【中編】
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授業前に一度着替えていたこともあり、体育の授業ののち、再度女子更衣室に入ることへの抵抗感は、すでにかなり希薄──というかほぼ皆無になっていた。
女の子らしく色々楽しくおしゃべりしながら着替える。もっとも、双芭はあまり口が達者なほうじゃないので、もっぱら聞き役に回って「うんうん」とか「へぇ~」とか相槌うってれば、大体怪しまれることがなかったのは、助かるね。
で、お昼休みは小花模様のナプキンにくるんだお弁当箱を手に、遼子ちゃんたちと机をくっつけてランチタイム。
学食派の僕と違って双芭はお弁当派なんだよね。まぁ、中味はママが詰めてくれた主に昨夜の残りもの+αなんだけど。
弁当箱も、標準的な女の子らしい大きさだけど、この量で足りるのは朝ご飯で証明済みだもんね。
「あー、フーちん、またピーマンよけてる!」
エリリンのすっとんきょうな声に、ふと我に返る。
「双芭ちゃん、栄養のバランスはちゃんととらないとアカンよ~」
続いて遼子ちゃんも、心なしか呆れたような感じで忠告してくれる。
「へ?」
何のこと──と言いかけて、ボクは手元のお弁当を見て気が付いた。
(な、なんで、いつの間にか、チンジャオロースのピーマンだけ取り出してお弁当のフタにのっけてんの!?)
確かに、僕も双芭もピーマンとかセロリとかは好きじゃない(というか、どっちかって言うと嫌いな方だ)けど、高校生になってお子ちゃまみたいな偏食ってのはカッコ悪いから、僕は去年の夏くらいから克服して、ちゃんと食べるようにしてたのに……。
双芭の身体が無意識に嫌いな食べ物を拒絶したんだろうか? あるいは、(ふたりの言い方からして)手に染みついたクセで反射的に取り除いた、とか?
(いやいや、いくら何でもそんなバカな……)
と否定しかけて、でも今のこの首のすげ替えなんて“非常識事態”のもとならありうるかも、と思い直す。
そうだよ。よく考えてみたら、女の子の服の着替えとかも朝から自然にできてたし、やっぱり、「習慣」とか「クセ」みたいなものは身体にキッチリ残ってるに違いない!
こんな状況だと、それはそれで助かる面も多々あるけど──それでも、自分が無意識に普段と違う行動をとってるってのは、どこか恐いような気がする。
ボクは、この時初めて、自分に起きた異変の一端に気が付いたんだ──いや、だからと言って、すぐに何かできるってワケでもないんだけどね。
お弁当のフタの上に載せてあるピーマンを、しかめっつらになりながら思い切って口に入れる。幸い、舌自体(と言うか首から上)は僕のものだからか、美味しいとは思わないまでも、我慢できない程嫌な味には感じない。
それでも、ピーマンを摘もうとするたびに、お箸から何度か落ちかけたのは──もしかしたら、身体側の無意識の抵抗なのかもしれないなぁ。
お弁当を食べ終った段階でも、まだお昼休みは半分くらい残っていた。
いつもなら、運動好きの僕は、腹ごなしに友達と運動場の屋外バスケゴールで1on1の真似ごとをして遊んだり、屋上に上がって昼寝したりするんだけど、さすがに
──と言うか、インドア派な双芭の身体になってるせいか、何だかあんまり動きたくない気分。そのまま教室に残り、遼子ちゃんたちとまったりおしゃべりして、残りの休み時間を過ごしちゃった。
(むぅー、しかし、スポーツマン(ウーマン?)になれとまでは言わないけど、適度に身体を動かさないと……デブりそうだなぁ)
双芭の(全体的には、それなりに華奢なのに)、比較的安産型なヒップを見下ろして溜め息をつくボクなのだった。
-5-
何となくながら、ようやく自分の“異状”(まぁ、それを言ったら「首のすげ替わり」自体がありえないコトなんだけど)に気付き始めたボク。
マンガとかラノベだと、この種の不思議事件が起こった場合、「オカルトに詳しい友人」だの「マッドサイエンティストな先生」だの「じつは魔法使いだった先輩」だのに相談するのがお約束なんだろうけど……。
(この学校じゃなぁー)
うちの中学は、いじめとか不良とかもあんまり見かけないし、校風や校則とかも厳しくない、いい学校だとは思うけど、それ以外はいたって平凡な公立中学だ。
そういう非常識な事態で方面で頼りになるような人材は、いそうにないんだよね。
せめて「ミステリアスな転校生(実は悪魔とか妖怪)」でも現れれば──と思ったけど、もちろん、そんな都合のいい展開もなくて、結局ふつうに授業受けてたら放課後になっちゃった。
「じゃ、フーちん、クラブのあとでいっしょに帰ろ」
「オッケー! じゃ、校門脇のベンチに集合」
「駅前の繁華街に寄る話、忘れないでね」
エリリンとリョーコとそう約束してから、ボクは部活──応援部の部室に急ぐ。
そうそう、ウチの学校で唯一特徴的なことがあるしたら、この応援部の存在くらいかも。
男子部と女子部に分かれていて、男子部は学ラン&ハチマキの、いわゆる“昭和の応援団”のイメージ。ただ、冬場はともかく夏場は地獄だからか、あんまり人気はなくて、全学年合わせても6、7人くらいしかメンバーはいない。
対して、女子部は“チアリング班”と“バトントワリング班”があって、そのどちらも20人近い部員がいる。あ、ボク──というか双芭はバトンの方ね。チアリーダーは動きがハード過ぎて、体力的にキビしいと思ったらしい。
『とは言え、バトントワリングの方も、見た目よりは結構たいへんなんだよねー』
部活で疲れた双芭が、そんなコトを言ってたのを思い出す。
そして、実際、我が身で体験してみると、その言葉に嘘はなかった。
部室に入ったらすぐに、運動系の部活みたく体操着に着替えてから体育館に出て、念入りに柔軟体操。続いて、個々人でバトントワリングの三大要素であるエーリアル、ロール、コンタクトマテリアルの、それぞれ基礎的な動きを反復練習。
そのあと、団体での動きの練習に入る。ウチは、個人で大会に出場する人はほとんどいない代わりに、団体戦は全国大会の中学生の部に毎年参加して、割といい成績残してるみたいなんだよね。
けど、その割に、練習風景とか、あんまりスパルタって感じはしない。もちろん、演技練習の時はみんな真剣なんだけど、その合い間の休憩タイムとかは和気藹藹としてるし、先輩後輩関係も、そんなに厳格じゃないみたい。
いいなー。僕が高校で入ってる陸上部は、もろに体育会系のノリで、先輩も後輩をほとんど舎弟みたく扱うんだもん。バトン部の「頼りになるお姉さん」的な印象の先輩方とは大違いだよ。
その気持ちが顔に出てたのかな。
「今日の六路さんは、随分練習熱心ね。いつもより笑顔も素敵だったし」
「ええ、新体操やチアリーディングなんかはよく言われるけど、トワリングでも、やっぱり表情は大事な要素よ」
──なんて、先輩方から褒められちゃった♪
「いえ、ボクなんて、まだまだです。もっとガンバらないと」
うれしかったけど、一応神妙にそう謙遜したら、先輩たちは何だか鳩が豆鉄砲くらったような顔してる。
「あのぅ、友恵先輩? あけみ先輩?」
「あ……ごめんなさい。いつも、六路さん、その、無口だから」
「そうね。私たちと、こんなにハッキリとしゃべってくれたのは初めてじゃないかしら」
あ~、そう言えば、確かに双芭は、元々口下手なのに加えて、人見知りと言うか内弁慶気味なトコロはあるよね。家族とか親しい友達相手だと、それなりに会話も続くんだけど。
けど、1年間同じ部活にいた先輩に対してまで、他人行儀だったとは。
「えっと……ぼ、ボクも2年生になって、後輩もできたから……その、ちょっとでも成長しないとって思って……」
それらしい理屈を考え出して、つっかえながら告げると、先輩方は優しい笑顔を見せてくれた。
「確かにそうね。六路さんも、1年生から見れば、もう“先輩”なんですもの」
「努力することは大事よ。部活でも私生活でも、それは必ず貴方のためになるわ」
(うわぁ、なんだかふたりとも「いつのまにか成長した妹を見守るお姉さん」みたいな表情してるぅ)
恥ずかしさ3分、誇らしさ7分といった気持ちになったボクは、その後も元気に練習に励むのだった。
-6-
部活が終わって、軽くシャワーで汗を流してから、校門前で、エリリンたちと合流する。
──あとで思い返してみると、シャワールームでも、他の部員に混じって平然と裸になってるんだよね、ボク。
「あれ、双芭ちゃん、なんかゴキゲンやね」
リョーコは演劇部所属のせいか、人の表情とか読むのがやたらと巧い。
「あ、わかる? 今日の練習で友恵先輩やあけみ先輩にちょっと褒められたんだ♪」
「へぇ~、“金髪の
エリリンは、一応ボクと同じ応援部なんだけど、チアリーディング班の方だから練習場所とかは違うんだよね。それでも、友恵先輩たちのコトは知ってたみたい。
……ていうか、あのふたり、そんな厨二っぽいあだ名があったの!?
「有名人だよ。ウチでも知ってたくらいやもん」
そんな雑談を交わしながら3人でやって来た駅前商店街。
いつもの“僕”なら、改札から向かって右方向のゲーセンとかラーメン屋がある方に行くんだけど、今日のボクはエリリンたちに連れられ、ブティックやクレープ屋が立ち並ぶ逆方向へ。
「じゃあ、お腹すいたし、さっそく三笠庵に入ろっか」
ウチの中学の女子生徒御用達の甘味屋さんに入ろうとしたところで、ふたりにガシッと腕を捕まえられる。
「ソレはソレで魅力的な提案だけど、今日の用事は別」
「さ、カカロットタワー前のラポルタにレッツゴーや!」
「……あ、やっぱり?」
ふたりとも、朝方の約束をキッチリ覚えていたらしい。
その後、1時間近くにわたって、恐れていた通りボクは、ふたりの着せ替え人形にされたのでした。へるぷみー!!
試着と品評を繰り返した挙句に厳選されたコバルトブルーのフレアミニワンピを、結局ボクは買うハメになった。
「うぅ……今月のお小遣いが早速半分以下に」
「まぁまぁ。その代わり、その服と合わせるのに良さそうなエプロン、買ってあげたでしょ」
「ウチからは、ボーダー柄のニーソックスと黄色いリボンを進呈」
て言うか、これじゃあ、まるっきり「不思議の国のアリス」じゃん! こんなの、ボーイッシュなタイプのボクに似合うはずがないよ!
「いやいや、そうでもないって。フーちん、背は高めだけど、顔は結構ロリ系だし」
「ショートヘアにリボンのギャップもあって、可愛らしいと思うよぉ」
ホラホラと試着室の壁の鏡の方を向かされる。
「そんな、いくらそれらしい格好したって、似合ってなんか……あ」
ボクの否定の言葉は途中で途切れた。
そう。鏡の中には、「アリス・ファッションに身を包み、もじもじした仕草で、顔を真っ赤にしてはにかむ、可愛らしい少女」が映っていたんだ。
「え、ウソ……何、コレが……ボク?」
そんな言葉を呟きながら、無意識に右手を頬に当てて軽く首を傾げてみる。
もちろん、鏡の中の“少女”も同じ動作をする。よく見れば、確かに顔自体はボクのものなんだけど、全体的な雰囲気や仕草はまるっきりミドルティーンの女の子そのものだ。
「ニヒヒ、どう? 気に入った?」
「そんなん、双芭ちゃんの貌見たら、聞くまでもないって」
友達ふたりの言葉を否定する気は、もはやなくなっていた。
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