ。
瞬間、この二人の声で、今までシグマの頭にかかっていた、靄のような迷いが晴れた。
「──っ!」
シグマは手にしていた剣に、それ自体が壊れそうな程の強い力を込めると、それを己の感情のままに、勢い良く薙ぎ払った。
…それは嫌な手応えと共に、ルーファスの右腕を強めにかすめる。
「!?くっ…、貴様っ!」
まさかこのタイミングで、シグマが反撃して来るとは思わなかったルーファスの表情が、たちまち険しくなる。
それをシグマは冷静に一瞥し、きっぱりと言葉を発した。
「俺を支配しようとするからだ!」
「えっ…、し、支配?」
そこまでは判断がつかなかったらしいライムが、突然、ぎょっとして尋ね返す。
「ああ。…ルーファスは俺の過去を逆手にとって、感情に侵入し、そこから支配しようとしたんだ。…魔術師が精神支配を試みる際に、よく使う手だな」
「ふん。…さすがに同類は詳しいな」
リックが満足気に笑い、槍の先を下へと向ける。
しかしそのリックの発言に、ルーファスは忌々しげな表情をまともに曝け出し、その瞳の奥に、今まで見せなかった、焦燥的な鋭さを垣間見せた。
「!同類…だと? まさか…!」
シグマはわずかに、しかしはっきりと頷いてみせる。
…脳内に、父親が殺されてから今までの日々が甦る。
それは辛く、きつく、時には全てを投げ出したい程の試練であったが。
それでも、耐えられたのは…!
「──ああ。俺はお前同様、剣と魔法を極め、“魔法剣士”になった。全ては“お前を殺すために”な」
「そうか。だがそれでも、今の皇子では、俺には敵うまい。
ここで殺すのは容易い…が、そうすると俺の楽しみが減ってしまうのでな。…今は生かしておいてやる」
「!何だと…俺をゲームの駒にでもしたつもりか!」
シグマが怒りを覚え、その心中を怒声と変えてルーファスにぶつける。
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