第10話 ルシファーの決意



side ルシファー



―――35階層 


 階層主と思われる、巨大な猛牛を一蹴しているルークにルシファーはまた心臓を高鳴らせていた。




(綺麗……。何て頭のいいお方なのかしら……)


 私は心の中で呟き、ただただ、ルーク様の学習能力に脱帽する事しか出来ない。


 高密度の神聖魔力の塊に変換すると言った柔軟な発想。何より特筆すべきは、相手の動きを正確に予見する『観察眼』。


 相手の些細な挙動から次の動きを予測し、それを直ちに行動に移す判断力の高さ。『洗濯』という圧倒的な力を早くも使いこなしているように見える。


 それにルーク様が与えてくれた「水」の効力は凄まじい物だった。あの「水」に含まれた神聖魔力には、一種の魔力回復や身体強化が付与されているはずだ。


(な、なんて有能なの……?)


 と絶句しながら感動を伝えたが、


「うぅーん……。いつもこれを飲んでるからわかんないや。ただの水だと思うけど……?」


 とルーク様は苦笑しており、この感動が伝えられなくて少しだけ拗ねてしまったのは秘密だ。


 神聖なオーラで魔物が近寄って来ない事をルーク様に伝えても、


「うぅーん……。最初の頃から、これくらいだと思うけど……?」


 といまいちピンと来ていない様子だ。ルーク様は全然自分の凄さの自覚のないようだ。


 ルーク様の戦闘に驚嘆する事しかできない私に、ルーク様は「ルシファーが『洗濯』の可能性を教えてくれたおかげだよ?」と綺麗な笑みで優しく声をかけてくれるが、そんな事は滅相もない。


 綺麗な紺碧の瞳で私を見つめる時の優しい表情と、魔物の対峙している時の勇ましい表情のギャップはもう堪らない。


 戦闘時、口調が少し変わるところや、艶やかな銀髪を揺らしながらも鋭い眼光で魔物を見据えている横顔など……もう心臓がうるさくて仕方ない。



 「人間に礼拝せよ」と言う言葉に背いた私だが、いまやっと神の真意を理解した。


(ルーク様になら、私にできるどんな事でもしてあげたい……)


 心の中で何度も何度も呟いている度に、ルーク様の心の奥底に眠っている「闇」を植え付けた愚か者に憤怒が湧いて仕方がない。


(どこの誰だか知らないが見つけ次第始末してくれる……。私のお使えすべきルーク様を苦しめたクソ虫が……)


 天使らしからぬ憤怒に身を焦がしていると、ルーク様が振り返り口を開いた。


「ルシファー。体調に変わりはない? もう35階層だけど?」


 小さく首を傾げながら、私の身を気遣ってくれる。


「問題ありません。ルーク様のおかげです!!」


「何か異変があればすぐ教えてね?」


(あぁ。美しい……。こんな事を思ってはいけないのかもしれないが、とても可愛い……。苦しいほど愛おしい……)


「……は、はい。何度も私の身を気遣って頂いてありがとうございます……」


「当たり前だよ! 長い間、下の階層にいたんだから急に上に登ると何があるかわからないでしょ?」


「……ありがとうございます……。それにしても先程の戦闘も素晴らしかったです!!」


 私は巨大な猛牛の大斧を紙一重で交わす姿を思い出しながら賞賛の言葉を述べる。


「ハハッ。ありがとう! 攻撃を交わすだけなら何とかね……。いつも自分の身は自分で守ってきたから……。『洗濯』には慣れて来たけど、まだまだだよ! 一度でも攻撃を食らっちゃったら大変な事になりそうだし……」


 ルーク様は苦笑しながら言う。確かに相手の懐に潜り込まなければ『洗濯』は使えないようだ。「触れなければならない」と言う枷はなかなかに重そうだ。


「ルーク様なら、大丈夫です! いざとなれば私が盾になります!!」


 私は少しでも役に立ちたい一心で声を上げたのだが、ルーク様は立ち止まり、しっかりと私と視線を合わせた。


 紺碧の瞳と目が合うと、私の心臓は簡単に跳ね上がる。


「ルシファー……? そんな事したら許さないよ?」


 と、少しばかりの怒気を含ませて言った。優しい言葉のはずなのに、やけに言葉に力がある。きっと冗談ではなく、本気で言っているのが伝わってくる。


 綺麗な顔に笑みを浮かべる事なく、真剣な表情には「否」とは言わせない迫力が滲んでいる。


 私はルーク様の圧に背中がゾクリとする。心臓がキュッと引き締まり、ヘソの下あたりが熱くなり、天界の神々に負けずとも劣らない「圧」に私はただただ息を呑む。


「……は、はい……」


 息苦しさに小さく返事をする事しか叶わなかったが、ルーク様は私の言葉にニコッと笑みを作ってくれる。いつもの綺麗な笑みにホッと安堵しながらも、心臓がまた脈打つ。


「冗談でもそんな事言ったら、俺だって怒るんだからね?」


 と言って少し唇を尖らせるルーク様。『罪人』である自分の命を大切に思ってくれているのが伝わってきて、なんだか泣きそうになってしまう。


 ルーク様はそんな私に気づき、


「ええっ!! ごめんね? びっくりしたよね? よしよし……」


 と慌てて私の頭を撫でてくれた。


(もし、万が一、ルーク様に身に危険が迫れば、躊躇する事なく命を投げ出そう……)


 私は決して口には出せない決意を胸に、ルーク様の手の感触を身体に刻んだ。

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