#09:非→合理×イネスプロージォ×再建
「流星群」、というよりは、上空からバラ撒かれた数百のパチンコ玉以上でも以下でもないパラパラとした挙動で、三ツ輪さんの奥義的な技が炸裂しているわけだけれど。
「!!」
下からの追撃ベアリングにより中空を縦回転しつつ、「巾着」から不規則に零れ落ちてくる銀色の球たちは正にの素っ気ない自然落下で降り落ち注いでてきているわけだが、見た目の地味さとは異なり、当然のように当たると結構痛い。ので壁際に後ずさりつつ直撃を避けようとする僕であるものの、軌道を変えようとしたのか今度は「巾着」が横方向に滑らかに回転し始めていて、ちょうどそのドーナツ型の落下地域に追い込まれるようにしてハマり込んでいてしまっていた僕に断続的にダメージが蓄積されている状況である。
とは言え。
壮年の頭上にはまたも黒色灰色の『糸』状の編み込みがされた柄の無い傘のような物体がゆるゆると回転しながら浮遊しており。それは上方からの落下物を弾くというよりは、滑らかにいなしているというような感じで……本当の雨垂れが傘の骨先から滴り落ちるかのようにポロポロと。そしてその下の御仁は軽く腕組みをしながら首を横に傾けたりする凪いだ雰囲気を醸し出していて、全体として見たらもしかしたら風情があると言えなくもない佇まいだが勿論そんな呑気に傍観している場合でも無い。
「うぅん……『接触した感情体を少し吸い込める』、だっけぇ? 確かに少しづつ削られ吸われているようだが、でも私の方は今この瞬間も『生成』は出来ているんだよなぁ……人間だから。一方、君の方の『玉』ちゃんは有限だろう? あ、今もう枯れたかぁ……どうするんだい? いやこのキメた割にはショボショボの空気感もってことなんだけどもぉ」
三ツ輪さんを小馬鹿にするためだけの困惑疑問口調、それは割と壮年全般にありがちな反応であるから却って普通だな、とか思ったけれど、そのくらいには「当然の帰結」であるということに、僕も困惑している。つまり、三ツ輪さんの「流星群」が空振りも空振りであり、まったく効果を為していないということに。
壮年がのたまうように、「傘」に接触した「球」はその表面を転がり落ちる際にある程度「黒灰糸」を絡め取るようにして吸い取っているようには視えたのだけれど、それを補修するかのように、傘の内側からうねうねと自ら縒り編まれていっていて。まるで早回しの自己再生……その速度は喰らっているダメージの速度を超えているようで。確かに僕から見てもジリ貧、そのような収束が浮かんでしまうが。
「……」
それでも当の彼女の方も、焦りも当惑も……そういった「感情」は立ち昇らせておらず、ただただ安定いつも通りの「
何かしらの「策」が、三ツ輪さんにはあるのだろうか。あるのであれば、僕はまだ後方待機のままの方がいいのか。と、
ついに上空の「巾着」はカラになったようで、落下してくるそれをまた器用に弾き飛ばしながら三ツ輪さんは自分の手元に誘うと、中空で掴みとってから流れる自然な動作でそれをまた自分の左太腿に装着する。相変わらずの静寂が支配気味の空間。先ほどと変わったところと言えば、床一面くらいに撒かれた銀色の小玉……迂闊に踏み込もうとすると足底を取られて全身が宙に浮くレベルのすっころび方をしそうなほど、それらは程よく密に散らされている。まさかとは思うがこれで相手の移動を封じたとか、そんな目論見だったりするのだろうか……いや、でも先ほどから壮年は一歩も動かずにベアリングをその「糸」的なもので交わし弾いているよね……
「『跳弾』っていうのぉ~、まあ御存知かしらね色々やり尽くされた感はあるものねへぇ~ん?」
掴めない喋り口のまま、目の前の御仁は蠱惑的に見える科を作りながら右掌で掬い上げた球たちを左の「巾着」にざらざら流し込んでいる。補充……の時間稼ぎの口上なのかも知れないけど、そもそもその前の壮年はまるで意に介していないようだ。それよりも「跳弾」……なるほど。推測だが、床に転がる球に撃ち放った球を当て、弾かれた読めない軌道をもってして対象を貫く……とか、そんな感じなのかも知れない。
壮年の「糸」、現れた時こそ巨大な「毛糸玉」みたいな感じで全身を覆っていたが、以降は「マフラー」であったり「傘」であったりと、「一面」を防ぐ程度の面積のものしか展開してきていない。それが能力の限界であるにしろ、あるいはこちらを見くびっての手抜きであるにしろ、
そこに隙があることは確かだ。そして後者である場合、初っ端でそれを突き貫かなくはならない。が、
「……」
であれば何故、彼女がわざわざ「跳弾」という単語を出したかだ。それを意識させなければ、壮年のふいをついての死角からの一撃を喰らわせられたかも知れないのに。いや、逆か?
「跳弾」を意識させることで別の何かを意識から外させる……? 「別の何か」、それはおそらく、
僕、なんじゃあないか……? 今の今まで蚊帳の外。「毛玉状態」だった壮年に撃ち放った「リリース」もせいぜいの目くらまし、というか立ち眩み、くらいのダメージしか与えられなかったわけで。が、
あれで僕の実力を推し量られ、その上で問題なしと判断されたのであれば。僕は奴の精神の死角に今ある、はずだ。
三ツ輪さんは相変わらず僕の方に背を向けたまま、その先の壮年と向き合いつつのままだったけれど。その背中から、感じ取らなければならない。目に視える「感情」、それだけに囚われるな。僕の方に目線どころか意識すら飛ばしていないところに、確信を深める。呼吸を深めろ、急な挙動もまったくガチガチに固まるのもダメだ。自然体……本当の傍観者に、見た目上は成りきるんだ。このあと開始されるであろう、三ツ輪さんの「跳弾攻撃」の、その後ろで、「背景」の一部と化して動き、奴との距離を詰め、
精神的にも、物理的にもな死角から「五面」を放ち、奴の身体に接触させられたのなら、
残る「一面」はどうとでもなるはずだ。身動きがままならないこの「球散らばり場」においては急な回避行動は却って隙を晒すと見た。差し当たっては僕も迂闊な踏み込みをして勢いよくすっこけないことだけは注意しないとだが。
落ち着け。僕は右手に握り込んでいたカラの「匣」の一面を少しづつ、じれる速度ながらもスライドさせていき、掌の中で「一と五」へ分解する。準備は整った。のを背中で感じ取ったとまでは分からなかったが、三ツ輪さんも「巾着」からすっと両手を抜き出し、少し前屈みの姿勢へと移行する。と、突如鳴らされる破裂音。壮年がその分厚そうな掌を打ち鳴らした……何かの合図のように。そして、
「……ぃよしよしよしっ、大まか分かったよ、君らの『能力』の多寡というかレベルというかがだね……結論『恐るるに足りず』、ま、『恐怖』の感情なんざぁ、持ち合わせてるのは我らの中では一人しかいないがね。ではではその『跳弾』か? が不発となった瞬間……」
壮年の凪いだ言葉とは裏腹に、その長身の身体を包む黄土色のスーツの襟元・袖口・裾口から細長い生き物あるいは触手のようにうねる「毛糸」が何本もせわしない挙動で這いずり出てきたわけで。「君ら」と言った。僕も頭数にやはり入っているとでもいうのか? それとも単純にこの場の「全滅」を見越している? いや、動かされるな。
「……始末させてもらおうと、そうしようかねぇ……」
最初に感じたあの「邪悪」。それの見通しが僕は甘かった。いま改めて感じているそれは、純粋と言えば純粋な、「殺意」であったわけで。極めて、軽い感じで為されるほどの。
「……」
それでも、三ツ輪さんの綺麗なカーブを描く背中はブレない。静かに両脚に装着された「巾着」に手を突っ込ませたまま、仕掛けのその瞬間を、軽く揺らしながら待っている。
僕も、気合いを入れろ。あ、気合いを抜け。いや、
気合いを自らの内にとどめろ。それを自分の身体の中で密閉させ圧を静かにかけていき……
来るべきその一瞬で、解き放つんだ。
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