第2話 杉の木の街

久しぶりに歩いたような気がする程足元がおぼつかなかったが、千里は一先ず見えている建物に向かってみた。

しかし、森を抜けた途端に広がる平原とその中央に鎮座する街並みを見て唖然とした。

ここって日本なの…?

田畑というわけでもなく、ただ広大に芝がカーペットの役割をしているその土地は千里には少なくとも自分の住んでいたところから遠く離れた場所だと映った。

湿度も少なく、カラッとした天気であるが真夏のように暑さがあるわけでもなく快適な空間でもあったが、とりあえず早く帰らなきゃとばかりに足を進めた。


森から見えた時計塔が近くに差し迫った時、木の影に猫のような何かが見えた。

猫派である千里はひとときの安らぎとばかりにお近づきになろうと試みたがこうまで拒絶され、牙を剥くとは考えていなかった。

*「ギニャアア!」

「え、ちょっと猫ちゃんじゃないじゃん!!?」

確かに猫の顔はしていたがその二足歩行で歩く様はもはや熊であった。

こちらに気付くと威嚇の咆哮をあげて、攻撃する為に走ってきた。

待って待って待って!あの夢の男がもし現実で、この世界で何かしろっていうんなら。

「私には無理ぃぃ!!!!!!」


猫と熊のあいの子は見た目こそ凶暴だったが、俊敏ではなかったようでとりあえず逃げ去ることができた。

なんなのあの動物…そもそも動物なの?ここどこなの?

いろんな疑問が浮かんでくるが今の千里には全く歯が立たなかった。

目が覚めたと思ったら変なところで変な生き物に襲われてどうしたら良いのか途方に暮れるのは彼女がうら若き乙女でなくても当たり前の状況だった。

思考を張り巡らせていた事もあり、木の影に隠れて休んでいた彼女の後ろ姿を先程の獣をが捉えてしまったが気付く術はなかったのだ。

真後ろまで迫り、今まさに襲い掛かろうとしたその瞬間。

鋭い合金の逞しい剣が獣を切り裂く音で千里は心臓が止まるかと思ったがすぐさま振り返った。

すると、ボディビルダーかと間違えるような肉体をした見た目30代ぐらいの無骨そうなそれでいて優しさは持っていそうな面持ちの男性がそこにいた。

「大丈夫か、いくら木陰だからって平原の真ん中で休憩するなんて自殺行為だぞ」

「えぇっと…あ、た助けてくれてありがとうございます」

千里が言葉を濁らせるのも無理はない。

彼は大きな剣を背中に背負い、さらには今どきギャルでも付けないラメに負けないほど光を反射する金属の鎧を着ていた。

何この人、いくら暑くないって言ってもこんな格好で外出るなんて頭おかしいんじゃないの…

当然だ、千里の住む街では鎧で闊歩する男性なんかいたらすぐに警察官が飛んで来るだろう。

「ん?俺の顔に何かついてるか?」

顔じゃねえよと思ったがよく見ると顔は体育教師の松岡にそっくりだった。

この人なら頼りがいあるしと思い事情を説明してみた。

「私気づいたらあそこの森で倒れてて、家に帰りたいんですけど」

「見慣れない服だな、民族衣装か?」

帰宅途中だった千里はブレザーを着ていたのだが、民族衣装と言われて度肝を抜かれた。

「まあ私も時間を持て余しているわけでもないから、そんなに遠くないなら案内してやれるがどこの出だ?」

見覚えのない光景だったのでここが県外かもしれないと思い大きな括りで千里は説明をし出した。

「えっと瀬崎市の真瀬湖が近くにあって」

が。

「ちょっと待ってくれ、なんだって?セザ…?」

「瀬崎市です」

彼女の話を聞いた途端に頭を悩ませる剣士。

夕食が決まらない主婦のように唸ったり、一人で身振り手振りしてみたりからくり人形のようだった。

「と、とりあえず。近くの街で休もうか君も疲れたろう」

「ありがとうございます」

先程の剣士の反応が些か気になったが、割と歩いたし色々なことがありすぎて今にでも眠れそうなぐらい疲れていた千里は魅力的な提案に安堵した。


チラチラと見えていた時計塔は何十年と時を刻んでいそうな見た目だが手入れされているようで未だしっかりと街のために役立っていた。

「ここはデルシュレインだ、いいところだぞ」

「は、はぁ」

剣士が街の名を発したのだが、千里にその名が街の名前だと理解するのに1分かかるほど聞き馴染みのない言葉だった。

え海外なのここ、私なんでこんなとこにいんの?

道案内を剣士にさせていたが途中で急に剣士が立ち止まり振り返った。

「そうだ自己紹介もせずすまない、どうも私は貴婦人の扱いが苦手なようだ」

貴婦人て…大統領の奥さんじゃあるまいし

「我が名はバーデン・イグニス・コルチェッティ、バーデンでもイグニスでも好きに呼んでくれ」

バーテンダーだかイグアナだか知らないが千里は目の色が真っ青なところや、ピアスが両耳たぶについていることなどに目がいっていた。

「…よかったらお名前を伺っても?」

「私も名乗ってなかったですねすみません、豊田千里です」

千里と同じように相手もあまり聞かない名前もそうだが、格好や持ち物などに目がいっていた。


そうした自己紹介の末、二人は他の家と比べて少し大きめの家に着いた。

庭にポインセチアのようで形が違う花が並んでおり、家主の丁寧さが伺える。

「ここだ、賢者アルパムという方が住んでいる、物知りな方だからご存知かもしれん」

「けけけ賢者!?」

千里は耳を疑った。

日本でも流行ったあの文学小説ぐらいでしか聞いたことない単語が目の前の人物から平気で飛び出すともう一度交通事故に遭ったかのようだった。

「ごめん、アルパム様は居られるか」

ドアをノックして小間使いが出てくる。

客間のような場所に通され少し待っていてくれと言われ腰掛ける二人。

フッカフカのソファーに酔いしれる千里をよそにバーデンは緊張しているようだった。

この街では緊張するのが当たり前なのだが、いまいち状況が掴めていない千里は友達のお父さんにでも会う感覚だった。

この部屋にも花が多く飾られていて、アルバム?アルパム?さんは花が好きなんだなと感じた。

「そろそろお見えになる、疲れているのは分かっているが背筋を整えなさい」

賢者に会うのにだらけた様子では困るとバーデンが注意する。

「は、はい」

全く…アルパム様に会うのにこんな素のままだなんてどういう教育を受けているんだ。

と考えていたがそんな教育は受けるはずはなかったのだからしょうがない。


客間の木のドアは立て付けが悪いようで、ギイギイと音を立てて開いた。

するともうまさに小説の挿絵に使えそうだ!!と言わんばかりの賢者が現れた。

紫色のローブを纏い、自分の背丈程もある樫の木の杖を右手に、左手には広辞苑も真っ青な分厚い本を持っていた。

うっそ本当に賢者さんなんだと千里は理解できた。

「久しいのう、イグニス」

「騎士の責務がありますので謁見できず申し訳ございません、お目溢しを」

今までの雰囲気より一層堅苦しく感じるその言葉遣いで賢者アルパムがどう評価されているのか一目瞭然だ。

「…して、そちらは?」

「は、はい。豊田千里と申します」

正直目の当たりにしている光景がもう演劇レベルに非日常すぎて、千里は自分もそこに混じっているとは考えれなかった。

「とよ…すまない、聞いたことのない名だ」


まただ。豊田ってそんなに珍しい苗字じゃないよね?

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そう簡単には勇者が卸さない! 那賀坂 翔太郎 @shotaro-1108

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