第9章

 部屋で一人、漫画を読んでいた。少年漫画だったと思う。

 敵として巨人が出てきて、主人公たちは協力してその巨人に立ち向かっていく。有名な少年漫画雑誌に連載されていた作品だった。

 俺はその漫画を買い集めていた。すごく好きだったわけでは無いが、発売日を調べて新刊を買いに行くくらいには好きだった。

 そんな漫画を読んでいると、無遠慮に俺の部屋に一人の少女が入ってきた。ノックもせずに勢いよくドアを開けたのは俺の幼なじみだ。そのままズカズカとベッドに寝転んで漫画を読んでいた俺の目の前にまでやってきた。

「大穴、見に行くわよ」

 そう言って入ってきたのと同じくらい勢いよく出て行った。

 大穴って、最近できたあの底の見えないくらい深くて、湖くらいでかいあの穴のことか?

 ……あんまり行きたくないんだよな、いい予感がしないし。

 まぁでも、一度言い出したら聞かない奴だし、俺が何を言っても無駄だろう。大人しく従って早々に満足してもらうに限る。

 俺は机の上に置いていたバイクの鍵を手に取ると、自分の部屋から出て行った。






「今回の作戦目標は市街で暴れ回っている怪物。仮コードネームは『壊獣』。神話に登場する巨大な怪物と同じ名前を付けられたわ。まぁ、あんなもの神話の世界からやってきたとしか思えないものね。少なくとも人の世界にいていいものじゃないわ」

 出撃する直前、ナオミ先生からそんな話をされた。

「いくら軍事大国の帝国だって、通常兵器の効かないあんな怪物の相手をするには荷が重いわ。……あんた達子供にこんなことをやらせるなんて、大人として間違っているとは思うけど」

 ナオミ先生は俺たち二人に向かって頭を下げた。

「この国を、この街を……私たちの家族を守って。お願い」

 頭を下げているせいでその表情は伺えないが、悔しそうな声音から何を思っているかは伝わってくる。

「……まぁ、最善を尽くします」

 大丈夫、とは言えなかった。あんなものを相手にして、大丈夫と言えるほど俺のメンタルは強くない。喧嘩だって今までろくにしたことないのに、いきなり巨大な怪物の相手をするのだ。自分で志願したこととはいえ、怖いものは怖い。

「ええ、お願い。必ず無事に帰ってくるのよ。……アインスタインさんもそれを望んでるわ」

 顔を上げたナオミ先生は、俺と目を合わせてそんンなことを言ってきた。

「あいつがヴァルハラまで追いかけて文句を言いにくることがないようにしないといけませんね」

 そこまで言葉を交わした後、俺とラドフォードは出撃した。

 エンペドクレスを起動し、飛行術式を発動する。実験で何度も行った工程だからとてもスムーズだ。

 俺たちはそのまま高度を上げると、建物がないところまで軍によって誘導された壊獣の元へ向かう。この街の建物は未だ高層建築が発達していないので、良く見通しが効く。壊獣を視認するのは早かった。

 壊獣は街から少し外れた山の麓にいた。周りの木々をが薙ぎ倒され、壊獣のいる場所だけぽっかりと穴が空いているようだった。

 壊獣は手足を振りまわし、周りを飛んでいる軍の魔法使いを打ち落とそうとしていた。

 魔法使い達は器用に空中を飛び、壊獣の手足を交わしている。下からは帝国陸軍が戦車を出動させ砲撃しているが、壊獣は全く意に介した様子はない。通常兵器が効かないというのは本当らしい。

 魔法使いはうまくかわしながら時々魔法を放っていた。こちらも壊獣に傷をつけることはできていない。

 帝国軍は壊獣に対して有効打を与えられていないが、今のところ壊獣も帝国軍に大した損害を与えることができていない。壊獣と帝国軍で均衡しているように見えるが、このままいけば疲労が溜まって武器弾薬が無くなる帝国軍のジリ貧だ。

「あれ、本当に俺たちにどうにかできるのか?」

 思わずつぶやく。確かに通常兵器とか普通の魔法使いにはどうにもできないとサクライ先輩が言っていたが、だからといって本当に俺たちの持つエンペドクレスでもどうにかできるのだろうか。アインスタイン少将はエンペドクレスでしか対処できないと言っていたが、そもそも何故そんなことがわかるのか。あんなものが出てきたのは、今日が初めてだろ?

「壊獣に通常兵器は効果がない。壊獣の胸にある菱形の青いコア。あれを破壊することで壊獣は生命活動を停止する。そして、あの青いコアは同じ性質を持つ物質からしか影響を受けない。エンペドクレスはあの青いコアと同じ性質を持つ。だから、大丈夫」

 俺の呟きが聞こえたのか、ラドフォードからそんな回答がきた。

 ラドフォードが長々と喋ったことに驚いて、ラドフォードの方を向く。ラドフォードは俺が向いたのに気づいたのか、俺と目を合わせてきた。

「なんでそんなこと知ってるんだ?」

 確かに、壊獣の胸元には菱形の青い物体がある。あれがラドフォードの言うコアなのだろう。あれを壊せば生命活動を停止する、ということはあの青いコアが壊獣の心臓みたいなものなのだろう。

 だが、何故ラドフォードはあのコアのことであるとか、コアとエンペドクレスが同じ性質を持つと知っているのだろうか。アインスタイン少将は万物の元に関係しているとは言っていたが、ここまで詳しい話をしてくれたわけではない。

「私は、壊獣の撃滅を目的に設計され、。型番は2025QA1。名称はカレナ・ラドフォード。製造されて以降、最新アップデートまでに記録された壊獣のデータは全てインストールされている」

「……は?」

 え、いきなり何言ってんのこの子は。こんな、生死の狭間に今から突っ込んでいくようなタイミングで、そんなこといきなり言われましても。

「このタイミングでいきなり冗談はよせ。言うならさっきの待機時間にしてくれ」

「冗談ではない。今までは聞かれていなかったから伝えていなかっただけ」

 いつもの無機質な瞳でこちらを覗き込むように見てくる。表情がかわらないから本当に冗談じゃないのか、冗談なのかわからない。こんな場面でこんなこと言われたって困る。

「……いや、わかった。その話はこれが終わった後、改めて詳しく教えてくれ。今はあの壊獣のことだ」

 この話は一旦置いておこう。今ここでする話じゃない。そんな話が始まったら俺は壊獣に集中できなくなって確実に死ぬと思う。なんだよアンドロイドって。ループしてる人も異世界人もあくまで人だったのに、ここにきて人じゃなくなるとか勘弁してくれ。せめて心の準備をさせてくれ。

「わかった」

 俺の心の声が聞こえたわけではないだろうが、ラドフォードは頷くと壊獣の方に顔を向け直した。

「それで、あの青いコアを壊せばいいんだな」

 壊獣に集中するために、ラドフォードが言っていたことを再確認する。まぁこの場面で嘘を吐くようなこともないだろうし、言ってることは本当なんだろう。

「そう。ただ、普通に魔法術式を撃っても、壊獣全体を包んでいる位相をずらすフィールドに阻まれて届かない。一人がフィールドを中和させている間に、もう一人がコアを攻撃する必要がある」

「位相をずらすフィールド? なんだそりゃ」

「壊獣は体全体に、この世界とはほんの少しだけ位相のずれた空間を発生させるフィールドを常に身に纏っている。このフィールドのおかげで通常兵器による攻撃は意味をなさなくなる。このフィールド自体は通常の魔法を扱うディスクでも中和することは可能だが、現在の技術で作成された通常のディスクでは出力が足りないため、中和を行うことは非常に困難。だから、私かあなた、どちらかがフィールドを中和し、どちらかがコアを攻撃する必要がある」

 スラスラと説明してくれるラドフォード。……本当に壊獣のことを知ってるっっぽいな、こいつ。

 しかし、位相をずらすフィールド、ねぇ……。完全にSFとかファンタジーの世界だな。いや、魔法使いなんて存在がいたんだから元からファンタジーじみた世界ではあるのだが。

「フィールドの中和ってどうやるんだ?」

「言語で説明するのは難しい」

「じゃあ俺がコアを攻撃する方をやる。中和の方はラドフォードに頼んだ」

「わかった」

 言語で説明するのが難しいってなんだ。じゃあ何で説明できるんだ。

 なんて思ったから、俺は迷わず攻撃する方を選んだ。言語で説明するのが難しい事柄を俺が理解できるかなんてわからないしな。できないことをこんな大一番でやる必要もないし、説明することが難しいって言ってるってことは、説明できるほどに理解してるってことなんだから、理解しているラドフォードがやった方が確実だろう。

 なんてやりとりをしていると、近づきすぎた戦車が暴れていた壊獣に踏み潰され、爆発する。爆風に煽られた一人の魔法使いが体制を崩し、振り回された壊獣の腕に当たり吹き飛ばされた。

「……!」

 声にならない悲鳴をなんとか飲み込む。壊獣の腕に当たった魔法使いが、手足をちぎれさせながら吹き飛ばされるのが目に見えた。あれではおそらく助からないだろう。……いや、おそらくではなく、助からない。

 ……ああ、くそ。目の前で人が死んだ。さっきの街中で光線を放った時だって大勢の人が死んでいただろう。でもそれは俺の目には入らなかった。だから意識していなかった。

 だが、今目の前で人が死んだ。爆発した戦車の中にも人が乗っていただろう。

 ……死ぬのは怖い。出撃する前だってそう思っていた。そして、今も改めてそう思う。これから、一歩間違えれば俺もああやって手足をちぎれさせながら死ぬかもしれないのだ。

 一瞬、逃げ出してしまおうか、なんて思いが湧き出て、それを頭を振って心から追い払う。今更の話だ。俺はフィオナに死んでほしくないからここに来たのだ。俺が逃げ出すなりなんなりしてしまうと、結局フィオナがここに来てしまうことになる。普段の勝ち気で強引で成績優秀なフィオナならなんとかなるかもしれないが、今日のあいつはダメだ。

 ……自分で選んだんだろ、俺。

「さっきも言った。あなたを死なせたりはしない」

 隣から声がかかった。

「……ありがとう」

 ……もうここまできてしまったのだ。後はできることをするしかない。心強いし、情けないことでもあるが、ラドフォードが二回も死なせたりしないといってくれている。これ以上怯えたってどうしようもない。

 俺とラドフォードは壊獣に近づいていく。俺たちが近づいてきたことに気づいたのか、連絡が入ったのか、それまで壊獣を激しく攻撃していた帝国軍の攻撃が散発的になった。俺たちを巻き込まないようにするためだろう。壊獣の足元を中心に、妨害するような形に切り替わった。

 だいぶ壊獣に近づいたところで、俺は改めて壊獣をじっくりと見定めた。

 猪とライオンを足して割ったような頭部。口からは牙が覗いている。全身にびっしりと黄土色のような毛が生えていて、手足の指はそれぞれ五本ずつある。立ち上がった姿は人型の巨大な化け物だ。俺の身長なんて壊獣の手のひらよりも小さい。握り潰されたら一発で死ぬな、あれは。

 よくよく見ると、時々体がずれて見える。棒を水の中に刺したときに、水の外と中で見え方が違う。ああ言う感じに、何か隔てているかのような見え方をする。たぶん、あれがラドフォードの言っていた位相のずれを発生させているフィールドとかいうやつだろう。

「では、私は中和を開始する。あなたは壊獣のコアを貫けるよう、魔法術式を組んでおいて」

「了解。中和が終わったら教えてくれ」

「わかった。中和が終わり次第合図をする。私は中和の精度を上げるためにもっと壊獣に近づく。あなたは私が合図を送ったらコアに向けて魔法術式を打ち込んで」

「それも了解。俺はここで魔法術式を組んでるから、気をつけて近づいてくれよ」

 ラドフォードは頷くと、一人で壊獣まで飛んで行った。

 魔法使いたちが牽制を続けているおかげで、壊獣はいまだに手をブンブン振っている。顔の前に飛んできた羽虫を追い払うような動きだ。まぁ、あの壊獣にとって俺たちは羽虫みたいな存在かもしれないが。あの中に近づいていくには、相当の勇気と飛行技術が必要だろう。

 ……それにしても、なんだろう。俺はあの壊獣の凶悪な面を見たことがある気がする。サクライ先輩と行った遺跡の地下にあったモニターでの映像ではなく、直にこの目で見たような。すごい既視感がある気がするのだ。

 だが、それはおかしいだろう。あいつは今日初めて俺たちの目の前に現れたのだ。それ以前は音沙汰なんてなかった。こんなものが出てきてたら一大ニュースになって国中を駆け巡るはずだ。しかしこれまでそんなことは一度もなかった。だから、この壊獣を見たのは今日が初めてで間違いない。

 俺は魔法術式を起動する。士官学校の授業の一環で習った、貫通力の高い術式だ。本来は装甲車のようなものを貫くために用いるような術式。

 ラドフォードが壊獣に肉薄する。壊獣に向かって手をかざすと、胸の青いコアが光だした。おそらくフィールドの中和を始めたのだろう。

 胸元が光ったからか、自らのフィールドが中和されていることに気づいたからか。壊獣は口を大きく開けると、地鳴りのような咆哮を上げた。ブンブンと振り回すだけだった腕を一旦止め、視線を目の前にいるラドフォードに固定する。自分のフィールドを中和しているのがラドフォードだと気づいたのだろう。

 羽虫を追い払うように適当に振り回されていた腕が、明確にラドフォードを狙って振るわれるようになった。ラドフォードは壊獣の腕を避けながら、中和を途切れさせずに続けている。

 その光景に、やっぱり俺はどこか見覚えがある気がしていた。暴れる怪獣と、応戦する人。あの壊獣は確か『哺乳類型』とか呼ばれていて、様々な哺乳類としての特徴を持っているらしい……なんて、俺はどこで聞いたんだ? ここに来るまでに、そんな話は聞いたことがないはずだ。

 何度も感じる既視感に、知らないはずの知識を知っている。サクライ先輩と遺蹟に行った時からだ。

 一体なんだというんだ。俺は、俺の知らないところで何を知っている? 何を見たことがある? サクライ先輩の言う、ループの話にまつわることか? 俺にもループの記憶が断片的にあるとか? ……いや、そういうことではないということも、なんとなくだがわかる。

 俺は確信を持って『壊獣を見たことがある』と言える。何故だかはわからない。わからないが、そう確信できる。だが、どこで? どこで見たんだ、俺は。

 今生の記憶ではありえない。では前世の記憶か? いや、前世の記憶にも壊獣の記憶なんてものはない。でも、確かにどこかで見たんだ。

 ——そうやって、考え込んでいたのが悪かったのだろう。俺の知らない、俺の知っている事柄に混乱して、ここがどこなのかということが頭からすっかり抜け落ちていたのが。

「避けて!」

 ラドフォードの叫び声が聞こえた瞬間、俺は目の前が真っ白になり、激しい衝撃が全身を貫いた。猛烈な痛みと衝撃に飛行態勢は維持できなくなり、組んでいた貫通術式も霧散し俺は空から地面に向かって落ち始めた。

 ……ラドフォードの大きな声なんて初めて聞いたな、なんて場違いなことを思う。

 馬鹿だな、俺。ここにくる前に死ぬのが怖いとか自分で言っておいて、ちょっと気になることがあったらここがどこかも忘れて考え込んで、これだ。

 中和のために近づいて行ったラドフォードと違って、離れたところにいたから安心してたのか? 救いようのない馬鹿だな。俺はあいつが光線を口から放つところを見てたじゃないか。それが、何故今打たれないなんて保証できる?

 ——くそっ。このままじゃ地面に激突して終わりだ。なんとかしろ、俺。

 落下しながら自分の状態を確認する。——腕、動く。手、動く。足も動く。目も見える。耳も聞こえる。所々魔導服がボロボロになっていて血を流しているが、まだ手足の動く五体満足の体をしている。

 どうやら直撃したわけではなく、あの光線は掠っただけらしい。まぁ、街を破壊したあの光線だ。直撃していたらいくら丈夫な魔導服を着ていても、今頃消し炭になっていたことだろう。

 エンペドクレスに魔力を通す。この透明な賢者の石が嵌め込まれたディスクは、俺の魔力をしっかりと飲み込み、調整してくれている。全く故障している気配はない。これを作ったマッドは人の命をなんとも思ってなさそうなマッドだったが、作るものはきっちりしっかり作っているらしい。

「——死んで、たまるかッ!」

 地面に激突する直前、飛行術式を再起動する。重力に逆らい体が浮かぶ感覚がする。落下するスピードが急激に下がり、しかし浮かぶまではいかずにそのまま地面に落下した。

「ぐはっ——ってぇ……!」

 背中から地面に激突し、肺の中の空気が全て外に吐き出される。声にならない声が口から漏れて、背中から全身に伝わった激痛にのたうち回る。

 いってぇ! マジで痛い! なんか骨が折れた気がする! 具体的にどこの骨かはわからんが絶対どこかやった! それぐらい痛い!

 でも生きてる! 絶対死んだと思ったけど、俺まだ生きてる! そこは褒められる! 俺よくやった! でもこのままだとたぶん死ぬ!

 全身を巡る痛みに地面をゴロゴロと転がっていたが、このままではまずいと直感的に思ってなんとか静止し、方膝立ちくらいまで姿勢を上げる。

 全身が死ぬほど痛い。どこかに力を入れるたびにどこかが痛む。こんな場面で気を逸らした自分の自業自得とはいえ、マジで死ぬかと思った。

 この痛みの恨み、晴らさずにいられようか。いや、いられるはずがない。やられたらやり返す。人間様の意地ってもんを見せてやるぞ!

 なんて自分を茶化しながら顔を上げる。……正直、そうでもしないとやってられないのだ。だって、怖いのだから。

 死にかけたんだぞ、俺。今だって全身がめちゃくちゃ痛いんだぞ。こうなる可能性があるのは頭ではわかってた。わかってたけど、わかってただけで、実際には理解なんてしてなかったんだ。

 少しでも心が挫けたら逃げ出してしまいそうだ。いやだ、俺は死にたくない! って叫んでいる俺がいる。けれども、逃げ出したらどうなるかわかってんのか! って叱咤している俺もいる。どっちの俺も本物で、今は少しだけ叱咤している俺の方が強いから、逃げ出さずにここにいるだけだ。

 ——俺が恐怖に負けて逃げ出してしまう前に。その前に、あの壊獣を倒さなければ。

 そう決意を込めて壊獣を睨みつける。と、同時に目に入る光景。

 壊獣の口の周りに光が集まっていく。どう見たってもう一度あの光線を放とうとしているようにしか見えない。帝国軍が必死に牽制攻撃を放っているが、全く意に解していない。壊獣の視線の先には——俺だ。

 あ、これ俺死んだわ。

 そう思った瞬間、壊獣の口から光線が放たれた。目を開けていられないほどの眩しさが目を襲い、反射的に顔を腕で覆う。全く無意味な行動だ。そんなことしたって結果は変わらないのに。ああ、くそっ。ここで終わりか、俺の人生。心残りはそれなりにあるが、一番はやっぱりフィオナのことで——って、どうしたんだ? なんで俺はいまだにモノを考えられる? あの光線の速度だぞ。一瞬で死ぬに決まってる。だが、俺の体に光は届いていない。何故?

 俺は顔を覆っていた腕を退ける。相変わらず激しく眩しい光が迫ってきていたが、その光は俺の少し手前で止められていた。

「あなたを死なせたりしないと言ったはず」

 いつの間に俺のそばまで来ていたのか。

 ラドフォードが俺の前に立ち、防御術式を起動させて壊獣の放った光線を受け止めていた。ガラスが何度も割れるような音が半球状に俺たちを包む防御術式から響いていて、その度にラドフォードの体から血が流れる。

「ラドフォード!?」

 咄嗟に名前を叫ぶ。というか、それくらいしかできない。死んだと思ったら、ラドフォードに庇われていた。突然の出来事すぎて理解が追いつかない。

「あなたはそこでじっとしていて」

 ラドフォードはそう言うと、さらに術式に魔力を込める。俺たちを覆っている半球が少し大きくなったように見えた。またガラスの割れるような音がして、ラドフォードの頬から血飛沫が上がる。

「大丈夫か、ラドフォード!?」

「大丈夫」

 本当に大丈夫なのか? 音が響くたびにラドフォードの流す血の量が増えていく。魔導服もボロボロになっていき、痛々しく出血した素肌が見え隠れする。

 ……俺か。俺のせいか。俺が油断して撃ち落とされなければ、こんなんことにはならなかった。俺が馬鹿だったから、ラドフォードがこんなに傷ついているのか。

 いつまでも耐えるラドフォードに焦れたのか、壊獣は光線を放ちながらまた口の周りに光を集め始めた。あいつ、まさか光線を撃ちながらもう一度撃つ気か!?

「逃げろ、ラドフォード!」

 壊獣の様子に気づいた瞬間、俺は叫んだ。目の前で守ってくれているラドフォードが逃げたら俺がどうなるかとか、そんなことは全く頭になかった。そもそも俺が自分で招いた事態なのだ。その結果俺がどうなろうがそれは俺の自業自得というものだ。だが、ラドフォードは違う。こんなところで俺のために死んでいいはずがない。

「あなたを置いて、私一人で逃げたりはしない」

 ラドフォードが俺の方に顔を向けて言う。その顔は、どこか微笑んでいるようにも見える、初めて見る表情で。

 咄嗟に俺が腕をラドフォードに伸ばしたのと、壊獣がもう一度光線を放つ光景が重なる。

 ラドフォードが受け止めていた光線が一回り太くなり——俺たちを覆っていた防御術式が凄まじい音を響かせながら割れ、ラドフォードの体が宙に舞った。

「ラドフォード——!!」

 ラドフォードが地面に落ちる。全身から真っ赤な血を流していて、もはや無事なところを探す方が困難なように見える。倒れたまま一向に動く気配がない。

 ……嘘だろ、おい。ラドフォード、死んでないよな……? 死んで……俺のせいで。どう見たって大丈夫じゃない。あんな怪我、無事でいる方がおかしい。

「くそッ……」

 なんで俺なんか庇ったんだよ。自分の馬鹿で落ちた俺なんか放っておけばよかったのに。なんで……どうして——いや、こんなこと考える暇もないし、こんなこと考えるのはラドフォードに失礼だってことはわかってる。でも、どうしてもそう思わずにはいられない。

 呆然とラドフォードを見る。倒れたまま動かないラドフォードは——いや待て。今指が動いたぞ! 生きてるのか!?

「ラドフォード! 大丈夫かラドフォード! 俺の声が聞こえるか!?」

 痛む体を無理やり動かしラドフォードの元に駆け寄る。間近で見ればラドフォードの胸は呼吸によって上下していた。生きてるぞ!

「よかった……」

 ラドフォードが生きていることに安堵する。本当に生きててくれてよかった。俺なんかのために死んでしまわないで、本当によかった。

 安堵したのと同時に、激しい怒りが込み上げてくる。

 それは今もなお暴れ続けている壊獣に対してと、あまりにも不甲斐ない自分に対してだ。

 なんなんだよあのクソ壊獣! いきなり現れて街ぶっ壊して! 俺たちが何したっていうんだよ!

 とんでもないクソ野郎だな俺は! 自分のミスで撃ち落とされた挙句、俺を庇ってラドフォードがこんなことになってるんだぞ! 足手まといにしかならないなら最初から志願なんかするな!

 ああ、くそっ! くそっ! くそっ! なんだっていうんだ、本当にッ!

 壊獣と、自分に対する怒りで思わず地面を殴りつける。土を叩く鈍い音がして、殴りつけた手に痛みが走った。

「——っ」

「——なんだ!? なんて言ったんだ、ラドフォード!?」

 俺が地面を殴りつけた瞬間、ラドフォードが何事かを呟いた。俺の声が聞こえたのか、ラドフォードは顔を俺の方に向けると、もう一度口を動かした。

「フィールドの……中和に、成功した……。今、なら……コア、を……貫ける……」

 ハッとした。

 こんな状況でも、ラドフォードは壊獣を倒すことを……?

「壊獣を……あなたなら、できる……」

「——わかった。やってやるよ、ラドフォード」

 ガチャガチャと誰かが近づいてくる音がする。顔を上げると、俺たちが落ちたのを見て駆けつけてきたのか、壊獣と戦っていた魔法使いの一人が近くまでやってきていた。

「大丈夫か、君たち!」

「ラドフォードを頼みます」

 目の前まできた魔法使いの人にそう告げる。俺は立ち上がると、飛行術式を起動した。

「任せてくれ! ——っておい、君もボロボロじゃないか! その体でどこに行こうっていうんだ!?」

「そんなの決まってるじゃないですか。壊獣を倒しに、ですよ」

 そう言うと、俺は今もなお暴れ続ける壊獣に向かって全力で飛び出した。

 撃ち落とされる前に組んでいた貫通術式をもう一度組み上げる。フィールドが中和され、あの奇妙なずれが無くなった壊獣は、通常兵器の攻撃でも傷がつくようになっていた。だが、あの胸にはめ込まれた青いコアには傷が一つもついていない。やはり、ラドフォードの言っていた通り、あれはこのエンペドクレスでしか破壊することができないのだろう。

 ——やってやるさ、ラドフォード。俺のせいでお前をこんな目に遭わせてしまった。ならせめて、俺にできることは全力でやってやる。

 壊獣が自分の方に飛んでくる俺に気づいたのか、またもや光線を放とうと、口の周りに光を集め始めた。

 こいつ、普通の軍や魔法使いには羽虫を祓うような関心しか向けないくせに、俺やラドフォードには明確に敵意を向けてくるな。獣みたいな見た目してるし、やっぱり本能的に自分を殺せる存在っていうのがわかるのだろうか。

 なんて考えながら、再び放たれた光線を咄嗟に横に飛んで避ける。さっきは不意を突かれて当たってしまったが、真っ直ぐにしか飛んでこないとわかっていれば交わすのはそんなに難しい事ではない。横か上下に飛べばいいだけだしな。

 貫通術式は別に離れてても威力が減衰したりだとか、そういうことはない。魔力の届く範囲ならば一定の速度と威力で突き刺さる。だから俺はさっき遠目から放とうとした。だが、今は別だ。

 ラドフォードが傷付いて倒れた。俺のせいだ。俺が不甲斐ないせいだ。けれども、そもそもの原因はこいつだ。この不気味で巨大な怪物が現れなければ、そもそもこんなことにはなっていないのだ。

 俺は自分自身にも、この壊獣に対しても怒りを持っている。

 絶対にこの壊獣を倒す。

 絶対にこの術式を当てる。

 そのために、俺はこいつの目の前まで近づいて、コアに直接術式を当てる。

 そう思って近づいているのだ。

 馬鹿なことしてるのはわかっている。遠くから何度も打ち込んで倒した方がいいってこともわかってる。でもそれでは、俺の気が収まらないのだ。

 あと少しまで近づいたところで、壊獣が腕を奮ってくる。俺を叩き落とそうという腕の動きだ。

「——っ!」

 上から振り下ろされた右腕をかわす。下から突き上げられた左腕をかわす。横から振るわれた右腕をかわす。左腕をかわす。右腕をかわす。左腕。右腕。

「こ、の……くたばれぇッ——!!」

 腕をかわした先、目の前に迫った青いコアに貫通術式を叩き込む。巨大な槍のような魔力が放たれ、コアに直撃する。

 ——ガアアアあああああああぁァァぁあああッッッ!!!

 壊獣の叫び声がけたたましく響き渡る。コアに罅が入る。

「もう一発だッ!」

 エンペドクレスに魔力を流し込み、もう一発の貫通術式を組み上げる。そのまま重ねて撃ち出した。

 罅がさらに大きくなる。撃ち出した術式に魔力を上乗せする。術式の勢いが増す。

 壊獣の叫び声が大きくなる。俺の頭上に大きな影が現れる。チラリと上を見ると、苦し紛れに壊獣が自分の手を胸に向かって振り下ろしてきていた。俺を潰そうとしてきているのだろう。

「くたばれっていってんだろッ!」

 もう一発貫通術式を起動する。都合三発目の貫通術式だ。多重に起動させた貫通術式に、エンペドクレスが悲鳴をあげている。だがここで緩めるわけにはいかない。

 影が迫る。コアの罅が大きくなる。さらに影が迫る。罅がコアの端にまで広がる。

「これで、最後だ——!」

 四発目の貫通術式を起動する。エンペドクレスが異常に発熱し、淡く光る。魔力の槍がコアにぶち当たる。

 金属が砕ける凄まじい音が響いて、ついにコアが砕け散った。

 俺のすぐ頭上にまで迫っていた壊獣の手が離れる。二本の足で立っていた壊獣の足が崩れ落ちる。コアが砕かれた勢いのまま仰向けに倒れていく。

 周りの木々を薙ぎ倒しながら地面に倒れる壊獣。

「はぁっ……、はぁ……っ」

 倒した……のか?

 倒れた壊獣はピクリとも動かない。その凶悪な瞳からは光が失われているように見えた。

「やって……やってやったぞ……!」

 じわじわと喜びが湧いてくる。壊獣の手足の先から、砂のように体が崩れていく不思議な光景が繰り広げられている。

 やった! あのクソ壊獣をやってやった! やってやったんだよ!

 拳を握りしめる。やったぞラドフォード! やったぞフィオナ!

「やった……ぞ……」

 急激に力が抜ける。まずい、魔力を使いすぎた……! このままだと飛行術式が維持できない……!

 エンペドクレスが機能を停止する。飛行術式が霧散し、落下が始まる。それと同時に意識が薄れ始める。

「く……そ……すまん、フィオ、ナ……」

 最後に漏れたのは、そんな呟きで。

 地面がものすごい勢いで近づいてくる中、俺の意識は暗闇に落ちた。






 目が覚めると、真っ白な天井が広がっていた。

「……知らない天井だ」

「あんたバカじゃないの?」

 なんとなく呟いた言葉に反応があって、俺は思わず声の下方に振り向いた。

 そこには椅子に座った、学校の制服を着たままのフィオナがいた。俺はといえば、どうやらベッドに寝かされているらしい。

「バカとはなんだ、バカとは」

「バカにバカって言っただけよ」

 腕を組んで不機嫌そうに言うフィオナ。

 俺はベッドから起きあがろうとして、全身の痛みに思わず呻き声を上げた。

「だからバカって言ってんのよ。あんた全身傷だらけの状態でこの軍病院に運び込まれたのよ? そんなすぐに起き上がれるわけないじゃない。最後地面に落ちていった、意識のないあんたをギリギリのところで拾い上げてくれた軍の人に感謝することね」

「そうか……それで俺生きてるのか。それは感謝しないとな」

 大人しく力を抜いて、マットに身を預ける。痛くて起きあがろうにも起き上がれないし。

「ラドフォードは?」

 気になっていたことをフィオナに聞く。軍の魔法使いの人に頼んではいたが、ラドフォードはどうなったのだろうか。俺より重症だったと思うんだが。

「カレナもこの病院に運び込まれてるわ。あんたよりも酷そうに見えたけど、もう起き上がって動けるようになってるわよ」

「そりゃよかった。……ところで俺ってどれくらい寝てたんだ?」

「三日ね。あんたが壊獣を倒してから、もうそれくらい経ってるわ」

「三日!? 俺そんなに寝てたのかよ」

 今までの人生でそんなに意識飛ばしたことないぞ。やっぱ相当ギリギリだったんだな、あの時の自分。まぁ、そもそも飛行術式起動しながら四重も貫通術式起動するなんて、普通はしないしな。授業の訓練とか、実験の時だってそんな無茶はしなかった。

「俺のディスクは?」

「そこに置いてあるわよ。まぁ、オーバーヒートして最低限の機能しか使えなくなってるけど」

 そう言ってフィオナはベッド脇の小棚を指さした。透明な賢者の石が嵌め込まれたディスクが小棚の上に置かれていた。外見上は特に壊れているようには見えないが、意識のなくなる直前に機能を停止していたので、そのまま故障したのだろう。

 改めて自分がいる部屋を見渡す。病室というにぴったりな真っ白な部屋で、贅沢にも一人部屋だ。窓から太陽の光が差し込んでいて、今が昼間だと知らせてくれている。部屋には俺とフィオナしかいなかった。

「……そういえばなんでお前がいるんだ?」

 そう言うと、フィオナは不機嫌そうな顔をますます不機嫌に歪めた。

「何よ、あたしがいたらいけないわけ?」

「そんなこと言ってないだろ」

「ふんだ! ……あたしは隊長だから、部隊員の面倒を見る必要があるのよ」

「そりゃご苦労さまなことで」

「本当よ! あんた、自分が死にかけたのわかってんの!? 今そうやって、いつもみたいに飄々と喋ってるけどね! 一歩間違ってたらあんた今ここにいなかったのよ!?」

 大きな声を出して立ち上がるフィオナ。

「急にどうしたんだよ」

「どうしたんだ、じゃないわよ! あんた本当にバカね! あたしが、どれだけあんたのこと……!」

 俺を睨みつけるフィオナの瞳から、雫が一粒溢れる。一度流れ始めたその涙は、止まらずに次々と瞳から頬を伝っていく。

「あんたが眠ってる間、気が気じゃなかった!」

「……すまん」

「こんな……こんな思いするくらいなら、あんたに変わらずにあたしが出ればよかった……!」

 俺にしがみつくようにして掛布に顔を埋めるフィオナ。そんなフィオナに、俺は相変わらず「すまん」と謝ることしかできなかった。

「フィオナ」

 でも、これだけは伝えなければと思って、フィオナに声をかける。

「……何よ」

 フィオナは顔を上げずに声だけで返事をする。

「俺はお前が無事でよかったと思ってるよ」

 俺がそう言うと、フィオナはおずおずと顔を俺に向けてきた。それから数舜何か言おうと口をモゴモゴと動かして、結局出てきた言葉は「あんたって本当にバカね」と言うものだった。

「そうだな……今回ばっかりは、俺もそう思うよ」

 俺のそんな言葉に、泣いて腫れぼったくなった目でフィオナは笑った。






 一通り泣いて、泣き疲れたフィオナは「帰るわ。あんたも目を覚ましたし」と言って病室を出ていった。そして入れ替わりにラドフォードが入ってきた。簡素な入院患者が着るような服を着ている。頭や腕に包帯を巻いているのが見て取れた。

「よう。無事だったみたいだな。あの時はありがとな」

「私は任務を果たすために行動しただけ」

 ベッドの近くまで来て、立ったまま言葉を交わすラドフォード。

「それでもだ。俺はラドフォードに命を救われたんだ。……椅子に座ったらどうだ?」

 そう言うとラドフォードはさっきまでフィオナが座っていた椅子に腰掛けた。

「動けるようになったら俺から礼を言いに行こうと思ってたんだが」

「あなたはまだ動けないから」

「動けるようになったらって言っただろ」

 会話が止まる。ラドフォードは相変わらずの無表情で俺を見つめてくる。

 なんだろう……何か用があったから来たのではないのだろうか。

 そう思っていると、再びラドフォードが口を開いた。

「あなたにはもう一度伝えておこうと考えた。だからここに来た」

「もう一度……? あっ」

 もしかして壊獣と戦う直前に言ってた私はアンドロイド云々って話のことか? あの後の出来事のせいですっかり忘れてたが、なかなかに衝撃的なカミングアウトだったな、そういえば。

「もう一度伝える。私は壊獣を撃滅する目的で設計され製造されたアンドロイド。型番は2025QA1。個体識別名称はカレナ・ラドフォード。私が製造された文明が壊滅した後スリープモードに入り、五年前に再起動した」

「それってやっぱり、マジの話なのか?」

「あなたの言葉をそのまま使うなら、マジの話。そして私には、壊獣を撃滅する以外にもう一つの目的がある」

「もう一つ?」

 壊獣を撃滅するっていうだけでも相当な目的だと思うんだが、さらにもう一つあるのか。

「とある特定の存在を監視すること。現在、その対象はフィオナ・アインスタインとなっている」

「フィオナ……? もしかして、フルトの言ってたフィオナの願いを叶える力ってのが監視の理由になるのか?」

 ここでもフィオナか。……というか、三千年前に製造されたっていうアンドロイドが、なんで現代のフィオナを監視する必要があるんだ? 三千年前にもフィオナと同じ力を持った奴がいたってことか?

「彼女の力は世界を変える力。自らの意思で振るえないとはいえ、その影響力は甚大。故に動向を監視し、逐次報告するようにプログラムされている。……とはいえ、私にはもう監視した情報を報告する相手がいない。だから、監視は本当に見てるだけ」

「そうか……そりゃそうだよな。ラドフォードの話が本当なら、報告する相手なんて三千年前にみんないなくなっちまってるよな」

 俺の言葉にラドフォードは頷く。

「そう。だから、代わりにあなたに報告することにした。あなたはフィオナ・アインスタインから信頼されてるようだから」

「いやすまん、意味がわからないんだが」

 急に何を言ってるんだ? 俺にフィオナの生態か何かを報告されても困るんだが。

「彼女が暴走しそうになったら止めてほしい、それだけ」

「でもあいつ俺の言うことなんて聞かないぞ」

「今回は聞いた。本当に大事なことは、あなたの言葉に耳を傾ける」

「……」

 そうだな。本当にそうならいいんだけどな。

「……そういえば、怪我はもう大丈夫なのか?」

 なんとなく、話の流れを変えるために怪我の話をする。怪我が心配だったっていうのは本当だ。……露骨だったかもしれないが。

 ラドフォードは包帯で巻かれた腕を持ち上げる。

「大丈夫。体内のナノマシンがボディの修復を行なっている。本当はこの包帯も必要ない」

 そう言ってラドフォードは巻いていた包帯を取り外した。包帯を外した下から出てきたのは、擦り傷や切り傷などの痛々しい傷跡が残る腕だった。

 思わず「すまん」と謝るが、よくよく見るとその傷跡が急速に治っていくのがわかった。数十秒もすると、あれだけ痛々しかった傷跡が跡形もなく治っていた。

「……どうやら、お前がアンドロイドだっていうのは本当っぽいな」

「最初から嘘はついていない」

「みたいだな……」

 ループしてる人と、異世界人と、アンドロイドか……。こんなのが集まるなんて、これもやっぱフィオナの力のせいなのか? 誰がこんなこと望んでるんだか……。

 ——本当は、誰が望んでるかなんてこと、とっくにわかってたのかもしれない。だが、俺はそれを見ないフリをしていたんだと思う。

「やぁやぁシャン君! 目を覚ましたんだって?」

「ご無事で何よりです」

 突然病室のドアがガラッと開けられて、サクライ先輩とフルトが入ってきた。

「シャン、医者を呼んだからもうすぐ来るわよ」

 なんて言いながらさっき出て行ったフィオナも戻ってきた。

 急に騒がしくなった病室に、思わず笑みが漏れる。

 もう少しだけ。もう少しだけ、この光景を楽しんでいたいと思うのはダメだろうか——。

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