鈍いにも程がありすぎる

【ファルス城・城門前】




「!ちょ、ちょっとシグマ、無茶だってば!」


ライムが前に回り込んでシグマを制しようとする。

対してシグマの方は、そんなライムの焦りなどどこ吹く風で、城門の方へと確実に歩を進めている。


もはやムンクの叫びと化したライムは、かさかさとシグマの前に回り込み、その道を遮る。

さすがにシグマが足を止めると、ライムは今にも噛みつきそうな勢いで喚いた。


「お城になんて、アポでもとってなきゃ、そうそう入れるはずがないでしょ! それを真っ正面から、突貫で行くつもりっ!?」


ライムの指摘は煩い上に容赦がない。

たまらずにシグマは眉をひそめた。


「何をそんなに騒いでいるのかは知らないが…」

「騒ぎたくもなるでしょ!? この状況を少しは考えなさいよ!

まあ、まだ門番にはバレてないからいいけど、って…」

「お前たち! そこで何をしている!」


言っていた矢先から門番に咎められ、ライムはより一層の焦りを露わにした。


「あぁあ…既にバレバレじゃない! どーすんのよ!」


「見慣れない顔だな。何処の者だ? 名を名乗れ!」


名前の通り、門を守る二人の番人にびしびしと責め立てられ、ライムはさすがに尻込みした。


「!あああ、あのいやその…あたしは一応、クライシス家の者なんですけど…」


…クライシス家は確かにファルスでは上流名門貴族の位置にいるが、もしかしたら得体の知れないこの二人と一緒では、信用されないかも知れない…

などと、ライムが己の性格をすっかり棚にあげて懸念していると、


「ライム、いいからもっと堂々としていろ。──リック!」


高らかに、シグマがリックの名を呼びつける。

それにリックは、軽い溜め息混じりに返事をした。


「…はいはい、やっぱこうなるか…」

「お前たち、アポイントメントは取ってあるんだろうな?」


門番が再び尋ねてくる。

“アポイントメント”、つまりこの場合は謁見予約のことだ。

そんなことを言われても、現在はしがない旅人に過ぎない自分たちが、そんな上等な手続きを取っているはずがない。


…必然的に、ライムが壊れた。


「!だぁあぁぁぁっ! だからとってる訳ないじゃないのっ!」


「そうか。だったら、また日を改めて…」


そう言いかけた門番を相手に、リックが興奮気味のライムを、片手で抑えながら言い放つ。


「──そこでこいつらを帰したら、お前らまとめて減給だぞ」


するとその一言に、門番たちのこめかみがぴくりと引きつった。

警護の為に手にしていた槍を、今にも突き出さんばかりの勢いで噛みつきにかかる。


「!何だと…  んっ!? あ、貴方は…!」


門番たちは何故か、そう言ったリックの顔をしげしげと見つめる。

二人の脳が、それが誰であるかの認識を完了した後、二人は槍を構え直し、背筋をぴしりと伸ばしにかかった。


「フレデリック王子殿下っ!?」




…え…!?





…フレデリック…王…?




…誰が?





まさか──リックが!?




壊れていたライムの思考回路が、その単語を認知するのに、ややしばらくの時間を要した。

…そして、それがすっかりその脳に浸透した時。


「!え…えぇえぇぇっ!?」


ライムは抑揚に富んだ、奇妙な雄叫びをあげていた。


そんなライムの反応にはまるで構わず、リックはずい、と門番たちに詰め寄る。

それに門番たちは、たじろいで思わず後退した。


それを、もはや身元が割れたリックが、半眼になりかけた目で容赦なく睨む。


「お前ら、いくらアポがないとはいえ、よもや…俺の客人を無条件で追い出そうなんて考えちゃいないだろうな?」

「!めめめ、滅相もない!」


…自国の王子を相手にしての非礼。

その客人に対しての無礼。

いつ首が飛んでも不思議ではないこの状況下で…

それを察し、それ自体が現実として我が身に降りかかった門番たちは、顔色を赤にも青にも変えながら、ぶんぶんと首を左右に振った。


「た、大変失礼致しました! どうぞお通り下さい!」

「ああ。今回は大目にみてやるが…今後は気をつけろよ」


リックはいかにも王子らしく、配下の失態をたしなめる。

それに、門番たちは肝に銘じるように、はっきりと返答した。


「はいっ!」

「…という訳だ。中に入ろうぜ」


リックはそれ以上咎めることもなく、さらりと三人を城内に促す。

そこで先程からの様子に釈然としないままのライムが、早速リックに話しかけた。


「何が“という訳”なのかは知らないけど…納得いかないっ!

何で、リックが王子様なのよ!? これってどーゆーことなの!?

シグマ…あんた、何か知ってるでしょ!」


何となく予測はしていたものの、やはりと言うべきか矛先が完全にこちらに向いて、シグマは渋面で苦虫を噛み潰した。

…自国の王子の顔を知らないのか全く、という内心と共に。


「説明しなけりゃならないのは分かってるから、そういちいち突っ掛かるなよ。…あのな、“リック”っていうのは、俺が小さい頃にこいつに付けた、“フレデリック”の略称なんだ」

「ふーん… !でも、待ってよ…

だったら、シグマってどーゆー家柄なの!? 仮にも“ファルスの王子様”に、普通、略称なんか付けられるものなの!?」


ライムの驚きに、リックは鳩が豆鉄砲を食らったような表情を見せる。


「へっ? …何だよシグマ、まだ言ってなかったのか」


こうまで公然と連れ歩いているのだから、当然、ライムはシグマの身元を知っていると思っていた…という内面の心境をまともに顔に張り付けたリックに、クレアが苦笑しながら助け舟を出す。


「唐突なことで、単に言う暇がなかっただけのようだがな」

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