第14話 カイル一行の異変 ①
―――28階層 カタル 「ロアの宿」
目を覚ますと、裸のアンが満足そうに寝息を立てていた。カイルはふぅ〜と息を吐き、アンを起こす。
「アン。起きろ……」
「ん、うぅーん……カイル。おはよう」
アンは目を擦りながら穏やかな笑みを浮かべる。
「……ねぇ、カイル。……もう一回する?」
アンの甘ったるい声に小さく舌打ちをして、カイルは口を開く。
「今日中にダンジョンから出る。早く準備しろ。物資の調達も忘れるなよ? 『無能』はもういないんだ。アランとジャックも起こして、さっさと準備を進めろ……」
「もうちょっとゆっくりしてもいいじゃん? ねぇ?」
アンはそう言ってカイルの身体に抱きつくが、カイルはなんとも思わない。一刻も早くギルドに帰り『最短記録』を1秒でも早く刻みたいのだ。
アンの猫撫で声は苛立ちの原因にしかならない。
「チッ、早く準備しねぇとお前も置いてくぞ? 1時間後、出立だ!」
「わ、わかったよ……」
カイルはアンの腕を振り解き、さっさと自室に向かう。ダンジョン内は薄暗く、日付の感覚がない。ロアの宿の中はまだ煌々と光を放っているので夜だと錯覚してしまうが、こまめに時刻を確認すれば大した問題ではない。
(今日、正式にSランクだ……)
史上6組目となるSランクパーティー。それに最速という、価値も付随する。
(やっぱり俺は『最強』だ……)
そんな事を考えながら支度を始め、汚れている鎧を装備しようとした所で手が止まった。ルークの惨めな様子がフラッシュバックし、
「ハハハハッッ!!」
と1人の部屋で大笑いする。
汚れている鎧を装備する気にならず、(もう、捨てちまってもいいだろう……)などと思いながら、双剣だけを装備した。
ここから上の階層で傷を負う事などあり得ないだろうし、鎧など必要ないと判断した結果だ。
受付にて会計を済ませる。金貨5枚はかなりの大金だが、この「ロアの宿」ではそんな物だと割り切る。
「あぁ。気持ち悪りぃぜ……。飲みすぎた……」
「俺もだよ。まぁ昨日は4人も相手に出来たから満足だぜ!!」
「汚いわね!! 私に近寄らないでよ。ジャック!」
いつも通りの会話を聞きながら、カイルは口を開いた。
「お前ら、防具は?」
「あんなに汚い防具使えるかよ。カイルも着けてねぇじゃねぇか? ここから上なんて、俺達からしたら余裕だろ?」
アランは鎧、ジャックはローブを装着していない。アンは予備の服を着ていていつも通りだ。
「ククッ。あんな無能でも、役に立ってたんだな……」
カイルは皮肉を込めて呟くと3人は笑いながら声をあげた。
「ハハハハッ! 確かに『洗濯』に置いては右に出るやつがいねぇよ!!」
「そう言えば、そんな奴いたなぁー!!」
「ふふふっ。私もすっかり忘れてたわ!」
そろそろ出立しようとしていると「ロアの宿」の店主である、狐人のロアナが鬼の形相でやって来た。
「カイル様。昨夜はうちの従業員に無理矢理……?」
「いや、嬉しそうに喘いでたぞ?」
「……ご冗談を……。昨夜、自ら命を絶とうとしていましたよ? 私が見つけなければ……」
「バカなヤツだ……。俺に抱かれるなんて名誉な事だ。なぁ、アン」
「そうよ! カイルは『二刀流』のリーダーよ? 英雄になるのは分かりきっているでしょう?」
ロアナは薄らと笑みを浮かべ、力強く口を開いた。
「……冒険者のドス黒い所を集めたようなパーティーね……。ルークが……銀髪の彼がいないだけで、こうもクズの集まりに見えるとは……。とても滑稽だわ……。今後、あなた方の入店は断らせて頂きます」
「クククッ。いいのか? これから俺を泊める事すら栄誉になるぞ?」
「……あなたには無理ですよ。あまり自分の力を過信しない事ね……」
ロアナの言葉にカイルは剣を抜く。スキルを使用していないが、その踏み込みはとても素早く、鋭い。
だが、ロアナは素早く反応する。紙一重でそれを躱すが、風圧で喉元に小さな切り傷が着き、ツゥーと赤い血が流れる。
「カ、カイル!! 流石にやべぇだろ?」
アランは急いでロアナとカイルの間に立つ。周囲がざわざわとし始めた事も相まってカイルは剣を収めた。
「元Sランクかもしれないが、あまり舐めた口を聞くなよ? この『人間擬き』が……。次はその首、叩き斬るぞ?」
「……ふふっ。それ『も』無理ね……」
ロアナは愉快そうに笑みを浮かべながら言う。その言葉に、カイルは双剣に手を伸ばそうとしたが、
「おい。何があった?」
「何か揉めてるみたいだぜ?」
「ロアナちゃんと『二刀流』か?」
などと、さらにざわつき始めた事に気づき、それを辞めた。
「次はないからな……。二度と俺の前に顔を出すなよ?」
「ええ。喜んで」
ロアナは未だ笑みを浮かべたまま呟き、周囲の冒険者達に声をかけた。
「みなさん、お騒がせしてしまい申し訳ありません。話し合いは終わったのでお気になさらず!!」
「何だ! 話してただけか!?」
「いや、でも『二刀流』は剣を抜いてなかったか?」
「抜いてたけど、振ってはないだろ?」
「結局なんだったんだ?」
この辺りを拠点にしている冒険者達にはカイルの剣が「見えて」いなかった。それほどまでにカイルの剣は速かったのだ。
カイルもそれをわかっている。この場に「強者」がいない事を。(どうせ見えない……)その確信があっての行動だった。
「行くぞ……」
カイルは小さく呟き、上層への階段へと足を進めた。
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