#18:不→介入×ナヴィガツィオーネ×幾億
自分の意思なのか、そうでないのかは分からなかった。ただ、身体のそこかしこ、表面らへんから泡のように湧いてきた微小なサイコロ状のものたち。それらはまるで意思あるように、わさわさと僕の肌を滑るように移動すると、絞められている首元、姫宮さんの掌との間に入り込み、
「……!!」
徐々に連なり重なり集まり固まり、その拘束を浮き上がらせていたのだった。途端に鋭く流れ込んでくる清浄な空気。身体を動かすための酸素が全身の血管を走る感覚。
これは……似ている。壮年の「糸」、村居さんの「六角形」。一体これは。
そして僕もまた一体。
「……ッ!!」
迷うのは後だ。機を……一遇を呆け逃してどうする?
倒された時の衝撃で外れていた……今は泡立てた洗剤に塗れたように視える自分の右手、そして左手を上方へ、再び伸ばしていく。馬乗りになられている姫宮さんの胸、両脇、そして背中を目指して。
「前後左右」に設置されていた「面」は、先ほどの三ツ輪さんとの「共同作業」によって反時計回りに少しずれていて。そのおかげで思い切り伸ばした親指と薬指でそれぞれ「一面」ずつに触れることが出来た。
「微小白色直方体」が指先から溢れ出し、指と「面」との接触面を補強するかのように覆う。よし。これなら……
「三ツ輪さんっ……ここからは僕ひとりでやるッ!! 村居さん、僕がもしオチてしまったらその時点で……」
<わかった>
「う、うぅんでもめっちゃ
身体はもう限界に近い。が、土壇場でもたらされたこの未知な力……これを使えと、そう自分の内から言われているような気がした。託されているような、そんな気がした。
「おおおおおおおおおおッ!!」
丹田に、力を。渾身の力を振り絞り、首を絞められた体勢のまま、ゆっくりと上体を起こしていく。完全に「感情」を滞留させるためには、「六点」からこの白い奔流を注ぎ込めば。
「……ッ」
いけるはず、と思っている。いや、何故か分からないがそう理解を終えていた。姫宮さんに設置された「六面」を僕の身体全てを使って触れ、そこから同時に……流し込めばっ。
「姫宮さん……僕はやめない。何とか……絶対に何とかしてみせるよ。『感情』は絶対制御できる……ッ、だから姫宮さんも『できる』って信じてくれ委ねてくれ……ッ!! 二度と!! もう二度と君にそんな『黒い感情』を出させはしない……ッ!!」
目の前にあるだろう、現れている混沌の感情渦よりもくしゃくしゃになっているだろうその顔を思い、僕は胸の奥からせり上がってきていた「感情」を言葉に変えて放つ。
ふぇぇ……? みたいな小声が。と共に、僕の首の圧迫が硬直し、緩む。この機を、逃すな。
「……ッ!!」
次の瞬間、僕は首を左方向へと思い切り捩じっている。食い込んだ爪が外れ、鋭い痛みを受け取るが、そんなものは後ろの方へと流し尽くせ。勢いで姫宮さんの右手が滑り外れ、こちら向けて身体が傾き倒れてくるのを胸で受け止める。華奢ながら結構な厚みのある身体。右脇からやや中央に移動していた「面」に設置した左親指、背中からやや右脇へと移動した「面」に設置した左薬指に力を込める。集中して感じると、「面」はまだわずかに微細動を続けていた。まだ完全では無かったんだ。
「ふぇぇぇえ……?」
「底面」は既に姫宮さんの腰があぐらをかいた僕に乗っかる形で密着している体勢のため、問題は無い。残るは「天面」……両手は塞がっている……ならば……
僕は今度は右方向に首を捻り切り、残る左手の拘束も滑らし外している。支えを失いよろめいてきた姫宮さんの頭が僕の喉元に密着する体勢。頭頂部には固定された「面」の感覚。そこに自分の顎を押し付けるようにして保持する。姫宮さんの身体から香る「森」の匂いとはまた別の、フローラルな感じの熱を帯びた芳香に意識を揺らされそうになるが、歯を食いしばり踏みとどまる。感じるな、考えろ。ふぇぇえ、という姫宮さんの困惑とあと何かの感情を含んだような小声が、僕の至近から震えるように漏れ出てきているが、暴れる気配はもうない。これは「完全」へと、近づいているという、そういうことなのだろうか。
「姫宮さんッ、もう少しだから……もう少しでッ……いけ……る、からッ」
「待って待って!! こ、こんな多幸感溢れる体勢ダメだってば!!
姫宮さんの全身から沸き立つ「感情」の、「黒」が薄らいできているような気がする。やはり、「完全」に近づいている証拠だ。いやいやをするように身体をよじって抵抗する熱を持った華奢な身体を、左手に力を込め、ぐっと抱き締め寄せる。顎も可能な限り引き、さらさらとした質感を感じる小さな頭を喉元に固定する。ふゃぁぁ……と徐々にか細くなってくる声。もう猶予は無さそうだ。僕の方もその時に備えて「直方体」の群れを「面」に接している箇所に留め溜めているが、その限界が近い。気を抜くと一気に放出してしまいそうだ。まだだ。暴発はダメだ。完全な位置まで移行しなければ、到達しなければ、全てがダメになりそうな気がしているから……ッ。一度、鼻から大きく空気を取り入れる。いくぞ。
右手と左手で、姫宮さんの胸囲を両脇から掴んで保持している状態。多少の隆起はあるものの、肌に沿ったまま、あくまで垂直位置は保持したまま、あとは「前後左右四面」を「完全」な位置へとスライドさせるだけ。謎の直方体群の「滑らせる」能力も有効活用して、為す……ッ!! いける、はずだッ!! じりじりと滑らせるたびにびくつく身体を抑え込みつつ、四つの面は、それぞれ、最終到達点へと達していく……と思われた。その、
刹那、だった……
「……!?」
右手親指に引っ掛かりが。これ以上進めない。何……でだ? 構わず押し込もうとするものの、弾力のある何かに阻まれ弾かれる感覚。くそっ、ここまで来て……あとわずか三センチくらい動かすだけなのに……ッ!! 何度も、何度も進もうと試みるが、その度撥ね返されてしまう……くっ……どうすれば……? そ、そこ突っつくのもうダメェ……との姫宮さんの切羽詰まった掠れ声も聞こえてくる。時間が無い。
絶望が僕の思考野を埋め尽くそうとした。……まさにその瞬間だった。
「た、たた隊長ぉぉ!! 進行方向に突起物を確認ん!! 直径高さ共に一センチ弱ほどと見受けられますが、未だ隆起と肥大を続けている模様ぉぉッ!! 迂回をっ、迂回を進言するものでありまぁぁすッ!!」
姫宮さんの左脇側に回り込み、視覚情報の乏しい僕に代わり、三ツ輪さんが的確に報告をしてくれた。そうだ、僕はひとりじゃあない。だが、
「迂回をしたら……ッ、せっかく調整した『垂直位置』がずれてしまう……ッ!! そうなったらもう、再度合わせることは時間的にも不可能だッ!! 無理は承知で、このまま……直進させてもらうッ!! 突っ切るッ!!」
ヒィィ、という押し殺した悲鳴が二重に重なって聞こえたが、もう本当に猶予は無い。
「……姫宮さん、『面』を少し浮かせてそのまま乗り越えさせてもらう。少し痛みがあるかも知れないけど、ごめん、我慢してくれ」
「だ、ダメだってばぁッ!! さっき高波に攫われたばっかでまだ余波滞留してるし!! それにずっと「六面」の微振動止まってないのぉ!! プラス今執拗に突っつかれて、もうそこダメになっちゃってるからダメなのぉッ!!」
必死そうな震え声が聞こえてくるが、
「大丈夫……僕を……信じてくれ……ッ」
最大限の真摯な言葉を紡ぎ出す。姫宮さんの息を呑む絶句と、あ、これもう言っても無駄なモードだぁ……との三ツ輪さんの空気の抜けたような声の中、僕は構わず自分の右親指を、沈み込む柔らかさを有する肌の奥へ本当に沈み込ませる。「面」の右辺が浮き始め、何かを根元から擦り上げる感触の後、ある一点で開放されたのを指先で感じた。今だっ。
「おおおおおおおッ!!」
自然に出ていた気合いの雄たけびと共に、一気に指を滑らせ、「面」を乗り越えさせると、目指す、「到達点」へと。スライドさせた「面」の左辺が何かを弾いて乗り越え切ったと思った瞬間、完全に「嵌まった」感覚を受け取った。んんんーッんんーッと苦痛を堪えて唇を噛み締めているかのような呻き声。すぐに……開放させるから。あと数瞬、待ってくれ姫宮さんっ!!
全神経を、集中させろ。白き奔流を、全ての「面」から、内部を浄化するように、放出させるッ!!
「出すよ、姫宮さんッ!!」
ええええェ……という三ツ輪さんの漏れ出てくる声をバックに、凝縮から解かれた、迸る白い固体のような液体のような気体のような「直方体」の群れが「六面」を通し、姫宮さんの身体の内側へと。深奥へと。
「……ッ!!」
脈動を打ちながら、一気に放たれていったわけで。
「ああッ!? ん、んやぁぁぁあああああぁぁぁーッ!!」
全身を震わせながら、辺りに充満していた「黒い」氣を、すべてかき消し晴らさんばかりの姫宮さんの絶叫の中、僕も意識をがつ、と何か鋭利な刃物のようなものに刈られる感覚に支配され、脳内がホワイトアウトするかのように、「無」に向かって落
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