第7話 ギラギラ系上司①

 新しい上司宇山が赴任して1ヶ月が経過した。

 宇山は上司っぽい態度はとるものの、メンバーに対して気を遣った態度をとっており、山県課長の頃のような不穏な関係性にはなっていない。

 皆が懸念していた宇山課長の歓迎会も「普通」に終わり、メンバーからすると日常が戻ってきた。

 宇山は細かい部分で口を出してこないため、メンバーも比較的仕事がやりやすいようだ。

 春は例の「上司ガチャ」が少し気になってはいたが、やはり自分が寝ぼけていただけと思い、深くは気にせず、業務に励んでいた。


 そんなある日のこと、春は提案書の修正をしていた。群馬県の中心都市「M市」における新ネットワーク導入商談の提案だ。

 仲の良い先輩であり、営業担当の豊本と一緒に1年かけて提案を続けている案件であり、群馬支社としても今期の重要案件として、東日本本部にも報告をあげている。

 顧客とも良好の関係…もっとストレートに言うと、「仲の良い関係」を築けていることもあり、春自身高いモチベーションを持って、本プロジェクトに取り組んでいた。以前山県の飲み会の際に作成していた提案書は本件の初版だった。


「資料出来た?」豊本が春に聞いてくる。

「もう少しですね。終わったらレビューしてもらえますか?」

「了解。全体的な体裁と、金額のところは俺がやるから、ベースの部分は申し訳無いけど頼むわ!」

 豊本は春より、10歳以上年上だが、気心がしれており、飲みは当然のこと、一緒にライブや合コンにも行く仲である。

 そんな豊本は軽く声をかけると、自席に戻っていった。


 豊本が去った後も、資料作成を続けていると、今度は宇山が近づいてきて、「資料どう?」と聞いてきた。群馬支社としての重要プロジェクトだけあって、皆気にしてるのだと思った。


「8割くらいは出来ましたね。県の中心都市のプロジェクトのため、他市町村への波及効果もあるので、どうしても獲得したいんですよね。」

 

「そうだよな。出来ることがあれば手伝うからなんでも言ってよ。ところで、俺は途中で異動してきたから、今回のプロジェクトの細かい部分までは分かっていないと思うけど、今回のうちの提案ポイントはどこにあるの?」

 宇山と近い距離で仕事をする経験は無かったが、上司として細かい部分まで気にするんだと思った。


「今回の提案の大きなポイントは2つあって、1つが高セキュリティ、もう1つがコスト削減です。自治体が扱っている情報は住民の個人情報ですから、万が一にでも外部に漏洩するわけにはいきません。そのために認証されたPC/利用者しか接続出来ないような高セキュリティのネットワークを提案します。また、かといって、税金を湯水のごとく使うことは出来ないので、現在分かれている「業務系ネットワーク」と「情報系ネットワーク」をVLANを使って論理分離した高セキュリティの「統合ネットワーク」を導入することで、コスト削減を狙います。」

 提案書を作成するときのポイントとして、意識している内容でもあるので春はすぐさま回答した。


「なるほどね。ちなみにこの商談をとることの意義とか他への波及効果とかはあるの?」

 エンジニアチームの課長の割には提案書の中身や技術的なことではなく、営業的なことを聞いてくるので、少し不思議な気もしたが、春はすぐに回答した。

「そうですね。当然システムを使うためには絶対にネットワークを経由する必要があります。そのため、「統合ネットワーク」を獲得することで、他システムを導入する際など、必ず当社に相談が来ることになりますので、当社としてM市の今後の商談情報をいち早く抑えることができます。いち早く情報を抑えることにやって、M市において当社は今後ずっと有利な立場で商談を推進出来ると思います。また、M市は群馬県の中心都市であり、他の市町村も参考にしてますので、この商談を獲得することで他の市町村への展開・営業攻勢につなげることができると思います。」

 

「なるほどね。確かにそうだね。そういう意味ではこのプロジェクトは群馬支社を左右するような大きなプロジェクトになると思うから、しっかり頑張ってな!」

 そういうと宇山は缶コーヒーを置いて去って行った。


 春は自分で認識しているが「単純な男」であるので、宇山に感謝の気持ちを持ち、資料作成を続けたのであった。

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