第6話 『洗濯』実験
ーーー44階層
この階層は霧が濃い。視界が悪く俺のスキルの実験の場所には向いていないな……と昂った気持ちが冷めていくのを感じた。
というより、気分が昂っていたせいで、そんな事も忘れてしまっている自分に苦笑した。
「ルーク様。かなり視界が悪いですが、今のところ襲ってくるような魔物はいません」
「ありがとう。ルシファー」
前のパーティーの頃はジャックが結界を張り、それにかかった魔物をみんなで狩ると言った感じで進んだはずだ。
魔物の数はそこそこ居たが、強いとは言えない者ばかりだった。先程ルシファーが「比較的簡単だ」と言った道から下から降りたのだ。
ふぅ〜っとため息をしてから思案する。
無駄としか思えない格闘術は攻撃方面ではなく、防御方面で多大な力がある事は実証済みだ。まぁ前のパーティーでは誰も守ってくれなかったので、最低限自分の身くらいは守れるようにしていただけなんだけど……。
格闘術を利用するには、相手の姿や呼吸、視線や挙動を慎重に見定める事が重要なのだが、つまりは視覚にかなり頼ると言うわけだ。
格闘術を駆使し、とりあえず回避を優先して色々試してみようと思っていただけに、この環境にため息が出るのも仕方のない事だ。
(とりあえず、視界を何とか……。ん? これ『霧』を『洗濯』したらどうなるんだ……?)
思い立ったら即行動。霧に手をかざし、綺麗に洗い流すイメージ。ルシファーの時のように目に見えない『罪』よりも、目に見える『霧』の方が、可能性は高いはずだ。
「『洗濯ウォッシュ』」
また光の粒子が無数に飛び交い、濃い霧に溶け込んでいく。
「何度見ても美しいです……」
ルシファーの声が後ろから聞こえる。
(どうだ? 行けるか……?)
最後の粒子が霧に溶け込んだ瞬間、霧がふっと揺れ、サーッと消えていく。
「やった……。視界は確保できてる」
霧が晴れたのは大体30メートルほど。階層全体を晴らす事は出来なかったが、これなら充分対応できる。『霧』にもちゃんと作用した。
(『洗濯』の対象は『どんな物』でもいけるのでは……?)
と言う推察はかなり信憑性が高い。
「ルーク様!! すごいですね!! 環境にすら干渉出来るなんて……! やはり『神の力』の一端です!」
ルシファーは辺りをキョロキョロと見渡し、感嘆の声を上げる。
「ルシファーが感知してくれて、周りに魔物がいない事がわかってたから、ゆっくり考えれたんだよ? ありがとう」
「い、いえ!! そのくらいもちろんです! ですが、少しでもルーク様のお役に立てたみたいで嬉しいです。こちらこそありがとうございます」
少し照れてるルシファーを最高に可愛い。見ているこっちが照れてしまいそうになる。
(30メートルくらいか……。充分すぎる成果だけど……。もうすこし条件を絞ってみよう……。『視界の確保』ではなく、『この階層部屋の全ての霧』を『洗濯』してみよう……)
俺はまた同じ場所でイメージする。
「『洗濯ウォッシュ』」
呟いたが、光の粒子は出てこない……。
(何でだ……? 条件は変わっていないはずだ。まだこの階層部屋には霧は残っている。広範囲には『力』が及ばないのか……?)
深く思考しながら歩いていると、霧にぶつかる。おそらく俺に付随して着いてくる、結界のような物ではなさそうだ。
あの場所からの視界の確保だけを『洗濯』したと考えていいだろう……。
霧の中に入り、また考える。何かを見落としているような感覚。いつもの衣類や装備などの『物の汚れ』を『洗濯』する時、それ以外、『罪』と『霧』……。先程の失敗……。
共通項を探りながら、
「うぅーん……」
と歩き回る。
「ルーク様?」
心配そうな声にルシファーに視線を向ける。
「ハハッ。大丈夫だよ? ちょっと試してるだけだから。心配しないで?」
「ふふ、承知しました」
そう言ってルシファーは綺麗な手を口元に持ってきて、楽しそうに笑う。
(綺麗な手だな……。あの手を握っちゃったんだよねー)
先程の流れを思い出し、少し頬に熱が来るが、ハッとしたように全てが繋がる。
「そうか! ルシファー!! 俺はルシファーの手を『触っていた』よね?!」
俺はルシファーの手を取り、思考が繋がった事を喜ぶと、ルシファーは顔を真っ赤にして嬉しそうに口を開いた。
「は、はい! 握って下さいました!! い、今も……!!」
「ありがとう! ルシファー!!」
「い、いえ! いつでも、どこでも、何度でも、好きにお使い下さい!!」
ルシファーはトロンとした金色の瞳でうっとりするほど、色っぽい表情だ。
「う、うん! あ、ありがとう!!」
照れてしまいながら、先程の答えか正解であったか確認するために、また霧の中で手を伸ばす。
(よし。もう一度、『この階層部屋の全ての霧』の『洗濯』だ。俺の推測が正しければ、ちゃんと発動するはず……)
「『洗濯ウォッシュ』」
俺が唱えると光の粒子が物凄いスピードで駆け抜け、光の跡を残す。俺を中心に爆発する閃光は光に満ちた花みたいだ。
「あぁ!! ルーク様!! これは……!?」
ルシファーは感激したように目を見開いて、微笑んでいる。光の跡に照らされるルシファーはまさに天使そのものだ。
「ふふっ。いまは実験中だよ? さっきは失敗しちゃったけど、もう一度この階層部屋の霧、全てを『洗濯』してみたんだ!!」
「素晴らしいです! 先程はなぜ……?」
「まだわからないけど、『触れてない』と発動しないんだ!! さっきの場所に霧はなかったからダメだったんだと思う。ルシファ―の綺麗な手のおかげだよ? ありがとう!」
「ぃ、いえ! ……ルーク様……。これほど美しい景色を見られるのなら……いいえ、ルーク様と居れるなら、この薄暗い迷宮の中も悪くないです!!」
「え、いや、ダメだよ! ちゃんと太陽や月……ちゃんと空の下に行かなきゃ!」
「ふふっ。ありがとうございます」
ルシファーが屈託のない笑顔を浮かべる。なんだか、心臓がモゾモゾしてむず痒い……。経験した事のない感覚に戸惑っていると、ルシファーが口を開く。
「ルーク様。実験は成功ですね……? とってもすごいです。それに……標的の姿も見えましたよ?」
そう言われて、ルシファーから視線を外すと、霧の晴れた薄暗いダンジョン内にソイツは姿を現した。
(スネイクスパイダー……)
3メートル程の巨大な蛇の頭に15メートルほどの巨大な蜘蛛の身体。獲物を見つけたと言わんばかりに口から細長い舌をチロチロと覗かせて、切れ味を確認するように蜘蛛の足で、その場の地面を踏む。
(蛇の牙には毒があるはずだ。蜘蛛の足は剣に加工する事すらあるほど鋭いはず……)
今、到達しているのは49階層まで……。そこまでの魔物の情報はもちろん網羅している。スネイクスパイダーは確か「A+」だったはず……。
いつ、どんなサポートでもできるよう準備していたのだから当たり前だ。
「ルシファー!! 手を出すなよ!!?」
「………はい!! ルーク様!!」
切迫した状況の中、初めての自分だけの戦闘に興奮する俺は、父の言葉使いを真似る。50階層で命を落とした父親だが、俺にとっては理想そのものなのだから、影響されているのも仕方がない。
(戦闘での『洗濯』はどうだろう……?)
俺は巨大な魔物の前で、恐怖する事なくワクワクと胸を高鳴らせた。
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