そう簡単には勇者が卸さない!

那賀坂 翔太郎

第1話 棚卸しは突然に。

強い日差しが差し込むあくる日。

豊田八百屋店では気前の良い亭主関白だけどいいお父さんをしている豊田譲治が道ゆく主婦を虜にするべく、威勢と活気を振りまいていた。

「いらっしゃいいらっしゃい!!ほうれん草40円だよっ!」

彼のお店には常連さんから一見さんまで幅広く足を運ぶ。

激安…とはいかないが、その人柄と多めに買ってくれた客にサービスする振る舞いが功を奏した。

隣町から来た清水のおばさんもまた常連だ。

*「豊田さん、娘さんはまだ学校かしら?」

「今頃帰ってきてる最中なんじゃないかな?うちの娘が何か?」

譲治はもしかしたら自身の子供が迷惑をかけてしまったんじゃないかと少し心配になりながらもそんなはずはないと心で唱えた。

そんな心配はご無用な用件だった。

*「うちの娘が着れなくなった服、あげようか?って言っててね

でも高校生のお眼鏡にかなうようなデザインじゃないから聞いてみようかしらと思ったの」

ほっと胸を撫で下ろすと共に、娘がこうして常連さんにも愛されている事を誇りに思う親心を譲治は楽しんでいた。


「…やば!」

学校を出たらもう5時だった。

今日は大好きなREI!WAO!SKIPというアイドルグループのレギュラー番組が5時半から放送されるのだ。

録画は当たり前にしているが、実際にリアルタイムで見なければファンの名が廃る。

慌てて転けてしまわぬように急ぎつつ注意して走る。

正門から駆け抜けていった時に、保健体育の生活指導の教師が喚いていたが彼女はそれで止まるほど愚かではなかった。

美穂の彼氏の愚痴なんて聞いてる場合じゃなかった…てか明日美術の課題提出日じゃない?まだ終わってないんですけど

などと頭の中でぐるぐると考えを張り巡らせるがこんな時に考えところでまとまるはずはない。

彼女…豊田千里はこうして下校していった。


途中信号に捕まると急ぐ足を抑え切れずにその場で足踏みしてしまう。

弟の麗矢が好きなゲームだったら空を飛んで行けたのになぜ私は現実世界の人間なんだと嘆きながら青に変わった信号を喜んだ。

しかし次の瞬間、千里の目の前には緑色のトレーラーがあり、そのクラクション音で何も聞こえなくなる世界があった。

え…嘘私轢かれる?流石にこの距離間に合わない気がする

およそ数mに迫った鉄やゴムの塊が体を押しつぶす事実を覆すのは、いくら短距離走が学年でも1、2を争う速さの千里でも無理だと悟るに容易かった。

見たい番組があったから急いだ、なんて理由で死ぬなんてやだな…

せめて私にも一回くらい彼氏欲しかった…そう考えると美穂羨ましいな

コンマ一秒の世界のはずが、1分にも感じた。

現実はすぐに訪れたが。


*「事故だって、怖いね」

*「トレーラーが信号無視して正面衝突したんだってな」

*「学生さんだったらしいよ、可哀想」

通行人は好き勝手あれやこれやを並び立てる野次馬と化した。

普通の車ですら大きな衝撃を与えられて致命傷となるのに、20tもあろうかというトレーラーに轢かれて無事で済むとは誰も考えられなかった。

赤いランプを滾らせ、白のボディカラーをひけらかす病院への近道が到着し、すぐさま運ぶ。

隊員たちは一先ず胸を撫で下ろす。

…高校生の手足の回収なんてしたくなかったからだ。


「何!!!千里が病院に!!!?」

生みの親に連絡が入ったのは病院に着いた10分後程である。

意識が無かった為、学生証から学校へ、学校から家族へと連絡が入るため少し間があったわけだ。

仕事している場合でなくなった譲治と妻の美里はお隣さんの吉永さんに店じまいを任せて無理もないが、血相を抱えて出ていった。

家内からミイラ取りがミイラになったら意味ないと諭されつつ、近くで最も大きい大学病院に急ぐ。

その搬送先から、彼女の容体は芳しくないと突きつけられたのだった。

手が汗ばみ、ハンドル捌きがおぼつかなくなってしまいそうになるのを懸命に堪えて運転をした。


到着してすぐさま救急受付に行く。

「豊田千里の親です」

そう言っただけで受付の女性が冷静かつ迅速に案内してくれる。

*「こちらにかけてお待ちください」

ほんの一息入れたぐらいで担当の医者が二人に駆け寄る。

ただし、心穏やかになる口ぶりを聞くことはできなかった。

現在、意識不明の重体である事、各種検査をして良いか確認しに来た事。

そして。

*「検査の結果次第ですが、あれだけ大きな車両にぶつかって明日も元気に走り回る。これは難しいと考えてください」

手足に今後大きな影響が出る事は確実、最悪脳にダメージがあればこのまま目を覚さない、と言うこともなくはないと覚悟しておけという事だ。

美里は涙を堪え切れずに厠へと駆け込んでいった。

譲治も今すぐに誰もいない部屋に逃げ込み泣き出したい気持ちではあったが、誰もいなくなるわけにはいかないと強く思い、踏みとどまった。

なぜ千里がこんな目に遭わなければならないのか、あんなに快活で嘘偽りもせず、他人にも思いやる心を持つ子にこのような仕打ちを与えるのか。

神を信じた事などほとんどないが、これほどまでに憎い存在だと思ったのも初めてだった。


…ち……さと……さ…


私どうなるのかな、轢かれたんだよね多分。

まるで夢を見ているような感覚で思想だけが浮かぶ千里は両親が心配しているだろうし大した事ないなら早く目を覚さないとと考えていた。

実際に大したことはあるのだが、彼女はそんなことまだ知る由もない。


…ちさ…ち…と…


なんかさっきから誰か私の事呼んでる?

声聞こえる気がする、こっちからかな

彼女の視界には少し奥まったところに、物置部屋にある小窓から差す木漏れ日のように、小さな光が漏れ出る場所があった。

そこから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたのだった。


  千里ちゃん、聞こえる…?

この前買った骨伝導のイヤホンみたいに頭に声が響いてくる感覚ではっきりと聞こえてきた。

「やっぱ私だよね?聞こえてるよあなた誰?」

  良かった、やっと届いた僕は…まあ隆介とでも言っとくよ

「え?私の推し?冗談やめてよ」

当然の疑問だったがスルーされた、ちょいムカつき。

  僕のことはいいんだ、千里ちゃん。

  今君はトレーラーに撥ねられて意識不明の重体だ。

「うわ、実際に聞くとエグいね」

  受け止めづらいかもしれないけど現実さ。

  それでね、このままだと君は助からないんだ。

痛みを伴っていないとはいえ、分かっていたことを聞かされて、ぼぅっとしてきた。

「…私死ぬの?」

まだ死にたくないよ、お父さんとお母さんに何にも恩返しできてないし、今頑張ってる吹奏楽部も今度県大会なんだよ?

私こんなとこで倒れてる場合じゃないんだ、大学受験に向けて勉強し始めたところだし。

  でだ。そこで君と取引したいんだ。

「取引?怪しい薬とかならパスだよ」

  違う違う、意識不明の人に頼むようなことじゃないよそれは

「そうじゃないでしょ」

若干漫才の様相を呈してきたが推しを名乗るそいつは本題を切り出した。

  僕のお願いを聞いてくれたら、ここで死ぬはずだった君を救ってあげる

  ただ、お願いの内容は今は言えないし、多分大変だと思う。

  それでも生きたいならお願いしたいんだけど…

「なんか漫画みたい」

この頃になってくると、千里は自分が見ている夢なんだろうと考えていた。

どう答えたって別に夢だしいいやなんて楽観的だった。

「いいよ、お願い聞いてあげる。その代わり私を生き返らせて」

  ありがとう、僕の見込みは正しかった。

  無事に達成できたら、生き返らせるだけじゃなくて本物の隆介に会わせてあげるね。

「それ1番嬉しいかもー」

  これは信じてないね…まあいいやお願いだよ


プツンと何かが切れる音がして、千里は奈落にでも落ちるような感覚を味合わされた。

スィーっと効果音でも飛び出しそうだが、完全な無音状態でリニアモーターカーかと思わせるように沈んでいった。

これ、着地する時に死ぬんじゃ?なんてことが頭をよきったが杞憂だった。

少しずつスピードが落ちてゆき、いつの間にか体も足が下になっており、地面に着く頃にはもう自分でジャンプした時より滑らかに降りていた。


ここどこなんだろう?

生い茂った草木に家の近くの神社でもこんなにないぞと思う量の杉の木が植っていた。

今が春でないことを感謝しながら当たりをよく見渡すと、少し離れたところに大きな時計台が見えた。

時計台なんかうちの近所にあったかな?

漠然と考えながらそちらに向かって歩いた千里だった…


ってか私治療しなくていいの?

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