第3話 ルーク・ボナパルト


side ルシファー



―――46階層



「と、とりあえずダンジョンから出ないとね?」


 ルーク様は照れたようにそう言って、歩き始めた。


 さらさらの銀髪に紺碧の瞳。中性的な顔立ちはとても綺麗だ。ルーク様の瞳は私が望んで止まない空を思わせる。


 綺麗な肌に整ったバランス。クリックリの瞳の下には色気のあるホクロがある。薄いくちびるに形の良い鼻。


 かっこよさと可愛らしさ。愛嬌と色気。その全てのバランスが完璧だ。それに纏うオーラがとても人間だとは思えない……。



 あの『ドラゴン擬き』を屠り、ルーク様を見た瞬間に胸が高鳴ったのは記憶に新しい。初めは神聖魔力を感知したことで、


(私の『罪』を許してくださったのかもしれない!)


 と淡い期待を抱きながら駆けつけたが、ルーク様を視界に入れ、体内に秘められた『力』を前にして、屈服してしまった。


 同時に拘束されている事への憤怒が湧き上がり、冷静さを保つのに苦労した。直感的に忠誠を誓ったルーク様の姿を見た瞬間、こんな目に合わせた私以上の大罪人を屠る事を決めた。



(こんなに素晴らしい『力』を持っているルーク様を貶めるなど、何と愚かなのか……)


 ルーク様は神の権化だ。間違いない。


 私の『罪』を洗い流し、許してくださったとても慈悲深きお方だ。『洗濯』というスキルは神の力の一端に違いない。


 神に楯突く事の罪深さは私が1番理解している……。

 もう二度と間違えない……。私は永遠にルーク様にお供しようと決意を固める。


 程よく引き締まった身体。背丈は私とあまり変わらないが、お美しい容姿とのギャップが最高だ。先程私の手を握って下さった感触がまだ私の手に残っている。


(温かくて、綺麗な手だった……)


 そう思いながら、感触が逃げないように自分の手を握りしめていると、ルーク様が口を開いた。



「ルシファーは神に反逆したから、追放されたんだよね?」


「……はい。愚かであったと反省しております」


「なんで反逆したの?」


「人間に礼拝せよ。という『神の言葉』に従わず、無視してしまったのです……」


「え!? それだけ? それは反逆じゃないよ!!」


 ルーク様は目を見開いて、声を上げた。急な大声に少し戸惑ってしまう。


「……えっ? わ、私は神の意に沿わず、傲慢な事を……。私の『追放』に激怒した仲間達が反乱したようですが、私は……」


「……それ、ルシファーはぜんっぜん、悪くないよ! 嫌なこと言われたら、無視したくなるよね? 俺もさ、冒険者でね、ずっと頑張ってたんだけど……」


 ルーク様がまだ話している途中なのに、涙が溢れて来て仕方ない……。この数千年、ずっと自分を責めて来た私にとって、初めての肯定の言葉を言って貰った。


 止まらない涙をルーク様にバレないように拭った。



「ルシファー。この階段から上に上がるんだけど、大丈夫そうかな? ……ん? 泣いて……」


 ルーク様は少し不思議そうに首を傾げたが、私が「この階層から上に行けない」と言った事を覚えていて、さらに気遣ってくれるルーク様に、また感涙してしまいそうになってしまう。


 いつもなら、強力な結界に弾かれてしまうはずだ。


「少し不安ですが、大丈夫です。心遣い感謝致します」


 私がそう言って腰を折ると、ルーク様は私の手を取る。ドクンッと激しく心臓が高鳴り、ルーク様を見つめてしまう。


「大丈夫だよ? 『罪』を『洗濯』したことはないけど、上手くいったと思う! こうしてれば、少しは不安もなくなるでしょ? 泣かないで?」


 ルーク様は綺麗で可愛らしい笑顔で、少し照れながら言った。激しい動悸に耐えられず、もう片方の手で胸を押さえる。


「ル、ルシファー? 大丈夫?」


 ルーク様は焦ったように私の名を呼び、心配そうに私の顔を覗き込んだ。


(私の名を思い出せてよかった……。ルーク様に名を呼んで貰えるだけで、幸福だ)


 天界からの追放と同時に、長らく忘れていた名前。自分に名前があった事すら忘れていた。この名もルーク様の慈悲で与えられた物だ……と思うと自分の名前すら愛おしく思った。


「大丈夫です。わざわざ手を握って頂けて、とっても嬉しいです!」


 自分が数千年ぶりに、自然と笑えた事を自覚する。とても嬉しくて、楽しくて、懐かしくて、温かい……。


 ルーク様は何故か顔を赤らめているが、どこか嬉しそうで、私まで嬉しくなって、また自然と笑みが溢れた。


「じゃあ、行くよ?」


「はい!!」


 そう言って私は新しい一歩を踏み出した。


 階段に足が着いた瞬間に、涙を流してしまった私をルーク様は優しく頭を撫でてくれる。


「もう大丈夫だよ! 長い間、1人だったんだね……泣いちゃうのも仕方ないよ! それにしても神様って、器がちっちゃいなー。ちょっと意地悪しすぎだよね?」


 と少し拗ねたように言うので、私はさらに涙を加速させてしまった。



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