錆猫奇譚(1)

 この山の所有権は市にあるのだったか。

 興味のない事はとことん曖昧だ。整備される気配のない草と木をかきわけながら、一歩ずつ足を進めていく。

 秋の入り口、落ち葉になる少し前の枝葉は、少なくとも自分を歓迎してはくれないようだ。前に進む度に目に、服に、体に次々とひっかかる。手首のあたりは血が出ない程度の擦過傷が大量に。

 学生服のままで来るのは間違いだったか、とひと呼吸。……他の服で出れば両親に咎められるだろうし、着替えを持って出るには鞄の容量が不足する。消極的な結果ではあるが、これ以外の答えは見つからないと結論づけ、何も考えずに枯葉を踏み抜いていく。


「曰く」


 曰く。

 人の手の入らないこの山の奥。

 特定の日にしか現れない「旅館」は、人ならざる者で溢れ返るという。

 一晩を過ごせば、次の日にはそれらの仲間入りだと──そんな話を小耳に挟んだ。


(今晩がその新月なら、今日がその日の筈なんだ)


 誰が発祥かもわからない都市伝説。

 いつの間にか人の口を渡り歩くそれらに出会う為、好奇心のままに彼女は歩く。

 信じていると言えば嘘になる。疑っているかと言えば虚偽になる。

 どちらでもないからこそ、それの存在を証明したい。自分の身はどうなっても良いから、実在するなら体験したい。

 ──好奇心だ。それ以外の何も置いてけぼりにする程に、衝動のままに動いていた。


(どのくらい深く入れば良いのかな。反対側に抜けたら、この話は嘘だったという事にしようか)


 正確性はさておき、歩みは山をひたすら登る事に集中している。

 となれば、自然と中央付近へ。土地を縦断する動きである事になるだろう。

 細部まで無闇な探索をせずとも、目的には出逢えるという直感のままに、ひたすら足音を鳴らしていく。

 恐らく今回が初めてではないのだろう。既にくたくたになっているスニーカーは、多少泥で汚れた所で変化を見つけるのは難しい。本人も気にしていないようで、ぬかるんでいる地面だろうが躊躇なく足を落としていく。


 どれくらい歩いたか。

 山の斜面が下りに向かう頃、それは異質な感触を、彼女の目に叩き込んできた。



「──これは、本物かな」



 意識せずとも声が出る。

 唐突に開けた視界に、それでも落ち続ける影の色。



 やや褪せた外壁の渋い屋敷が、誰も踏み込まない山奥に、場違いさを隠さず佇んでいた。

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