第10章—2

 以前招集された部屋に行くと、またしてもフィオナの父親——アインスタイン少将が待ち構えていた。対壊獣の作戦指揮官とかなんだろうな、この人。

 俺たちが部屋に入った後すぐに、フィオナとフルトが入ってきた。ナオミ先生も一緒だ。たぶんまたナオミ先生に送ってもらったのだろう。

「あんた、早いわね」

「まあこの建物の中にいたわけだし。お前の方こそ早いな」

「あたしにかかればこんなものよ」

「いや意味わからんが」

 なんて会話をしつつ、アインスタイン少将の前に並ぶ。

 ……なんだろうな。前回と違っていつも通りのフィオナを見たら、気持ちが落ち着いた気がする。

「すでに理解しているとは思うが、壊獣が再び現れた」

 アインスタイン少将が告げる。

 まぁ、サクライ先輩から聞いていたし、俺たちを集めるなんてそれくらいしか理由がないからな。今更それで驚いたりはしない。

 フィオナをチラリと見ると……特に変わった様子はなかった。前回はあれだけ動揺していたのに、どういう心境の変化だろうか。苦手な父親を前にしても、表情を変えることもない。

「今度は二体同時に出現した。エンペドクレスを使用できる四人は全員出撃してもらう」

 二体同時? 残ってた壊獣が両方とも出てきたってことか。

「二人づつに別れて、それぞれを相手にするということですか?」

 フルトが尋ねる。

「そうだ。奴らは現在ここに向かって進行してきている。それを食い止め、壊獣を撃滅するのがお前たちの任務だ」

「了解しました、アインスタイン少将」

「他に何か質問はあるか」

「前回と同じように、帝国軍からの支援はあるのでしょうか?」

 今度は俺が質問する。正直支援がなければ死ぬ。というか前は死んでた。だからこれは重要な確認だ。まぁ支援がないなんてことはないと思うが。

「当然だ。ただし、前回と同様の誘導は難しいとの判断から、今回は市街地での戦闘となる。市民にはすでに避難命令が出されているが、まだ避難しきれていないものもいるだろう。帝国軍は守るべき市民に対して向ける銃口を持ってはいない。十分な支援は期待できないと理解しておけ」

「……了解です」

 前回でも死にかけたっていうのに、それよりも危ないってことか。いやまぁ、前回は俺が悪かったんだが、死にかけたのは。

「僕はどうしたらいいのでしょうか?」

 サクライ先輩が問いかける。全然関係ないけど、この人の敬語初めて聞いたな。敬語喋れたんだな。

「サクライ特務中尉は支援部隊の魔法部隊と合流し、その指揮下に入れ」

「了解しました」

「他に質問は?」

 アインスタイン少将からの再度の問いかけ。俺には特にもう無いが——

「ペアの編成はどうなっているのでしょうか」

 フィオナが問いかけた。

 ……苦手な父親に、自分から。

 前回の動揺しての言葉ではない。自分の意思でしっかりと、だ。

「お前が決めろ、フィオナ。隊長だろう」

 そう言われて、フィオナは顔を驚きの表情に変えた。それから一回頷いて、覚悟を決めたように表情を引き締めた。

「……了解です」

「他に質問はないな」

 今度は誰からも質問が無かった。

「ならば早く行け。時間がない」

 そう言われて、俺たちは集まって早々に部屋を出ることになった。






「あたしとシャン。カレナとフルト君のペアにするわ。前回の経験者をそれぞれに振り分ける形でね」

 前回も俺とラドフォードが使った待機室に来て早々、フィオナがそうやってペアを決めた。俺には特に異論はない。

「いいんじゃないでしょうか。その方が安定するでしょう」

 フルトも賛成だった。ラドフォードも頷いている。

 部屋の中央に設置された間仕切りを境に、男女に分かれて魔導服を着る。これがなければ死んでいたし、今回もお世話になるかもしれない。本当はお世話にならない程度に済むのがいいのだが、そうも言ってられないかもしれないし。

 サクライ先輩は途中で別れた。命令された通りに支援部隊の方に行ったのだろう。「ま、死なない程度に頑張ってよね」なんて言っていたが、危ないのはサクライ先輩も一緒なのでは? まぁあの人は死んでもループするし、くらいに思っている可能性もあるしな。

「で、あんたとカレナのエンペドクレスはちゃんと使えるの?」

 ここに来るまでに、俺とラドフォードは修理されたエンペドクレスを受け取っていた。見た目は特に変わりはない。透明な石が嵌め込まれた、二つの月と太陽が描かれた手のひらサイズのディスクだ。

「性格はあれだけど、発明品は一級品のマッドが修理したんだし、大丈夫だろ」

 そう言って試しに魔力を流してみる。魔力はしっかりディスクに流れ込み、賢者の石を通して四機の核を同調させる。

「ちゃんと起動しているみたいですね。それなら大丈夫そうです」

「ラドフォードのはそもそも故障してなかったしな」

 全員が魔導服を着たのを確認すると、部屋の間仕切りを隅に寄せる。

 四人で集まり、それぞれおかしなところがないかチェックしていく。

「正直、部隊を作った時はこんなことになるなんて思ってなかったわ」

 チェックをしながら、フィオナがそんなことを言い出した。

「誰も予想なんてできないだろ」

 俺は思わずそう口にしていた。だが、言ったことは本心だ。

 あの時、誰もこんなことになるなんて知らなかった。……ああいや、一人知ってたな、そういえば。でも少なくとも俺もフィオナも知らなかったのだ。

「そうね……ただ、もしあの時部隊を作るなんて言い出さなければ、あたしたちが戦うことにはならなかったんじゃないかって思ったりもするのよね」

 チェックしていた手を止めるフィオナ。少し俯きがちで、その表情は伺えなかった。

「それは違うと思いますよ。アインスタインさんが部隊を作っても作らなくても、結局は僕たちが戦うことになっていました。エンペドクレスは適性のある人しか使えませんから」

 フルトの言葉に、俺も頷く。以前にナオミ先生から聞いていた。俺たちは、たまたま適性のある人間が集まった部隊なのだ。裏を返せば、部隊を作っていなくとも何らかの形で集められていたに違いない。サクライ先輩もそんなことを言っていたように思うし。

「……それもそうね」

 いつになくしおらしかったフィオナだが、顔を上げると俺と視線を合わせてきた。キッと視線を強めて、俺の胸の真ん中あたりを人差し指でついてくる。

「あんた、今回はちゃんとやりなさいよ! 前みたいに死にかけるなんてあたしが許さないからね!」

「言われずとも、俺だって好きで死にかけたわけじゃないしちゃんとやるって」

 俺だって何度も死にかけるような目に遭うのはごめんだ。

「お前だってちゃんとやれよ」

「あんたあたしを誰だと思ってるわけ? やるに決まってるじゃない」

 ……前回あれだけ動揺してたのに、なんでこいつは今回こんなにやる気なんだ? やっぱ悔しかったのか?

 まぁ、ちゃんとやってくれるなら俺としても文句は無い。なんだかんだ言って、こいつは俺よりよっぽど魔法の扱い方が上手いんだ。動揺さえしていなければ、しっかりやれるはずだ。俺なんかよりも。

「……みんな、死なないようにね」

 声のトーンを落としてフィオナが言う。

 小さい頃から面白いことが好きで、魔王がいないかとか言ってたり、異世界人とか古代のオートマトンとかなんとか言っていた。士官学校に入ってもそれは変わっていなかったが、いざ、こう言う場面に直面するとやはり思うところがあるのだろう。

 面白いことを望んでいたとしても、人が死ぬなんてことは望んでいなかったはずだ。あのクソッタレな壊獣がフィオナが望んだ結果出てきたなんてことは絶対に無い。

「前もなんとかなったし、今回もなんとかなる。気楽に行こうぜ」

「そうですよ、アインスタインさん。僕も今回が初めてですが、どうにかなりますよ、きっと」

 俺の言葉に、フルトも便乗する。こいつもこいつで悩んでたり、組織のこともあったりすると思うんだが、いつもと変わらずにここにいる。そういう普段通りの態度っていうのは、やっぱり非常時には頼もしく見えるもんだ。

「弱点も倒し方も分かっている。負ける要素がない」

 普段は人が集まっているとまったく喋らないラドフォードが喋った。

 俺もフィオナもフルトも驚いてラドフォードの顔を見る。ラドフォードはいきなりみんなが自分の方を見るのが不思議だったのか、首をコテンと傾けた。無表情だから若干怖い。

 そんなラドフォードの様子に、フィオナは肩を震わせた。これ笑ってるなあいつ。

「ま、そうね。あたしたちが負ける要素なんてこれっぽっちもないわ! あんな壊獣、けちょんけちょんにしてやるわよ!」

 そう元気に言って拳を突き出すフィオナ。俺たちは、なんとなく自然に、フィオナの拳に自分の拳を突き合わせた。俺と、フルトと、ラドフォードと。

「じゃあ、行くわよ」

『おう!』

 そして俺たちは、壊獣の元へと行くために、全員で部屋を出て行った。






 駐屯地を出て、壊獣に向かって飛び立つ。市街地での戦闘になると言っていた通り、壊獣はすぐに見つかった。

 駐屯地にだいぶ近づいてきている、巨大な人形の影。一つは地上を二足歩行で歩いている、全身に鱗が生えていて、顔は鰐のように長く、口には鋭く大きな牙が見えていた。アリゲーターとでもいうのだろうか、人形の爬虫類のような見た目だ。

 もう一方は、空を飛んでいた。腕の代わりに鳥のような羽が生えていて、その羽を時折羽ばたかせながら空を飛んでいる。羽ばたかせるたびに突風が巻き起こり、家屋が破壊される。顔はまんま鳥のような顔で、下半身は人間のような形に、羽毛が生えている。頭から足にかけて、黄緑から黄色、赤から青になるようなカラフルなグラデーションをしている。派手な色でメスにアピールする鳥がいるらしいが、あのグラデーションはそう言うことなのだろうか。はっきり言って気持ち悪いことこの上ないが。

 アインスタイン少将が言っていた通り、急な壊獣の出現に市民の避難が間に合っていない。今も壊された街並みの中を縫うように、逃げ遅れた人たちが右往左往しながらなんとか逃げようとしている。

 支援部隊と思われる戦車隊や、すでに壊獣の周りを飛んでいる魔法使いたちも、市民たちに当たるのを気にして散発的な攻撃しかできていない。

『シャン君たち、聞こえる?』

 壊獣に向かって飛んでいると、ディスクからいきなり声が聞こえてきた。この声は——サクライ先輩?

『僕のディスクから、ちょっと裏技を使って話しかけてるんだけどね? 君たちの声はこっちに届かないから返事とかは大丈夫。ま、見て貰えばわかると思うけど壊獣たちは真っ直ぐ駐屯地を目指してる。僕たち支援部隊は、このままだとなかなか足止めも難しいって状況かな』

 サクライ先輩の言う通り、壊獣は家屋や施設を破壊しながら、俺たちが出立した駐屯地を目指して移動してきている。見た目はそんなに早く動いていないが、何せ巨大だ。一歩進めば距離はだいぶ稼がれる。

『それで、なんだけどね? 君たちと僕たちの間の区間、そこはさっき市民が完全に避難が完了したって報告があった。これからそこにちょっと穴を開けて足止めするから、後はよろしく頼むぜ。鳥の方はお手上げ。どうにかして』

 穴? 穴を開けるってどういうことだ? ていうかお手上げとか軽く言わないでくださいよ!

 そのサクライ先輩の言葉の直後、俺たちと壊獣の間にあった区画が大爆発を起こした。 

「うおわ!?」「きゃあ!?」

 突然の大爆発に、俺たちは慌てて急停止する。爆風が俺たちを襲うが、防御術式を張ってなんとか受け流す。爆発した地面は崩れ、大きな穴が空いていた。

 その穴はちょうど壊獣が差し掛かっていた部分で、爆発の衝撃で空いた穴に壊獣が転がり込んでいった。

「……無茶するわね、帝国軍も。壊獣が壊した範囲よりも、軍が壊した範囲の方が大きいんじゃないかしら?」

「僕たちがここで壊獣をどうにかできたら、の話ですけどね」

「そうだな。それに一体は転がったが、もう一体は無傷で悠々と飛んでるぞ」

 一体は確かに穴に転がって体制を崩している。だがサクライ先輩がお手上げと言った鳥型のやつは、まだ無傷で空を飛んでいる。今のところあいつは飛びながら徐々に駐屯地に近づいているだけだが、いつ下に降りるかもわからないし、光線を撃ってくるかもわからない。……光線ってやっぱ撃てるんだよな?

「……前のやつは光線撃ってきたけど、やっぱ今回の奴らも撃ってくると思うか?」

 なんとなく、確認のために声に出す。いや、前のやつが撃ってきたんだからこいつらが撃てないなんてことはないだろうけどね? 撃てないって可能性もあるだろ? 撃てない方がいいよな?

「やっぱ撃ってくるんじゃないの?」

 フィオナが返事をした直後、穴に転がり落ちていった壊獣の方向に光が集まっていくのが見えた。その光はこっちを狙っているように見えて——

「急いで横に飛べ! 光線が飛んでくるぞ!」

 俺が叫ぶと同時に全員がその場から逃げ出す。直後に、俺たちが元いた場所を光の束が通り過ぎて行った。

「やっぱ撃ってきたじゃねぇか!」

「撃ってくるって言ったじゃない!」

 再び合流して、再度壊獣の方に目を向ける。転がって崩した体制を立て直そうと、両手をついて立ち上がろうとしているところだった。

「——フルト君とカレナはあっちの爬虫類みたいなやつの相手! あたしとシャンで鳥みたいなやつの相手をするわ!」

 体制を立て直されるとまずいと感じたのか、フィオナが咄嗟に指示を出す。

「了解です。ご武運を」

「行ってくる」

 指示されると、フルトとラドフォードはすぐさま爬虫類型の壊獣の方へ飛んで行った。

 俺とフィオナは更に上に飛び、上空で優雅に羽ばたいている鳥型の壊獣の前へ躍り出た。

 改めて見るとでかい。ジャンボジェットみたいというか、それよりもでかいというか。

「あんたには無理そうね。無理せずあたしに任せときなさい」

 鳥型の壊獣を睨みつけながら、フィオナがそう言った。

「そうだな」

 不意に口をついて出た言葉に、とてつもない既視感を感じた。俺はこれと同じやりとりを、以前もしたことがある。

「弱点は分かってるわね?」

「当たり前だろ」

 強烈な既視感を感じながら、フィオナとの会話を続ける。

 鳥型の壊獣にも、あの哺乳類っぽいやつと同じところに同じものがついていた。つまり、胸のところに青いコアがついていたのだ。

 鳥型の壊獣のそばには、牽制するために軍の魔法使いが飛びながら魔法を放っている。だが、こいつにもフィールドがあるらしく、まったくダメージは入っていないようだった。

「俺がフィールドを中和する」

「あたしがあいつを倒すわ」

 俺とフィオナは顔を見合わせ、一つ頷く。それから一斉に壊獣に向かって飛び出した。






 俺たちが近づいていくと、壊獣は俺たちを認識したのか、視線を俺たちに向けてきた。

「クエエエエエエエエェェェェェェ!!」

 なんの鳥なんだかまったくわからない鳴き声を上げて、壊獣は周りの魔法使いのことなど一顧だにせず、俺たちに腹を見せるような向きになると、強烈な風を浴びせてくるように羽ばたいてきた。

「なんのこれしき!」

 口に出しながら、俺は壊獣に近づいていく。フィールドの中和の仕方はラドフォードから聞いてはいる。しっかり理解できているかは怪しいが、できなくはないだろう。壊獣のフィールドを、俺の魔力で相殺していくのだ。

 別にめちゃくちゃ近づかなくてもできるらしいが、ラドフォードみたいに完璧に魔力とエンペドクレスを操作できるわけではない俺は、やっぱり近づいた方が安定するのだ。

 俺もフィオナも、強風に押されながらも飛行体制は崩さず、徐々に壊獣に接近していく。もう少し。もう少し近づけば、俺の魔力が届きそうだ。

 中和、中和……魔力をフィールドに沿わせるようにして、相殺していく……。

 強風でもまったく止まらない俺たちに焦れたのか、壊獣は何やら魔力を羽に集めているようだった。羽が魔力で微かに光る。

 壊獣が一際強く羽ばたいた。瞬間——

「防御術式貼りながら避けなさい、シャン!」

「なんだ、これッ!」

 無数の羽が俺たちに向かって飛んできた。

 一枚一枚のが俺たちくらいの大きさのある羽が、弾丸のようなスピードで迫ってくる。

 フィオナの声に俺は咄嗟に防御術式を貼りながら、なんとか身を捻りながらかわしていく。

 くそ、なんだよこれ。羽の弾幕か何かかよ!

 心の中で悪態を吐きながらもかわす。右に捻り、左に捻り、頭をかがめ、足をかがめ、背中を逸らし、かわしていく。

 かわす。術式にかする。かわす。かわす。かする。かわす。かする。かわす。かする。かする。かわす。かする。かする。ちょくげ——

「シャン!」

 目の前に迫っていた羽が爆発する。衝撃が防御術式に響いたが、そのおかげで直撃は免れた。

「すまん、助かったフィオナ!」

「しっかりしなさい!」

 背筋に冷たい汗が流れる。フィオナが咄嗟に爆裂術式で爆発させてくれなかったら、あの弾丸のような羽が直撃していた。防御術式があったからミンチみたいにはならなかっただろうが、体制を崩して落下するのは免れなかっただろう。最悪死んでいた。

 だが、フィオナのおかげでなんとか羽の弾丸は乗り切った。壊獣自体はもう目の前にいるのだ。

 エンペドクレスに魔力を通す。賢者の石が反応し、壊獣のフィールドに合わせるように魔力が変質していく。

 壊獣が振るった羽を上昇することでかわし、さらに魔力を込める。エンペドクレスの四機の核が同調し、壊獣のフィールドを中和し始めた。

「フィオナ! 今フィールドを中和し始めた! 貫通術式の準備しとけ!」

「言われなくてもわかってるわよ!」

 フィオナもエンペドクレスに魔力を流し始める。そうしている間にも、壊獣は俺たちをはたき落とそうと羽を振るってくる。

 ——羽のせいで、中和に集中しきれない。

 中和の細かい調整自体はエンペドクレスがしてくれるとはいえ、魔力を継続的に流し続けるだけでも相当な集中力を使う。壊獣の羽を避けながら途切れないように魔力を流し続けるのは骨が折れるな!

「くそっ! 魔力が途切れた!」

 下から突き上げてくるような羽の動きに、思わず魔力を流すのを中断してしまった。

 何だあいつ! あんな羽の動かし方してたら落ちるだろどう考えたって! 羽で空飛んでるんじゃないのかよ!

 羽を下から突き上げるように振り回した勢いで、そのまま下から上にぐるりと一回転する。今まで使ってこなかった人型の足が鞭のようにしなって襲いかかってきた。

「何あいつ! デタラメね!」

 魔力を込めるのを中断して、足が届く範囲から咄嗟に後退するフィオナ。俺も急いで後退して、フィオナの隣に飛んだ。

「鳥みたいな見た目してるが、鳥みたいに飛んでるわけじゃないみたいだな」

「どうやって飛んでるのかしらね。魔法かしら」

「羽も飛ばせるし、魔法が使えたっておかしくはないな」

「気持ち悪い見た目してるくせに生意気ね」

 一回転して元の姿勢に戻った壊獣が、口を開けて咆哮した。羽をばたつかせて、地団駄を踏んでいるように見える。

「何だあれ。イライラしてるのか?」

「邪魔されて頭にきてるんじゃない? 鳥だからトサカかしら」

「違いない」

 なんて会話をしていると、壊獣の口の周りに光が集まり始めた。

「やば——」

 フィオナを掴み、緊急回避機動を取る。直後、俺たちの横を掠めるように光線が通り過ぎた。

 後方で爆発音が響く。

「あっぶねぇな、この野郎!」

 思わず悪態を吐く。こっちを殺しにきてるのだから悪態を吐く意味はないのだが、まぁ反射的に口に出ただけだ。

「ちょっと、離しなさいよ」

 胸元からフィオナの声が聞こえてきた。

 掴んで、思わず抱き抱えていたらしい。「すまん」と謝りながらフィオナを離す。

「あんた、当たってないわよね?」

「まぁな。お前こそ大丈夫か?」

「あんたのおかげでね」

「そりゃよかった」

 再びフィオナと隣り合って空中に浮かぶ。

 しかし、どうするかな……。近づくと羽が邪魔で集中して中和できないし、かといってこの距離から中和できるかと言われると、俺には無理だ。ラドフォードはよくあんな状態から中和が続けられたな。流石はアンドロイドってところなのか。

 俺が中和しなければ、フィオナが貫通術式を用意したって大した意味はない。逆に中和さえできてしまえば後は魔法を叩き込み放題だ。何とかして近づいて、フィールドを中和する方法を考える必要が——

『残念なお知らせがあるんだけど』

 胸元から、再びサクライ先輩の声が聞こえてきた。さっきと同じ通信だろうか。

『さっきの光で、駐屯地が削られちゃったみたいでさ。万物のもとが露出しちゃってるぜ』

 ばっと駐屯地の方を振り返る。

 駐屯地のちょうど中央あたりが削り取られ、抉られていた。地下何階まであったのか俺は知らないが、大きな穴が開いていて、その底には大きな黒い球体が浮いていた。

 すでに日は落ちていて、辺りは暗くなっている。街を照らしているのは二つ浮かぶ月と、星明かり、それと炎上する家屋。それらの光を全て吸収するような異様な黒を称える球体は、ゆっくりと回転しているように見えた。

「あれが……万物のもと?」

 全ての物質のもとになるっていうのか、あれが。全てを飲み込んでしまいそうなあの球体が?

「パパ!」

 飛び出そうとしたフィオナの腕を咄嗟に掴む。

「離して!」

「だめだ!」

 怒りの形相で睨んできたフィオナ。俺は掴む力を緩めずに否定する。

「今ここで背中向けたらどうなるかわかってんのか!」

 ただでさえギリギリなんだぞ! そんな状態で壊獣に背中向けて駐屯地まで行こうとしたら、最悪死ぬぞ!

「うるさい! 離してよ!」

「だめだ! 離さない!」

 俺の手を振り解こうと暴れるフィオナ。俺は手を離さないように必死に力を入れる。

 離してなるものか。フィオナに恨まれたっていい。何が大切か間違えるなよ、俺。

『ここで一つ朗報だぜ。アインスタイン少将は生きてるから大丈夫』

 また胸元からサクライ先輩の声が聞こえてくる。フィオナの父親の無事を知らせる報告だ。

 ……あの人俺たちのことどっからか見てるんじゃないか? 支援部隊にいるはずだけど、どこにいるんだ?

「フィオナ」

「……わかってるわよ」

 サクライ先輩の言葉に、フィオナは大人しくなる。

 ……よかった。

 俺たちは改めて壊獣に向き直る。壊獣は今の間に最初と同じ飛行体制に戻っていて、露出した万物のもとに向かって進み始めていた。

 どうにかしてあいつを止めないといけない。壊獣があの黒い球体に触れてしまえば世界は終わりだ。

「あいつ、本当にムカつくわね」

 憮然としたフィオナが、ぽつりと漏らした。その意見には同意だ。

「そうだな。それにどうにかしないと、とんでもないことになる」

「……そうね」

 そのためにはもう一度一から中和を始めて、あいつの核を壊せるようにしなければいけない。だが、ただ闇雲に近づいたところでさっきの二の舞だろう。どうにかして、何か案を考え出さなければいけない。

 支援部隊に期待するのは厳しいだろう。今だって散発的に攻撃をしているが、全く効いていないし、壊獣も意に介していない。軍の魔法使いの方が俺よりもよっぽど魔法も戦い方も上手いのだが、やはり通常のディスクでは無理なのだろう。残念だが。

 こんなことを考えている間にも、壊獣は刻一刻と万物のもとに近付いている。近づかずに中和をしてみるか? 一か八か、それでできればこの問題もサクッと解決するが。

 なんて考えていたら、隣のフィオナが突然何か言い出した。

「ねぇ、シャン。あいつが光線撃てるなら、あたしたちだって光線——ビーム打てるんじゃないの?」

「は? ビームってお前、何言って」

「子供の頃、基地に忍び込んだ時に言ってたじゃない。ビームが撃てるかもって」

 ……確かに、あの爆発が起きる直前にそんな会話をしていた気がする。だが、何でこんな土壇場になって、そんな子供の頃の話をするんだ。

「ムカつくのよね、あいつ。確かにあたしは魔王が出てこないかな、とか古代のオートマトンとか異世界人とか、そういう面白そうな非日常的なものを望んでたわ。でも、それは間違ってもあんな子供の落書きみたいな見た目をした怪物が、あたしたちの街をぐちゃぐちゃにするなんてことじゃないの。だって、そんなのちっとも面白くないわ」

 そう言いながら、赤い賢者の石が嵌め込まれたエンペドクレスに魔力を溜め始めるフィオナ。

「子供の落書きみたいなやつなんだから、子供が考えた技で倒すくらいが丁度いいのよ」

「何だその理論。全く意味がわからん」

「いいのよ。意味なんてないもの。ほら、あんたも魔力溜めなさいよ! ビーム撃つわよ!」

 フィオナの声につられて、俺もエンペドクレスに魔力を溜めはじめる。フィオナのあまりな言い分に、俺はいつの間にか笑っていた。

 言われてみれば確かに、子供が考えた「ぼくがかんがえたかいじゅう」みたいな感じに見えなくもない。改めて見てもデカイしカラフルだし気持ち悪いし、現実感が薄い。そんなのが俺たちの街を壊しているのは、フィオナの言う通りでちっとも面白くない。

「フィオナ、ビームの術式なんて知ってるのか?」

 魔力を溜めながら聞く。言うまでもなく俺は知らない。授業だってそんなことは習ってないしな。

「知ってるわけないじゃない」

「じゃあどうやって撃つんだ」

「そんなの決まってるじゃない」

 そこでフィオナはニヤリと笑った。それは唐突に何かを思いついて、俺の襟首を掴んで行く時の顔だった。つまりいつものフィオナだ。

「——勘よ!」

「そうかよ!」

 魔力を溜めている俺たちに気づいたのか、壊獣がまた口の周りに光を集め始めた。光線で俺たちを撃ち落とす気だろう。

 俺とフィオナは魔力を溜め続ける。エンペドクレスの四機の核が溜め込まれた魔力を効率よく回転させ、相乗的に増大させていく。可視化できるほど高められた魔力で、俺とフィオナのディスクは熱を帯びながら光り輝き始めた。

 俺は込める魔力に、中和に必要な魔力を織り交ぜていく。ビームが撃てるかなんて知らないが、もし撃てた時に備えてだ。意味があるのかはわからんが、無いよりあった方がマシだろう。それに混ぜるだけなら魔力を流し続けて相殺するよりも簡単だしな。

「いくわよ、シャン!」

「なんとかなーれ!」

 お互いの手を握りしめる。そして、俺とフィオナがそれぞれ右手と左手を突き出した。俺たちの魔力が混ざり合い、手の先が光り輝く。そして——夜の帳が降りた空を切り裂くように、巨大な光の本流が壊獣に向かって流れ出した。

 本当にビームが出やがった! と思った瞬間、壊獣の口から光線が放たれる。ほぼ同時に打ち出された俺たちのビームと壊獣の光線は、丁度中間くらいの位置で衝突した。

 光がぶつかり合い、巨大な球体が浮かび上がる。それから遅れて、音だけで建物が崩れそうなほどの衝撃を伴った爆音が響いた。

「何よ、あいつ……! 撃ち合いってわけ!?」

 巨大な球体を、俺たちはなおも撃ち続けているビームで押し込む。しかし、壊獣も俺たちと同じように撃ち込んでいるのか押し込みきれない。

「何とか押し込むしかないぞ! じゃなきゃこっちがやられる!」

「わかってるわよ!」

 俺たちはエンペドクレスにさらに魔力を込める。エンペドクレスの輝きがさらに増し、それと同じく熱もどんどんと熱くなっていく。

 ——まずいな、このままじゃエンペドクレスがまたオーバーヒートするぞ。

 こんな状態でオーバーヒートなんてして故障したら、俺たちはそのまま光に飲まれてお陀仏だ。ヴァルハラ行きだ。それはまずい。何とかして限界を迎える前にどうにかしなければならない。

「フィオナ! このままじゃオーバーヒートするぞ!」

「壊れるってこと!? エンペドクレスが!」

「そうだ! だから壊れる前に何とかしなきゃいけない!」

「どうやってよ!」

「どうにかしてだ!」

 しかし、どうやって? 俺たちはこの拮抗状態を保つので精一杯だ。少しでも余計なことをすれば、おそらく逆に俺たちが壊獣に押し込まれる。

 ……壊獣の光線はいつまで連続して撃てるんだ? 俺たちより長く撃てるのか? 壊獣が俺たちより撃てるキャパシティが低いなら——いや、だめだ。そんな考えではどうにもならない。

 だが、これ以上魔力を込めるのも難しい。そもそもどうやってビームを撃ってるのかもいまいちよくわかっていないのだ。魔力を込めて何とか拮抗状態にしているが、これ以上の魔力を込めても出力が上がる気がしない。

 握っているフィオナの手に力が込められる。反射的に俺も握る力を強める。

 チラリと隣のフィオナを見る。歯を食いしばって、大粒の汗が一筋、額から頬を伝って顎に流れている。

 どうにかしなければ。どうにかしたいが、どうにもならない。だが、どうにかしなければ。

 気持ちだけが募っていく。焦りが心を支配していく。エンペドクレスの限界も近づいてきている。光はますます大きくなり、熱も火傷をしそうなほど高くなっている。

 どうする? 俺にはどうにもできない。ならどうする!

「どうせ近くで見てるんでしょう、サクライ先輩!」

 叫ぶ。自分でどうにかできないなら、他の人に頼ればいい。

「どうにかしてください!」

 たぶん近くにいるはずだ。でなければさっきフィオナに対してあんな言葉が出るはずがない。

 これは賭けだ。そもそも近くにいないかもしれないし、声が聞こえないかもしれない。それでも、俺にどうにもできないなら他の人を頼るしかない。今俺が頼れる可能性があるとしたら、それはサクライ先輩だけだ。

 もしだめだったら、そうだな。もう諦めるしかないな。最悪フィオナだけでも何とかして——なんて考えていた時だった。

「せっかくだし、僕の本気を見せてあげるよ」

 そんなサクライ先輩の声が聞こえた。

 無数の巨大な光弾が流星のように壊獣に向かって飛んでいく。夜空を照らし、軌跡を残しながら吸い込まれるように壊獣に着弾すると、強烈な爆風と閃光を撒き散らした。

「サクライ先輩!」

「ニノちゃん!?」

 俺とフィオナの声が重なる。

 巨大な光弾は次々と撃ち出され、続々と壊獣に着弾していく。その度に爆風と閃光が弾け、壊獣は徐々に体制を崩していった。

「やぁ、二人とも。頑張ってる?」

 背後からサクライ先輩の声がした。

「ありがとうございます、サクライ先輩!」

 振り返らずに礼を言う。

 本当に近くにいたのか。駆けつけてくれたのか。わからないが、とにかくものすごく助かった。九死に一生を得た。ありがとうサクライ先輩!

 巨大な光弾は今の間にも着弾し続け、壊獣が完全に体制を崩した。光線も満足に維持できなくなり、拮抗していた巨大な球体は霧散し、俺たちのビームが勢いを増す。

「前も言ったと思うけど、僕の魔法じゃ壊獣は倒せないから、後は頼んだぜ」

「まかせなさい!」

 俺たちは最後の力を振り絞ってビームを押し込んでいく。体制を崩した壊獣は何とか立て直そうともがくが、その度にサクライ先輩の魔法が着弾して立て直すことができない。

「おおおおおおおおおおッ!」

「やあああああああああッ!」

 もうエンペドクレスがもたない! 俺の魔力も限界だ!

「シャン! いくわよ!」

 フィオナが叫ぶ。

「ああ!」

 俺もそれに返す。

 俺たちは同時に、突き出していた手をさらに前に前に突き出した。

『これで——』

 ついに壊獣の光線が消え去り、俺たちのビームが壊獣のコアを飲み込んだ。

「最後よ——!」「最後だ——!」

 ビームの中に含まれた俺の魔力が、コアを中心に一気に壊獣のフィールドを中和していく。そしてその勢いのまま、剥き出しになったコアにビームが突き刺さった。

「グエエエエエエエエェェェェェェ!!!!」

 コアに罅が入る。壊獣の断末魔のような悲鳴が響き渡る。

「われなさ——い!!」

 フィオナの叫び声。

 壊獣が最後の力を振り絞るように羽ばたく。

 その瞬間、罅が全体に広がり——コアが砕け散った。

 動きを止め、落下を始める壊獣。俺たちのビームは空の彼方に飛んでいき、姿を消した。

「やった……のか?」

 思わず呟く。

「シャン君、そう言うのはフラグになるんだぜ?」

「フラグ……?」

 怖いこと言わないでくださいよ、サクライ先輩。

「やったわね、シャン!」

 握っている手を上に突き出して叫ぶフィオナ。握ったままなので俺も突き出す形になる。

 ……ああ、そうか。やったのか。

 壊獣を倒したのか、俺たち。

「やった……な。やったな、フィオナ」

「そうよ。あたしたちがやったのよ。もっと喜びなさいよ!」

 やったんだ、俺たち。

 じわじわと実感が湧いてくる。前回はすぐに気絶してしまったからいまいち実感が湧かなかったが、今回はちゃんと五体満足で無事に済んでいる。

 ——やった! 俺たちがやったんだ!

「どうやら、カレナちゃんたちの方も終わったみたいだぜ」

 サクライ先輩の声に下を見ると、あの爬虫類のような見た目をした壊獣が倒れ伏すところだった。どうやら向こうもきっちり倒すことができたらしい。

 よかった。倒せたということは、二人とも無事なのだろう。よくよく見ると、フルトがこっちに向かって手を振っているのが見えた。

「これで終わり、ですね」

「そうだね。ま、上出来じゃない? 

「……? 何を言って——」

 瞬間、車に撥ねられたような凄まじい衝撃が襲ってきた。

「シャン——!?」

 フィオナと握っていた手が離れる。叫び声が耳に木霊する。

 何、だ……? 何が……?

 突然の衝撃に頭を揺さぶられ、思考が乱れる。元々魔力を限界まで使っていた俺は、全く飛行体制を維持できずに衝撃に吹き飛ばされたまま落下する。

 チラリと視界に入ったのは、カラフルな一枚の羽。

 壊獣の羽……? なんで……。

 一瞬頭をよぎったのは、壊獣のコアが砕ける直前に羽ばたいた壊獣の姿。

 ——もしかして、あの時撃ち出していたのか……?

「シャ——ン!」

 追いかけてきたフィオナが俺の手を掴む。が、人一人分の体重を支えるのは容易ではなく、そのままフィオナも落下する。

 俺が最後に見た光景は、泣きそうな顔で俺の手を掴むフィオナと、真っ白に染まっていく世界だった。

 そこで、俺は真っ黒な球体にフィオナごと落ちて行った。

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