第13話 一蹴と『アッシュ』
―――34階層 VS 「火剣」パーティー
「火剣」は俺の言葉に誤解したようで、ニヤリと笑いながら俺の耳元に顔を寄せて呟いた。
「『二刀流』に捨てられたんだろ……? 安心しろ。その女を寄越せば、俺の『火剣』パーティーで面倒みてやるからよ……。大丈夫だって。ちゃぁ〜んとそこの女も楽しませてやるからよ……」
(何を言ってんだ? このクズは……)
「大丈夫だって……。サポーターの奴隷は何人居ても困らねぇしな……」
(……………コイツ……)
「わかったら、大人しくしてろ……。俺達の後でお前も『やって』いいからよ……。自分の命が助かるんだ。安いもんだろ? 冒険者ならわかるな? 『力』が全てだって……」
「火剣」は俺の肩に手を置き、ポンポンと叩く。俺は逆に火剣の耳元で囁くように小さな声で呟いた。
「ちょっと黙れよ……。調子に乗ってんのは誰だ……? いい加減にしないと、殺しちまうぞ……? 勘違いしてるみたいだから教えてやるけど、お前に勝つことは『万に一つ』じゃねぇ……。お前みたいなクズ、何万回やっても俺が勝つに決まってるだろ……?」
俺の言葉に、火剣は顔を真っ赤にして丸太のような腕を振り上げる。
「こ、このクソガキがぁー!!」
俺はその軌道を確認しながら、冷静に躱わし、火剣の肩の関節を外す。
「アガッ……くっ、ガアア……。腕が……俺の腕が……」
うずくまる火剣にすぐそばにいる2人が、目を見開き絶句している。
舐めて貰っちゃ困る。人間の壊し方ならいくらでも知っている。魔物や「スキル」相手ではない、ただの人間などどうとでもできる。格闘術は本来「人間」に対しての物だ。
「て、テメェー!! 『水槍ウォーターランス』!!」
「『魔術洗濯マジックウォッシュ』」
魔導士の男が「水槍」を目の前で生成するが、俺は放たれる前に触れ、『洗濯』する。光の粒子が纏まりつき、「水槍」は一瞬にして姿を消す。
「なっ……バカな……」
一気に青褪め、後退りする魔導士を黙って見つめているように見せ隙を演出する。俺の本命は、まだすぐそばに居る盾役の男だ。
「コ、コイツッ!! 『硬装コウソウ』!!」
盾役の男は、同一化した盾を構え、斧を振り上げるが、「触れられる」俺には何も怖い物はない。
「『意識洗濯コンシアスウォッシュ』」
これは実験はしていないが、これまでの検証の結果、俺のイメージしたものを『洗い流す』事ができるのはほぼ確実だ。
その証に、盾役は糸の切れた人形のようにガクンとその場に倒れた。
「な、なんなんだ……。お前は『無能』だろ!! 何なんだ? その『光』は……」
すっかり怯えた様子の魔導士が可哀想になってくる。戦意のない人間を痛ぶる趣味は俺にはないし、これ以上はやりすぎかな? と思い声をかける。
「……さっさと連れて帰りな? 28階層でしっかり直して貰いなよ? 盾役の人は意識失ってるだけだから。ルシファー、行くよ?」
「……は、はい。……ルーク様……?」
「どうしたの?」
「い、いえ……」
ルシファーは顔を真っ赤にする。「ん?」と首を傾げると、
「ルーク様。かっこよすぎてズルいです……」
と少し口を尖らせた。
「なっ、いや、えっと……い、行くよ!!」
俺まで顔が真っ赤になりながら、上へと向かう階段へと足を進めた。
―――
「ふっ、ふっ、ふざけるなぁ!! あの……クソやろーがー!! 『洗濯』だけの無能のはずだろ? カイルの野郎に捨てられたんじゃねぇのか?」
「落ち着けよ。……見ただろ? 何だよ、あのスキル……? まるで化け物だぜ……。魔法を消しやがった……。それにコイツなんて、意味もわからずぶっ倒れてるぞ?」
魔導士は未だルークのスキルに驚愕し、盾役の仲間が死んでいるのでは……? と様子を伺う。
「関係ねぇ!! 次見つけたらぶっ殺してやる! おい! アッシュ!! ポーション出せ!!」
「火剣」のザックは先程、一言も口を開かなかったサポーターのアッシュに声をかける。
「……君みたいな人には一生勝てないよ?」
「はぁ!? 誰に口聞いてる? 成人もしてないクソガキが……。誰のおかげでここまで来れてると思ってんだ!!」
ザックは更に声を荒げるが、アッシュはそれを無視し、何かを考え込むようにウロウロとしている。
「おい! アッシュ!! テメェー!! 早くしろっ言ってんだろ! この『無スキル』のクソチビが!!」
「えっ? あぁ。ごめん、ごめん。……なんだっけ?」
「ポーションだよ!! 舐めてんのか?」
「うぅーん……まぁ舐めてるかな……。ふっ、まぁ君にはもう用がないね。『見つけた』し……」
アッシュは少し考えてから、冷静に口を開く。
「テメェ……。『無スキル』の異端児のくせに……。荷物しか持てないクソガキが……。クビにしてここに置き去りにしてやってもいいんだぞ? あの『洗濯』やろうみたいに……」
「……ハハハッ! 別に、それでいいけど? むしろ、君達のバカさ加減に飽き飽きしてたとこだし……。君達は用済みだよ?」
「なっ……! クソガキが……大人に逆らうとどうなるか教えてやるよ……アッシュ」
「ハハッ! その腕で? 僕みたいな子供でもわかるよ? 無理しない方がいんじゃない?」
「カッカッカッ……。『火剣』!!」
ザックは片方の腕で火を纏った剣を抜き、アッシュに斬りかかる。アッシュは「やれやれ……」とため息を吐きながら、漆黒の瞳に力を込める。
「辞めといた方がいいってば……。ねぇ……?」
アッシュがザックを威圧すると、ザックは火を纏った剣を頭上に上げたまま、ブルブルと震え始め、剣すら持つことが出来なくなってしまう。
カンッ。
ダンジョン内に金属音が響き、アッシュは持っていたリュックから中身をバラバラとその場に落とす。
「これは僕のリュックだから持って行く。短い間だけどお世話になりました……。じゃぁバイバイ!」
アッシュは子供らしい無邪気な笑顔で言い、ガタガタと震えているザックと失禁している魔導士。未だ意識の戻らない盾役に別れを告げ、ルークの後を追うように駆け出した。
「やっと見つけた! 僕のマスター!!」
アッシュと呼ばれた子供の顔は満面の笑顔だった。
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