第12話 「火剣」パーティー


―――34階層



 ルシファーの呟きに、まぁここまで上がれば他の冒険者もいるよね? と納得する。


 基本的にギガントミノタウロスを討伐できるかどうか? がパーティーが優秀かを左右する分岐点だ。


1〜5階層 F 初心者

6〜10階層 E 初心者

11〜15 階層 D 中級者

16〜25階層 C 中級者

26〜35階層 B 中級者

36〜45階層 A 上級者

46〜55階層 S ほんの一握り

56〜65階層 SS 未だ存在しない

66階層〜 SSS 未だ存在しない



 だいたい今のダンジョンのランクとレベルはこんな所だ。ギガントミノタウロスを攻略して初めて上級冒険者として認められる風潮がある。


 このギガントミノタウロスに挑戦する事なく、Bランクで金策に走る冒険者がかなり多い。26〜34階層で他の冒険者と会うのは良くある事だ。


 それよりも問題なのは「天使」が目の前にいる事だろう……。ノアの町にはエルフや獣人、ドワーフや貴族。商人やその家族と言った様々な種族が生活しているが、「天使」などを見たのはルシファーが初めてだ。


(よく考えてなかったけど、いきなり『天使』が街に現れたら大騒ぎになるよね?)


 顔を青くする俺の異変にルシファーが声をかける。


「ルーク様?」


 小さく首を傾げながら心配そうに金色の瞳で俺を覗き込むルシファー。


(こんなに綺麗でかわいい生物が地上に降り立ったら……大騒ぎじゃ済まない……)


 あの手この手で捕らえ、非人道的な貴族達の奴隷にされ、無茶苦茶にされる可能性だって0ではない……。人間は狡猾で「欲」に忠実だ。


 様々な冒険者を見てきて漠然と思っていたが、今回の「追放」でより確かな物になった。いくらルシファーが強くても、万が一という事がこの世界にはある。


「ルシファー。人間だよ? どうしよう? 綺麗な『天使』……なんて……。ルシファーが奴隷にされちゃう!!」


 勝手に自己完結してしまった俺は、暴走したまま声を上げる。


「……ん?」


 ルシファーはキョトンとするが、その可愛さはさらに俺の暴走を加速させる。


「『ん?』じゃないよ!! こんなに可愛いくて、綺麗で、スタイルの良いルシファーが人間に見つかっちゃったら、大変な事になるよ!! どうにかしないと!!」


「……ルーク様……」


 顔を赤くして、モジモジとするルシファー。嬉しそうに少し瞳を潤ませる姿に俺の心臓がキュンッと音を立てる。


「ル、ルシファー!! 俺以外の人の前でそんな顔しちゃダメだよ!! 」


「……はい。ルーク様……」


 トロンとした瞳に紅潮した頬。急速に色気が増すルシファーに俺の焦りは最高潮だ。


「あぁもぉ!! それもダメ!! そんな顔してたら汚い男達が群がってくるでしょ!!」


 ルシファーはアワアワと慌てる俺の手をとり、クスッと微笑んで口を開く。


「ルーク様。ご安心ください。ルーク様以外の前でこのように高揚する事などあり得ませんので……」


 頬を染め、慈愛に満ちた表情のルシファー。

 俺は落ち着きを取り戻すと同時に、(今までなんて事を口走っていたんだ!!)と顔を赤くする事しかできなかった。


「それに、見ててください」


 ルシファーはそう言って瞳を閉じ、ふぅ〜っと息を吐く。するとルシファーが金色に輝き始め、12の白羽がパラパラと崩れていく。


「……えっ?」


 俺は小さく呟き、光に包まれるルシファーに見惚れた。全ての翼がなくなると、光もなくなったが俺はしばらく呆然とルシファーを見つめてしまっていた。




「……ルーク様……ど、どう、ですか?」


 少し恥ずかしそうに顔を赤らめるルシファーは人間そのものだ。いや、まぁ容姿の美しさはそのままなのだけど……。人間の金髪金眼の超絶美女に姿を変えたのだ。


「え、あ、いや、うん。綺麗だよ……?」


「ありがとうございます。これで『天使』だとはバレないでしょう……? これならルーク様も少しは安心して下さいますか?」


(いや、そもそもこんな美女が歩いてたらダメじゃない? まぁでも『天使』という希少性がなくなったのは僥倖かな……? いや、そんなことより、ルシファー……。君、控えめに言って『完璧』なんですが……)


 心の中で悶絶しながら、


「う、うん。いつ天界に帰るのかわからないけど、それなら街に出ても大丈夫だね?」


 とバクバクとうるさい心臓に耐えながら口を開いた。


「……えっ? ハ、ハハ……。ルーク様……。ご冗談を……」


 俺の言葉にルシファーはプルプルと泣きそうになりながら言うが、俺的には(何かおかしな事言ったかな?)って感じだ。


 金色の瞳から綺麗な涙が溢れ、さらに輝きを増している。


「ル、ルシファー?」


「わ、私はルーク様とずっと一緒に居ます!! 天界に帰れ! などと言わないで下さい!!」


 ルシファーはそう言ってボロボロと泣き始めてしまった。そんな事を言ったつもりはなかったが、超絶美女の涙は何だか物凄くいけない事をしてしまったような気分になる。


「え、いや……言ってないよ? 空を見てから……あれ? いや、一緒に居てくれるのは凄く嬉しいけど……」


「私はルーク様に忠誠を……」

「なんだぁ〜? コイツら喧嘩してやがるぜ!! ダンジョン内で痴話喧嘩かぁ??」


 ルシファーの言葉を遮り、後ろから男の声が響く。


「お、おい! いい女じゃねぇか?」

「本当だ!! いいカモだな!! よだれが……」

「カッカッカッ!! 姉ちゃん。そんな弱そうなヤツより俺たちが楽しませてやるぞ?」


 俺は振り返り、その冒険者達に視線を向けると4人組のパーティーが立っていた。見たところ、剣士、盾役、魔導士、サポーターと言った所だ。


 サポーターの男? はまだ随分幼いように見え、出会ってから一度も声をあげておらず、フードを被っているため、表情すらよく見えない。


「ルシファー。行くよ!」


 未だに少し泣いているルシファーの手を取り、男達から離れようと俺は上層の階段の方へと足を進める。


「まぁ待てや……。今日は何か知らないが、魔物が少なくて困ってんだ……。ちょっと『それ』を貸せや……」


 剣士風の男が俺の前に立ち、汚い笑みを浮かべる。かなりの巨体の持ち主だ。


(確か、最近Aランクに上がった『火剣』かな……?)


 心の中で呟きながら、無視し、さらに足を進めようとすると盾役の男が声を上げる。


「銀髪に青い目……。コイツ、『二刀流』の『洗濯係』じゃねぇか?」

「ハハッ! 本当だ! カイルの金魚の糞か! 何で1人なんだ? もしかして捨てられたのかぁ?」


 魔導士はニヤニヤとしながら俺に近づいて来る。2人に道を塞がれている状態になってしまう。


「うるさい……」


 俺の言葉にサポーター以外の、3人は声を上げる。


「カッカッカッ!! 図星だぜ!」

「同じ盾役のアランが言ってたぜ? 『洗濯だけは上手だ』ってなぁー!!」

「『追放』だぜ!! 7年、冒険者してるが、初めて見たぜ!! どんだけ無能なんだよ!!?」


 3人の笑い声に、先程の「追放」がフラッシュバックし、沸々と憤怒が湧き上がる。


「何でこんないい女連れてんだよ? お前みてぇなザコがよぉー!!」

「俺の装備も『洗濯』してくれよ! ハハッ」


 繋いだ手がプルプルと震えている事に気づき、ルシファーに視線を向けると、左の瞳が金色から漆黒に変わり、男達を睨んでいる。


(俺のために怒ってくれてるのかな?)


 と考えれば嬉しくなってしまう。湧き上がった憤怒も少し落ち着くが、それと同時に、ルシファーの身を案じる。


 おそらく、「神に背いた罪」は「洗濯」されていると思うが、新たに「罪」を犯せば、「堕天使」に戻ってしまうのだろう……。


 俺は直感的にルシファーがこの冒険者達を「屠ろうとしている」事を理解する。


「ルシファー!! ダメだよ!!」


 堕天使に戻ると仮定すれば、この階層でのルシファーにどんな身の危険があるのかわからない。最悪、命が危険になる事も充分あり得る。


「何焦ってんだ? さっさと女を置いて消えろ!」

「ハハハハッッ!! ビビりすぎておかしくなっちまったんじゃねぇか?」

「俺、もう我慢できねぇよ。早くその女を……!!」


 急に叫んだ俺に3人は声を荒げるが、正直、俺はそれどころではない。


「『水玉ウォーターボール』」


 俺は手のひらの上に水玉を浮かばせ、ルシファーの顔に近づける。


「左目が……。俺のために怒ってくれたのは嬉しいけど、ダメだよ?」


「…………ルーク様……」


 ルシファーは少し驚いた表情をしてから、俺の顔を見つめ、ポーッと顔を赤らめる。瞳の色も金色に戻ったようで一安心だ。


「何、イチャついてやがる!! 死にたくなかったら、女を置いて、さっさと消えやがれ!!」


 おそらくこのパーティーのリーダーである「火剣」はイラついた様子で俺に顔を寄せてくる。ふぅ〜とため息を吐きながらルシファーから「火剣」に視線を移す。


「……別に争う気はない……。ほっといてくれ」


 無闇な戦闘は避けたい俺は、ため息混じりに口を開くが、相手はプルプルと震え出し、声を張り上げる。


「何スカしてやがる?! 調子に乗ってんのか? 弱いなら弱いなりの生き方があるだろうが! お前は、そこの女がヒィヒィ楽しんでいるのを見てりゃあいいんだよ!! 俺が優しく言ってる内にさっさと消えろ!! この『洗濯』やろうが!! 『万に一つ』でも、俺に勝てると思ってんのか?!」


「いや、『万に一つ』とは思って『ねぇよ』……」


 俺は数々の罵倒を浴びせられ、ルシファーを侮辱された事でカチッとスイッチが入る音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る