第11話 ルシファーのサポート



―――34階層


「ルシファーの感知魔法? って便利だよね?」


「要領を掴めばルーク様にもできますよ?」


「感知魔法はスキルなんじゃないの?」


 などと会話をしながら34階層に上がった。ルシファーが言うには、


「人や物の生命力に意識を集中し、それらに眠っている潜在能力を手繰り寄せる感じ」


 らしいのだが、正直何を言っているのかさっぱりわからなかった。



 ルシファーは何だか俺を過大評価しているところがあるのは敬称なども含めて一目瞭然だが、俺が無能だったとバレたらどうなるんだろう? と些末な不安を抱く。


 確かに『洗濯』はかなり強力ではあるが、万能という訳でもなさそうだ。


 戦闘に慣れて来たので、触れずに発動させてみたりもしてみたが、やはり光や虹色の粒子は現れなかった。


 35階層主のギガントミノタウロス「A+」の攻撃も本当に紙一重で交わしながら、何とか勝利した感じだ。接近戦での緊張感は凄まじく、勝利できたときの達成感は何物にも変えがたい。


 接近戦での戦闘はかなり様になって来ているが、遠距離からの攻撃や、範囲攻撃ができないのが『洗濯』の弱点である。


 それに「触れなければ」発動できないので、魔物達のスキルへの対応に苦労する。上層にはマジックゴブリン「B+」など、魔法を使うような魔物も控えているだけに、早急に対象しなければならない。


(出費はかさむけど、『カタル』で防具を揃えないとなぁー……)


 などと思案する。魔法に触れた瞬間に『洗濯』すれば洗い流す事は可能だろうけど、こちらにもダメージが出る諸刃の剣だ。


 遠距離からの『水玉洗濯ウォーター・ウォッシュ』や『火玉洗濯フレイム・ウォッシュ』などは威力は申し分ないが、巨大な「玉」という訳でもないので範囲攻撃にはなり得ない。


 それに攻撃スピードが遅いので、かなり相手の動きを予測して、前もって発動させるか、至近距離から放たないと当たりづらい……。


(風魔法も覚えて、水や火の玉を加速させる事とかは可能なのかな? うぅーん……試してみないことには、何とも言えないか……)


 せめて剣や防具があればもう少し上手く立ち回れるかもしれないが、せめてカタルの街まで行かないとどうしようもない。


(盾もいいが、やはり慣れるのに時間がかかるかな……? 『洗濯』との相性を考えると片手は自由にしておいた方がいいし……。片手剣がベストかな……? でも剣術はやってないし……。どうしようかな?)


 荷物を持つことを過程した努力しか、して来ていないことにため息を吐きながらも、何だかちゃんと冒険者になれたようで、このように推察するのは楽しい。


(カタルでとりあえずの装備を整えて、ノアの街に帰ってから魔導書のお店や武具屋に行って、色んな話しを聞きながら決めるのがいいよね?)


 と結論を出し、トコトコと歩みを進めた。



「ルーク様。何体かいるようですね……」


「わかった!! ありがとう、ルシファー」


 まずは無事に帰ってからだ! と気を引き締め、戦闘に取り掛かる。


 出て来たのは普通のミノタウロスが3匹。


(……複数とは初めてだな……)


 正直、厳しいかもしれない……。三体同時はなかなか……。常に視界に捉えておく必要がある。死角からの攻撃で一撃アウトは避けたいので仕方がない。一体一体に時間をかけるのは得策ではないし、複数相手には「策」がいるだろう。


「ルーク様。私もお手伝いしてよろしいですか?」


「大丈夫。これも実験だ」



ブオオオオオオ! ブオオオオオオ!


 2体の咆哮。俺を敵と認識したみたいだ。


「『光焔セフィラム』……」


 ルシファーが呟くと、煌々と光の焔がルシファーの手の上に現れる。ダンジョン内は凄まじい光に包まれ、まるで太陽の下でミノタウロスと対峙しているような感覚に陥る。


 光に照らされるルシファーはより美しく、背にある白羽も相まって、女神様に見える。


「……ルシファー?」


「……ルーク様……。視界のサポートくらいはさせて下さい。少しでもルーク様の力になりたいのです。私はこれから先何があったとしてもルーク様の味方です。少しくらい頼って頂きた、い、です……。ルーク様が負ける事などあり得ませんが……、ルーク様は1人ではありませんよ?」


 少し拗ねたようなルシファーに笑みが溢れる。無意識のうちに、誰かに頼る事を恐れていたのかもしれない……。


 もうあんな思いはしたくない! と壁を作っていたのだ。全てを1人でやらなければ……と意固地になっていた事をいま自覚した。


 不安そうな表情のルシファー。きっとまた「反逆してしまった……」などと考えているのかもしれないと思うと、ルシファーはとても勇気を出した行動なのだと思った。


「ふふッ。ありがとう! よく見える」


 俺がそう言うとルシファーは見るからにホッとしたように安心したように微笑んだ。


「はい! 勝手な真似をして申し訳ありません……」


「いや、とってもありがたいよ? とっても綺麗だ」


グオオォウウ! ブオオオオオオ!!


 ミノタウロスの咆哮に、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出しながら、自分にスイッチを入れる。


「じゃあ、行ってくるから見てろ……」


「ルーク様。いってらっしゃいませ……」


 ルシファーの恍惚とした表情を一瞥し、ミノタウロスに視線を向ける。


 本当によく『見える』。右からだ……。足の筋肉が強張るのが視界の端にはっきりと見えた。明るいだけでこんなに違うのか? と笑みが溢れる。


「『火玉洗濯フレイム・ウォッシュ』」


 俺は「左」のミノタウロスに虹色の火玉を投げつける。


ダッダッダッダッ! ブオオオオオオ!


 咆哮を上げながら飛びかかってくる「右」のミノタウロス。右手に持っている棍棒を振りかぶるが、それより先に左手で俺の動きを止めようと掴みに来るだろう……。


(やっぱりな!)


 左腕が伸び切った所でそっと『触れる』。


「『魔体洗濯デモン・ウォッシュ』」


 虹色の光の粒子が出た事を確認し、すぐさま次に備える。牽制した「火玉洗濯」は交わされたようだが、かなり後方まで下がっている。


(次は真ん中だな……)


 即座に真ん中のミノタウロスに視線を向ける。視界が良好なだけで、かなりよく「見える」。


(ハハッ! 後でちゃんとお礼言わねぇと!!)


 呆気に取られている真ん中。一気に間合いを詰め、ミノタウロスの死角に入り、一気に跳躍し肩の辺りに「触れる」。


「『魔体洗濯デモン・ウォッシュ』」


 俺は止まる事なく、左にいたミノタウロスへと距離を詰める。


ブオオオオオオ! グオ! クォオ!!


(コイツはしっかりと『俺』に集中している)


 俺はそのまま正面から突っ込む「フリ」をすると、ミノタウロスはそれに釣られ、タイミングを合わせ、棍棒を振るうがもちろん、そこに俺はいない。


 力任せに振り切ったミノタウロスは体制を崩す。


「『水玉洗濯ウォーター・ウォッシュ』!!」


 近距離からの魔法。それも体制が崩れているのだから着弾は逃れられるはずもなく。「水玉洗濯」は、


ジュルルルルッ!


 と螺旋状にミノタウロスの脇腹を抉る。


コプッ……


 ミノタウロスは血を吐き、そのまま黒い霧となって消え、魔石と『ミノタウロスの角』がその場にボトッと落ちた。 


「ルシファー!! やったよ! とっても『見やす』かったよ!! ありがとう!」


 俺がルシファーに言うとルシファーは「光焔」を収め、駆け寄ってくる。


「ルーク様!! 何て無駄のない動きなのでしょう……。惚れ惚れとしてしまいました!! なぜ、あれほどまでに……? ルーク様は『未来』が見えるのですか?!」


 ルシファーは興奮気味に叫ぶ。


(『未来』が見れたら、捨てられないよ……)


 と自嘲気味に笑う。


「『未来』はどうやって見るのですか!? 私もルーク様と同じ景色が見たいです!!」


「ルシファー、ちょっと落ち着いて?」


「……あっ。申し訳ありません。あまりに美しい戦闘だったので……」


 ルシファーは頬を染め、取り乱した事を恥ずかしそうに唇を噛み締めた。


(ふふっ。時間がある時、格闘術を教えてあげようかな?)


 ルシファーの可愛い姿に微笑みながら、ぼんやりとそんな事を考えた。


「じゃぁ、行こうか?」


 とルシファーに声をかけると、ルシファーはピクッと反応し、


「『人間』ですね……。それと……?」


 とボソッと呟いた。

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