第3話 鬱金香の話 小学生時代 後編

彼女は暴力に関しては無頓着だった。人並みに痛みは感じたし、苦しみも感じた。ただ彼女は笑って元気だと周りに安心を与える方が重要だと考えていた。大人に中途半端に事を大きくされても困る、今までの努力が無駄になると考えていたのも、笑いかけることを続ける1つの理由だったのだろう。

6月の紫陽花と湿気に満ちた頃になると、誰も心配の声を上げる者は居なくなった。たった2ヶ月で彼女の思惑通りに事は運んだのだ。

また、時を同じくして彼女は自己暗示にかかっていたのではないかとも思う。ぼんやり殴られる日々が続いても、決して保健室には行かなかったし、殴られるのが一通り済むと普通に授業も受けていた。

さっきまで殴られ蹴られ、暴言に苛まれていた彼女は夢だったのではないかと思うほどに。

大丈夫という言葉が本当だと証明するかのように。

小学3年生が終わると、大々的な暴力は無くなった。ただ、日常に暴力が蔓延る《はびこ》ようになった。

挨拶を交わすかのように蹴って、こんにちはの代わりに暴言を吐いて。荒々しい日々だった。

そんな日々は彼女の卒業まで続く。

その中で彼女が学んだのは、人は感情に任せて物を言い時には殴り掛かるような生き物だということ。

人間を気付かぬ内に信用出来なくなっていた。


そして彼女自身にとても大きい変化が加わった。

図書室で読んだ本に心を奪われ、日々の暴言の根拠の無さと無意味さを感じていた彼女は、言葉に取り憑かれた。

言霊を信じ、無意識のうちに自己暗示をかける彼女にはどこか羽の生えた別の世界の生き物にも感じられる。彼女は次はどこへ行くのだろうか。泣くのだろうか、鳴くのだろうか。今まで通り笑い続けるのだろうか。


大きな変化と、大きな影響を与えた環境。

彼女が春になるきっかけは大きな気付きが鍵になるように思う。

…ではまた次の話で。

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