第8話 「やわらかいもの」と決意
―――44階層
しばらく泣いていたが、猛烈に恥ずかしくなってしまう。泣いている所を見られた事やルシファーの胸の柔らかさなど、冷静になってみれば恥ずかしい事の詰め合わせだ。
「ご、ごめんね? ルシファー」
俺がそう言って離れると、ルシファーは少し寂しそうな顔で、少し唇を尖らせた。
「ル、ルシファー?」
「ルーク様の体温がなくなって少し寂しくなってしまっただけです……」
「え、あっ……そ、そっか……。あっ!! ごめんね? 服汚れちゃったね……! すぐ『洗濯』するから!」
「いえ。気にしないで下さい! これはルーク様の神聖な涙が……。この服は二度と洗わないのです!!」
「えぇっ!! 汚いでしょ!!」
俺は恥ずかしさやルシファーの言葉に動揺し、慌ててルシファーの服に触れようと手を伸ばすと、手に柔らかい物が……。
「ル、ルーク様……! このような場所で……? も、もちろん構いませんが……」
「あ、ああっ!! ご、ごめん!!」
慌ててルシファーから離れようと飛び上がると、足がもつれて後ろに倒れそうになった所を、ルシファーが慌てて引き寄せてくれるが2人ともバランスを崩し、何だか俺が押し倒してしまったような形に……。
「ル、ルーク様……。初めてなので……お優しくお願いします……」
照れたように顔を真っ赤に染めるルシファー。白い肌に紅潮した顔がよく似合っている。薄暗いダンジョンの地面に12の白羽がよく映えている。
ゴクッと唾を飲み込みながらも、
(ダンジョン内で何やってるんだ! 俺は!!)
と大きく距離をとるが、脳内には色っぽいルシファーの綺麗な顔がこびり付いて離れない。触った胸の感触が手から離れない。
「ご、ごめんね? は、早く上がろう!」
「……ルーク様?」
「ダ、ダメだよ!! こんな魔物の巣窟で!!」
「ふふっ。なるほど……。『空』と同じくらい、楽しみにしております……」
「あっ。ち、違う! あぁーもう! ごめんね?」
「お気になさらないで下さい。ルーク様が私で『そうなって』くれて、嬉しいです……。とてもご立派な……」
ルシファーは俺のヘソの下の方を見てから、視線を外し、顔を真っ赤に染めて、グッと唇を噛み締めた。
(これは、仕方ないんだ!! これは生理現象なんだから!! ルシファーが……。ルシファーが綺麗すぎるから……!!)
心の中で絶叫し、2人で顔を真っ赤にしながら、俺は収まるのを待ったが、「鎮まれ!」と思えば思うほどに、ルシファーとのアレやコレが脳内を駆け巡り、余計に高まってしまう……。
むず痒い雰囲気がしばらく続くのだった。
―――
そこから三体ほどのスネイクスパイダーを屠った所で、『魔体洗濯』では魔物からのドロップアイテムが手に入らない事に気づいた。
基本的に魔物が消滅する時は黒い霧となって姿が消えるのだが、魔物の肉体そのものを『洗濯』してしまったら全てが洗い流されてしまい、何も残らないようだ。
通常、魔石やドロップアイテムをギルドに持って行き、それをお金に変換する。全ての荷物をカイル達に持っていかれたので、最低限のお金は稼いでおきたいのが本音だ。
(まぁスネイクスパイダーの魔石なら、大丈夫かな……?)
と思いながらも、実験を続ける。予想外の収穫は、俺が覚えていた『水玉ウォーターボール』と『火玉フレイムボール』が思った以上に強力だった事だ。
ルシファーいわく、
「ルーク様の魔法はとても強力ですね! あれほどまでに、高密度の神聖魔力が滲んでいれば、それも当然ですが……」
との事だった。その言葉を裏付けているかのように、俺の簡易魔法は魔物にダメージを与えている。
ここで一つの疑問が出る。
「簡易魔法の『雑味』を『洗濯』したらどうなる?」
戦闘に慣れてきた俺は、そんな事を考える。普通に考えれば、『洗濯』された神聖魔力? の塊ができるはずだ。
まだ実験は終わらない……。『罪』を『洗濯』……いや、ルシファーと出会ってから湧き出る好奇心。確かな物になっていく自信。今の俺は自分の可能性を広げる作業が楽しくて仕方ない。
上層に上がる階段を視界に捉え、おそらく最後になるだろうスネイクスパイダー。
ふぅーと長く息を吐き、心を落ち着ける。この階層の集大成だ。驕りは一切ない……。自信は持っても、慢心は決してしていない。
スネイクスパイダーの一挙手一投足を見逃すまい! と冷静に観察する。
咄嗟に向きを変えるスネイクスパイダー。
(『粘糸』か……?)
冷静に対処し、そのあとに備える。
「『水玉洗濯ウォーター・ウォッシュ』」
手のひらの上に水玉を生成。その雑味……、その『属性』を『洗濯』。すると、光の粒子が充満する「水」が浮かび上がる。
(液状だな……。『属性』を『洗濯』しても生成された本質は変わらない……。なるほど、『火玉』を『洗濯』しても『光の火』ができるだけか……)
問題は威力だ……。お尻から糸を出したスネイクスパイダーは『粘糸』が外れたと同時に、蛇の頭で俺を飲み込もうと大口を広げている。
「ルーク様……!!」
光り輝く『水』にルシファーは恍惚とした表情だ。
俺は大口を開けているスネイクスパイダーに『それ』を投げ込む。
グァアッカアアアア!!
飲み込んだ『光水』は喉元で爆発し、首が螺旋状に吹き飛び、そのまま黒い霧になり消滅していく。
これまでの「水玉」と違う破壊力に俺は目を見開く。
「……すごいな……」
自分でそう呟き、(考え方一つで、『洗濯』がこれほどまでに優秀なスキルだったのか?)と絶句してしまう。
これまで『洗濯』というスキルが与えられた事を『不幸だ』と決めつけ、可能性を探ることもなく受け入れていた事を痛感する。
全ての努力をして来たと思っていたが、周りの言うがまま「クソスキル」だと自分でも思っていた証拠だ。
自分の胸に手を当て、
(ごめんね……。ありがとう……)
と呟く。スネイクスパイダーの魔石と「毒牙」を見つめながら、ふぅ〜と長く息を吐く。
これまで何千回、何万回『洗濯』というスキルに文句を言ったのかは数え切れない。こんなスキルを与えた神にすら悪態を吐いたこともある。
周りから蔑まれる中で「自分は弱い」と自分でも思っていたんだ。
「ルーク様?」
ルシファーは俺の様子に違和感を察知したようだ。心配そうに小さく首を傾げている。
「ふふ。大丈夫! 急に強くなっちゃったから戸惑っちゃって……」
「そうですか……。ルーク様はとても優しくて、とても麗しくて、とても努力されて来たのでしょう? 火や水の魔法はもちろん、相手の動きを予見する観察眼は、『洗濯』とは関係がないように見えます。今までの努力の結果だと、私は考えますが……?」
キョトンとして、さも当たり前のように美しい金色の瞳を真っ直ぐにぶつけてくるルシファー。
こんな強大な力を持っているとわかった今、これまで奴隷のように扱われて来た自分を憐れみ、懸命に努力してきた自分を侮蔑してしまいそうになっていた俺にとって、ルシファーの態度と言葉は否応なしに心に沁みる。
「ありがとう……。ルシファーは何度も俺を助けてくれるね? 一緒に居てくれてよかったよ……」
「……? は、はい。お役に立てているならよかったです!!」
俺の心の奥はわかっていないようで、「ん?」と首を傾げながらも嬉しそうに笑顔を浮かべるルシファー。
ルシファーにとって先程の言葉が当たり前であった事に、また救われた。有り難い……。確かに俺は強いのだと思う……。だが、ルシファーが居なければあのまま死んでいたのは事実だ。
それを忘れないようにしよう。
「俺が、俺が!」と自分の力だけで、生きていると勘違いしないように……カイルのようにならないように。
色々な事に感謝を忘れず、弱者の味方でいれる俺でいよう。弱者の気持ちを知っているんだから、できるはずだ。……きっと俺の目指す『英雄』、いや、『父さん』はそんな人だった。
「行こうか?」
「はい!」
屈託のないルシファーの笑顔を見ながら、決意を新たにまた一つ階段を登った。
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