第4話 超体育会系上司③

 翌日の朝、春はいつも通り出社したが、やはり昨日のことが気になっていた。

(伊達さんは大丈夫だっただろうか)

これもIT企業あるあるだが、IT企業では夜が遅い分、朝の出社も遅い傾向がある。

 春もいつも始業ギリギリの出社だが、今日はいつもより、15分程早く出勤した。


 出勤すると支社長の野原、山県、本田といういつも早めに出勤するメンバーがいた。

「おはようございます!」春が挨拶すると「おはよー」と野原、山県から返事があった。本田からは返事が無い。悪気は無いらしいが、本田は普段こういうところがある。

 そのあとパソコンを起動して、業務の準備をしていると、続々とメンバーが出勤してくる。今日気になってるのは昨日休んで状況を知らない山崎と、昨日2次会参加し、春を助けてくれた伊達だ。

 しかし、2人とも普段から春よりも出社が遅く、本当にギリギリの時間で出社してくることを思い出した。

 

「おはようございまーす!」

 予想通り、ギリギリの時間で山崎が出社した。

それとほぼ同タイミングで始業のチャイムが鳴った。伊達は出社してない。ほとんどの顧客が9時には業務を開始するので、それに合わせて社員は出社することが多いのだが、GSSではフレックスタイム制を採用しているので、本来出社時間はフレキシブルに決めることが出来る。

(伊達は本日時差出勤をするのだろうか)

 そんなことを考えてると、全体朝礼が始まった。


 野原がいつも通り事務連絡を伝え、全体朝礼は簡単に終了した。

 グループミーティングに移行しようと準備していると、予想通り山崎が近づいてきた。

「西島さん、荒井課長はどうしたんですか?そして、あの人誰ですか?」

「後で細かく話すけど、急な異動があったんだよ!」

「えっ、そうなんですか!?」

「とりあえずグループミーティングやろうか、後で細かく話すわ!」

 山崎との会話を簡単に終え、グループミーティングに入る。春はいつも通り、事務連絡及び昨日の残り作業や当日のメンバーの予定を確認し、最後に「山県課長何かありますか?」と話を振った。


「山崎君、これからお世話になることになった山県です。 これからよろしく!」

「はい、お願いします!」

 山崎に軽く挨拶をした後、山県は続けた。

「今週から来週前半くらいまでは荒井課長との引き継ぎもあり、旧職場に行ったり、こちらに来たりバタバタしてますが、何かあれば気にせず相談してください。あと引っ越しは今週中に終わらせるので、来週以降は基本群馬をメインにさせていただきます。」

 通常幹部社員が異動するときは前任、新任で一週間程度の期間引き継ぎを行う。山県は火曜に着任したので、スケジュール的には一般的なものか、それより少し短いくらいだった。

 ……しかし、その後の話が全然一般的ではなかった。


「なので、歓送迎会は来週以降なら大丈夫だから。あと、バタバタしててもある程度は対応できるからその他飲み会の相談は早めにしてください。ちなみに今日は夕方に荒井課長がこちらに来て引継ぎをしますので、多分飲み会の開始は18時くらいになると思います。あ、ちょうどよかった山崎君、お店とメンバー集め、よろしく。」

 話を振られた山崎も本気の話なのか冗談なのか判断に困ってるようだった。なにがちょうどよかったのかも分からない。山崎が何かを発言しようとしていたが、山県は強引続ける。春は「ブルドーザー」が頭に浮かんだ。


「あと、みんな出社時間を早くしよう。みんなギリギリに来るけどお客様対応とか考えて、毎朝8時からグループミーティングを開始しよう。そして週ごとにグループミーティング当番を決めて、当番の人は7時に出社して、業務日報、作業依頼表、案件管理表…………などを印刷して準備しといて。」

 山県から早めの出社及び大量の資料準備が指定された。メンバーも困惑してる。


 春はみんなの気持ちを代弁して言った。

「課長、会社全体の流れとして、残業抑制や業務効率化の観点で業務のスリム化を進めていると思います。その中で今なるべく業務時間内で完了できるようミーティングや資料も必要最低限のものにして、簡易的にしてるのですが、今のやり方ではダメでしょうか?」

「業務のスリム化」は社長が大号令をかけている会社全体の取り組みである。いわゆる「働き方改革」である。


 春の意見を皮切りに他のメンバーも「毎日8時だとそれだけで毎月残業が20時間増える」「印刷しなくても今みたいにデータで確認できる」……など、思っていることを口々に言い出した。


 それを聞いた山県は意に介さず、

「いや、やろう! みんな勘違いしてるかもしれないけど残業というのはあくまで会社指示によるものだ。というか業務の指示は上司がやるものだ。その上司が必要と判断して指示してるから、やろうよ! みんなで会社を良くしよう!」

 今の若手層には完全に理解されないであろう考え方だと思い周りを見ると、山崎がすぐに反応した。

 山崎は伊達と同じく、仮に理不尽なことでも色々なことを加味して協力的に動いてくれるタイプだが、「理不尽な内容+嫌いなタイプの人間の発言」という組み合わせになった時、急にキャラクターが変わる。予想通りだが、山崎は山県とはソリが合わないはずだ。


「それって何の意味があるんですか? 会社がどう良くなるんですか?」

「山崎君、我々はお客様とビジネスをしている。今このタイミングでお客様から何かご連絡があった場合に、すぐ対応が取れた方が良いでしょ?」

 正論ではある。ただ現在のやり方と合ってるかどうかは判断が難しいところだ。

「でも…」山崎は言いかけたが、すぐ山県が遮った。「西島、とりあえずこの件、今日中にメンバーの意見まとめて、17時までに報告して! あと山崎、飲みの件は調整しといてね! 俺このあと支社長と打ち合わせあるから抜けるわ。 じゃあよろしく! 今日も頑張ろう!」


 この無茶苦茶な状況の中、山県は自分では爽やかだと思っているであろう笑顔を残して会議室を出て行ったのだった。

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