人食い兎は夢を指す(5)

「ほぇ」


 満天の星空。

 仰向け。

 背中が痛い。

 眠気から覚める。

 順番に頭の中に落ちてくる情報を、一つずつ消化していく。


(……俺、なんでこんなとこで寝てるんだ。しかも地面で)


 秋に入りかかる季節頃。

 身を起こし、背中を軽く払う。砂の感触。

 風が心地よさから肌寒さに変わるまでにひと呼吸。下がっていた体温を取り戻そうと、体が勝手に震えだす。


「うっ……ぇえ。えー……本当になんでだ?」


 人の居ない商店街。の、跡地。

 都市開発の流れに飲まれ、客足が遠のいてからは、商店街の形を維持する事もままならず、どんどんと寂れていって。

 気が付けば、店として経営している店は、全てここから撤退してしまった。

 ……ベンチくらいはある筈なのに。というか目に付く所にあるのに、何故こんな所で寝こけていたのか。人通りも無いから誰も起こしてくれなかったのか。

 というより、自分の動機が謎過ぎる。例え寝心地の良さそうなベンチがあろうが、こんな所で無防備に寝るのはあり得ないだろう。


(なんだっけ……なんか、あった気がするんだよなぁ)


 立ち上がりながら、ぐい、と背伸び。

 肩掛け鞄を掴み、適当に肩に乗せ、数秒。


「……思い出せないなら、大事な事でもないか」


 時間も時間。このままのんびりしていても、どんどん家族に心配をかけるだけだろう。

 なんともない充足感の出処が掴めないが、それに対する興味も薄い。今はただ、家に帰る事だけを考えたい。

 念の為、右手をズボンのポケットに。そこにある財布の感触を確かめ、取り敢えず泥棒には遭ってない事を確認。


(いや、本当になんでこんな所で寝てたんだろうな……?)


 疑問はいつまで経っても解けないまま、普段とは違う帰路を歩きはじめ。

 その内、その疑問を抱いていたという事実さえ、少しずつ頭の中から溶けて消えていった。



 どこか不思議な充足感と、どこか不可解な違和感は。

 瞼の奥の暗闇と比較した、とても明るい夜の街に、少しずつ吸い込まれていく。



 そうして、少年は現世を歩く。

 まるで、何事も無かったかのように。

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