第3章
この世界での記憶でいうと、初めての葬儀だった。やっぱりこの世界でも葬儀では黒い服を着るんだな、とか、火葬ではなく土葬なのは日本とは違うよな、とか、そんなことをぼんやりと考えていた。
父親と一緒にいるはずのフィオナは、何故か父親と離れてずっと俺のそばにいた。ぎゅっと手を握り込んでくるので、俺は今日一日ずっとフィオナと手を握りっぱなしだ。
先日泣いたからか、フィオナは泣かなかった。泣きそうなのは見ていればわかるが、意地になっているのかなんなのか、一粒も涙を流すことはなかった。泣きそうになると耐えるように俺の手を握る力が強くなるのを感じた。
前世の記憶では、どちらかといえば親しい親交のない人の葬儀にしか出席した覚えはないので、今回の葬儀には俺も少なからず以上に思うところはあったし、悲しい気持ちもあった。だけど、一番悲しいはずのフィオナが耐えているのだから、俺がそんな気持ちを表に出してはいけないな、と思って、表面上はいつも通りに過ごしていたように思う。
--その日の葬儀は、フィオナの母親の葬儀だった。
思い返せば、今の俺と連続していないはずなのに、連続しているように感じる、とても昔のように思える記憶で、俺はいつまで超常の存在を信じていたのだろうか。少なくとも幼稚園の頃にはサンタクロースはいないと分かっていた。クリスマスの日に幼稚園に現れる白もじゃのおじさんは園長先生だって分かっていたし、家で起きた時に枕元にあったプレゼントは両親がくれたものだとも理解していた。
ただそれとは別にして、戦隊モノとか、怪獣モノとか、そういう特撮の世界観だとか、ファンタジーものの漫画の設定が現実にないと気づいたのは小学校も高学年に入っていたように思う。もしかしたら中学生の時くらいまでは淡い希望を持っていたような気もするが、とにかくそれくらいの年齢だった。
信じる信じないなんていうのは酷く主観的なものであるから、何歳まで信じていた、なんて話に意味はないし、今生の俺はそれこそ最初から信じていなかったわけだが。まあ魔法使いはいたが。
なんとなーくそんなことを思い起こして、俺は学校での恒例行事といっても差し支えない、入学初日のクラスでの自分の自己紹介を終えた。
今世でも俺は無難に生きていくのだ。それが平和に生きる上で最も大切なことである気がしてならないからな。確信はない。だが前世の二十余年と今世の十五年の人生でそう学んだのだ。
俺が席に座ると、俺の席の後ろのやつが立ち上がる。席順での自己紹介だから当然と言えば当然だ。
「西小高等科出身、フィオナ・アインスタイン。嫌いなものは退屈な時間。色恋友情、普通の青春なんてものに興味はありません。時間の無駄なので。以上」
思わずため息を吐きそうになり、それをなんとか気力で止める。
後ろにいるのが誰かなんて言うことは分かりきっているが、そいつの表情を見るために振り返った。
そこには、ここ数年でとんでもない美少女に成長した幼なじみが立っていた。
肩のあたりでバッサリと切られた赤い髪は艶めいていて、勝気な大きな瞳はつまらなさそうに周囲を見渡している。街を歩けば十人中九人は振り返って見るような容姿は、クラスの中でも一際目を引いているのは間違いない。まあ、そのあまり友好的ではない自己紹介になんだとこいつを見ているやつの方が多いと思うが。
フィオナは誰も何も言わないのを確認すると、そのまま無言で席に座った。
「あー……えーと、次の人、自己紹介をどうぞ」
なんて、担任の若い美人教師の若干動揺した声に続いて「はい! 北小高等科出身——」と自己紹介が続いていく。
「何よ」
後ろを向いていた俺と目があったフィオナが不機嫌そうに言う。
「——別に」
いや、本当に特に何もない。さっきの自己紹介について、俺からフィオナに言えることなんて特に何もないのだ。俺からしたらいつものこと。いつものこと過ぎてため息を吐きそうになったが。
「だったら前向いときなさいよ」
「ごもっともで」
そう言って、俺はフィオナから視線を外して前を向いた。自己紹介はまだまだ続いていく。
これからの生活、どうなることやら……。
俺とフィオナは、国立の士官学校に入学していた。士官学校っていうのは、軍隊において士官(将校)になるための勉強をするところだ。十五歳から入れて、十八歳で卒業できる。希望すれば上級学校まで行けて、その時は二十二歳まで在学することになる。基本的には士官学校を卒業すれば、そのまま軍隊で士官として採用され、そのまま幹部コースへと乗っていく。
幹部コースとはすなわち言い換えればエリートコースなので、ここはいわばエリートの卵が集うところなわけだ。別に俺は優秀なわけではないが。
そんな場所に、俺とフィオナは試験をパスして入学させられている。
言い間違いではない。入学させられているのだ。
思い起こせば酷く頭痛がしてきそうなほど慌ただしかったあの一日。
詳細を話せば長くなってしまうので俺が楽をするために割愛をするが、結論から言うと俺とフィオナの潜入はバレた。当然だな。なんせ爆発したんだし。
何故か俺とフィオナは無傷だったが、部屋の中はボロボロに吹き飛んでいて、外で訓練していた魔法使いたちが文字通り飛んでやってきた。
そして中にいた俺とフィオナを見つけて何事だと騒ぎ、俺たちは捕まえられた。まあそりゃそうだわな。
そこからスパイ容疑だのなんだのかけられたが、もちろんスパイだなんてそんなことはなかったので、入念な調査の結果俺たちは魔法使い見たさに勝手に基地に忍び込んだ馬鹿だと結論づけられた。
そこでこっぴどく叱られて終わるならよかったのだ。いや本当はよくないが、まあ幼い頃の馬鹿の一つで終わっていただろう。
だが、話はここで終わらなかった。
何故か?
フィオナが触ったディスクが原因だ。
普通、ディスクを触っても爆発はしない。そりゃそうだ。触っただけで爆発なんてしてたら、危なっかしくて使えたもんじゃない。それこそ、外で訓練していた魔法使いなんて全員お陀仏しているだろう。
だが、そうはなっていないということは、ディスクとは本来爆発するものではないということだ。まあそういう爆発とは別に、対象のものを爆発させる魔法術式があるにはあるが。
それは置いておいて、とにかく重要なのは触っただけでディスクが爆発したということだ。
軍に所属する研究者は、そこに目をつけた。
何故触っただけで爆発したのか? ディスクの不備なのか? それとも何か他に原因があるのか?
結論を言うならば、それはフィオナに原因があった。
フィオナは、これまでのどの魔法使いよりも魔法に対する適性が高かったのだ。
魔法に対する適正と言うのは一種の体質のようなもので、言うなればアルコールを分解できるとか、牛乳を飲んでもお腹を壊さないだとか、そう言ったものと似たような感じだ。ある人にはあるし、ない人にはない。そして、魔法に対する適性を持っている人は一握りしかいない、貴重な人材なのだ。まあ、アルコールとか牛乳とかの体質と違って、訓練すれば伸びる類のものでもあるのだが。
とにかく、その貴重な人材の中でも、さらに圧倒的に高い魔法適性を持っていたのがフィオナだったのだ。一握の砂の中から転がり出てきた金の粒だ。
生来の魔法適性が高すぎて、本来は複雑な操作の必要なディスクを触っただけで周囲の魔力を取り込み、暴走してしまった。
俺が聞いたのはそんな感じの話だった。
そして、軍がそんな魔法適正の高い人材を見逃すはずがない。さっきも言ったが、魔法適性を持っている人間は貴重なのだ。
俺たちは、基地へと侵入したことを不問とする代わりに、十五歳から通うことになる学校の進路を、国立の士官学校へと指定されたのだった。
——何故俺たちなのかって? まあ、俺にもそれなりに魔法適性があったということだ。嬉しくはないが。後は、俺たちの両親が、俺も一緒に士官学校に入れてくれと軍の人に言ったみたいだと言うのもある。特に俺の両親ではなくフィオナの保護者が、だ。
「彼女の面倒を見れるのはシャン君以外いません。彼女を士官学校に行かせるのは構いませんが、彼も一緒に入れてあげてください」
なんて、マジでこんな感じのことを言ったらしい。いや、あの、俺も別にフィオナの面倒を見れてるわけじゃないんですけど……。
まあ、そんな感じで本来なら厳しい試験を通らなければ入ることのできない士官学校へと、俺たちはフリーパスで入学させられたのだ。
入学してから、数日。
フィオナは大人しかった。
とても不気味だ。
フィオナは十歳の時からあまり変わっていない。外見は超美少女に成長しているが、中身は「魔王とかいないかしら」とか「古代のオートマトンとか!」みたいなことを言っていた時とあまり変わっていない。だからこそのあの自己紹介な訳だが。
そして、西小高等科の時は暴れていたのだ。暴れていたと言っても暴力的な話ではない。
持て余すリビドーを発散させるかのように、あれやこれや。傍目から見れば奇怪な行動を繰り返した。
「学校の屋上に続くドアがぶち破られて、屋上に変なサークルみたいなものが描かれてた時はビビったね」
教室で昼飯を食いながら、西小高等科からの付き合いのテレンス・ヘンウィックはそう言った。
この国に弁当などと言う文化はないので、昼飯は基本的には購買で買うか食堂で買うかのどちらかだ。
「へぇ。そんなことやってたんだ彼女」
そう言いながらパンを食べているのは、この学校に入ってから知り合ったマーロン・モイヤーだ。小柄ながら、それなりの量をいつも食べている。
「シャン、お前よくあんなのに毎回付き合えるよな」
「付き合ってるんじゃない。付き合わされているんだ」
そう言って俺も買ってきたサンドイッチを食べる。
「そこに違いはあんまりなさそうだけどね。他にはなんかしてたの、彼女は?」
マーロンがそう言うと、テレンスが答えた。
「無理矢理銅像動かして壊してたな」
「何それ。なんの意味があって?」
「さぁな? シャン、なんでまた銅像壊してたんだ、あれ?」
テレンスが不思議そうな顔で俺に聞いてくる。
銅像……? あいつ関連のことは色々記憶にありすぎて、どでかいインパクトがないと咄嗟に思い出せないんだよな。
「銅像って、いつの話だっけ」
「お前当事者なのに忘れたのかよッ」
「喉まででかかってる。もう一押しなんだが」
「よく自分の学校の銅像壊したこと忘れられるね……」
そう言われてもな。あいつが問題起こしまくりなのが悪い。
この昼休みだって、俺にしては本当に珍しく平穏な時間を過ごしているのだ。あいつがここ数日なんの動きも見せないのは逆に恐ろしい。
いや、もしかしたら俺の見えないところで何かしら動いているのかもしれない。現に今だって教室にいないのだし。昼休みが始まった瞬間、どこかへと消えてしまった。
「二年の五の月の後半くらいの話だよ。夏の終わりで、そろそろ涼しくなるなーって頃に全校集会で銅像の話されたんだ」
「あーはいはい思い出した。あれね、銅像ひっくり返したやつ」
「銅像ってひっくり返せるもんなの?」
ひっくり返せるんだな、これが。
「あれは、あれだよ。銅像の下に何か地下室の入り口とかあるんじゃないかってフィオナが言い出したんだよ」
「それで銅像ひっくり返したって? バカじゃねぇのか?」
「俺じゃなくてフィオナに言ってくれ」
なんて言いながら、あの日のことを思い出す。
銅像をひっくり返した理由はさっき言った通りだ。もちろん銅像の下に入口なんてものはなかった。だが、重要なのはそこじゃないのだ。
銅像をひっくり返したとき、フィオナは微かにだが魔法を使っていた。でないと数百キロどころかトン単位で重そうな銅像を、子供の力でひっくり返すなんてできるはずがない。だが、そのときフィオナはディスクを持っていなかった。
魔法はディスクを通してでなければ使えない。そのはずなのだ。それにもかかわらずフィオナはディスクなしで魔法を使っていた——ように思う。俺の想像だが。
だが、俺の想像が正しかったとしたら、それが知られればまた軍の研究者やら何やらがきて大騒ぎになる。とてもめんどくさいことになるのだ。
またいろいろ追求されるのも嫌だし、このことを知っているのは今のところ俺だけだ。もしかしたらディスク無しでも魔法が使える、と言うことは一般に知られていないだけで知っている人は知っていることなのかもしれない。でも少なくとも俺は知らないので、有名な事柄でないのは間違いない。幸いにもこのことを知っているのは俺だけなのだし、わざわざ吹聴して面倒ごとを抱え込むこともないだろう。
なんて思って、今見たことは見なかったことにしようそうしよう。と思い込んでいたらそのまま本当に忘れてしまっていたのだが。
「で? 士官学校まで来て、お前らは何をしようとしてんだ?」
「お前らっていうな。別に何もしねぇよ」
なんて言うが、フィオナは絶対に何かやらかす。そう言う確信がある。というかすでに自己紹介で若干やらかしている感はある。まだ若干だが。
そう言えばあいつ、昼休みに何してるんだろうな。入学してから昼休みにあいつが教室にいるのを見たことがないが……。
まあ、いいか。何も聞こえてこないと言うことは、何もしていないのだろう。そう言うことにしておこう。俺の精神的な安定のために。人生を危険に晒せ! なんてニーチェ先生は言っていたらしいが、俺はごめんだね。
士官学校なんていうところは詰まるところ軍隊の一機関みたいなものなわけで。よく考えなくてもわかると思うが、そこに女子なんていう存在は殊の外少ない。俺たちが所属するのは魔導科というところで、ここは魔法使いの適性が優先されるところだから他の陸軍科とか海軍科とか航空科とかよりはまだまだ多いものの、それでも普通の学校に比べるとやっぱり少ないといったのが現実だ。
フィオナ・アインスタインという人間は、見た目だけは美少女だ。以前にも言ったかもしれないが、黙って座っていれば深窓の令嬢に見えなくもない。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花だ。実際は俺と同じ中流階級の家の出身だが。
そんなんだから昔からモテた。よく告白とかもされていたように思う。俺が全てを見ていたわけではないのでどれだけされていたかはわからないが。まあ実際に何度かみたことはあるけど。「あんたなに? 異世界人とかなわけ? 違うの? じゃあ話しかけないで」なんて言われていた。あれ言われてるのが俺だったらトラウマもんな気がする。
男女の数があまり違いがなかった高等科までの環境でもモテていたのだ。女子の数が少ない士官学校でなら尚更なのは言うまでもない。いくら将来のエリート候補生とはいえ、未だ十五歳の少年なのだ。色恋にかまけたくなってしまうのも当然だろう。
「ほんっとありえない。バカしかいないの? この学校は」
寮の共有談話室でそう怒りを露わにしたフィオナは、最後の文字を殴り書くようにして課題を終わらせた。
士官学校は全寮制だ。もちろん家庭の事情によっては自分の家から通うこともできるが、基本的には学校側が用意している寮に入らなければいけない。
男子寮と女子寮は別々だが建物自体は一緒なので、中間地点に男女共有のスペースが幾らか設けてある。食堂とか、今俺たちがいる談話室とか。
「あいつらの頭はジャガイモか何かが詰まってるわけ? こんなとこまで来て付き合ってくださいだの好きだの愛だの頭おかしいんじゃないかしら」
「お前には頭おかしいなんて言われたくないだろ」
「なによ」
「——なにも。ていうかまたなにか言われたのか」
俺はまだ終わっていない課題に適当に文章を書きながらフィオナの相手をする。
フィオナが告白してきた相手にキレてるのは別に今に始まった事ではないので、あまり気にしても無駄だ。
「帰り際に下駄箱に手紙が入ってたのよ。一眼見た時から好きになりました。是非お付き合いしてくださいって」
「いつものパターンだな」
「高等科までは許したわ。そういうこともあるだろうって、つまんないやつしかいなかったし」
「いやお前、高等科の時もキレてただろ」
「うるさいわね。……なんで士官学校なんていうところまで来て、高等科の時と同じようなことされなきゃいけないわけ? ……入る学校間違えたかしら」
そりゃお前が見た目だけはいいからだろ、とは本人には言わないが。
ていうか入る学校間違えたって、俺たちには学校選ぶ選択権なんてないに等しかっただろ。
「で? 手紙はどうしたんだよ。返事には行ったのか?」
「その場で破り捨ててやったわ。せめて言いに来るなら直接来なさいよ直接。手紙なんて全く男らしくないわ」
「男らしく直接来たらどうするんだ?」
「そんなのその場で断るに決まってるじゃない。好きだの愛だのそんな無駄なことに使ってる時間なんてないのよ」
「結果一緒なら手紙の方が気楽じゃないのか」
「気持ちの問題よ、気持ちの!」
気持ちの問題なんて言っているが、結果が一緒なら気持ちも何も関係ないと思うんだが……まあ俺にはあんまり関係ないけど。
まあ、今の会話でわかると思うが、フィオナはモテるがこんな感じで相手をバッサリ切ってしまうので、誰とも付き合ったことがない。多分。いちいち俺に言わないだけで付き合ったことがあるのかもしれないが、俺が知らないのだから長く続いたことはないのだろう。
それで、告白された日は大抵機嫌が悪い。もう目に見える感じで機嫌が悪い。いやフィオナはいつも顔に出てるな……。
「ていうかフィオナ、お前課題終わったんなら俺に見せてくれよ」
「何よあんた、まだ終わらないわけ?」
「逆に聞くがなんでそんなに早く終わるんだよ」
「こんなの簡単じゃない」
「簡単!?」
なんでこんなやつの頭がいいんですかね!? 神様世の中の人間のパラメーターの振り方間違えてませんか!?
俺は別に前世の記憶があるだけで地頭はよくないのだ。四則演算とか、基本的な理科とかの知識とかはあったりするが、そもそもこの世界の学校で勉強することは日本の教育とは違うことが多くて、結局一から勉強し直しているようなものだ。特に士官学校に入ってからなんか勉強したことがない知識しかないので、普通に時間がかかる。しかも俺が望んで入った学校ではない、というのも手伝ってやる気が起きないのだ。
「ほら、ここの考え方はこっちの文章に書いてあるわ」
「ん……? あぁ、これか。助かった」
「ジュース奢りなさいよね」
「へいへい……」
そんな感じで俺たちは日々を過ごしていったのだった。
俺たちのクラスは今魔法の訓練の授業中だった。簡単な飛行術式と、爆裂やら貫通やらの物騒な魔法術式、それらの基礎訓練だ。
飛行も爆裂も貫通もその名の通りの魔法だ。飛ぶし爆発するし貫通する。それ以上でもそれ以下でもないが、これが結構難しい。
難しいというか、俺たちはこの間までディスクに触ったことも無いようなド素人なので、出来なくて当然といえば当然なのだが。
「なぁ、アインスタインのやつなんなんだあれ?」
なんてテレンスがもらす。
ここに当然ではないやつが一人いた。
「さあな」
なんて適当な返事をする。
フィオナは、士官学校に併設された野外演習場の空中をびゅんびゅん飛び回っていた。
俺たちは、そんなフィオナを地面から見上げる形で会話をしていた。
「僕たちみんなほとんど何も出来てなかったっていうのに、すごいね彼女」
素直に賞賛の声を送るマーロン。
びゅんびゅん飛び回るフィオナの周りが時々光っているのは、恐らく爆裂術式か何かを起動しているのだろう。
まぁ魔法の才能だけで士官学校の試験を飛ばして入学してきたのだ。このくらいは出来て当然だろうなとは思う。俺? 俺はフィオナのおまけなので他の人と一緒だよ。
「あはははははは! 楽しいわねシャン!」
なんか高笑いの後呼びかけられた気もするが、とりあえず放っておこう。
俺は支給された訓練用のディスクを触る。フィオナとは違うのでもちろん触っただけで爆発するようなことはない。
ディスクに魔力を流せば魔法が起動する。どんな魔法を使うかはあらかじめ設定したりしておけば後はディスクが勝手に計算してくれる。魔法使い御用達の便利アイテムだ。
便利アイテムなのだが、この魔力を流し込む、というのがなかなか感覚的なもので、言葉で説明されてもよく理解が出来ない。できないが、まぁなんとなくはわかるのだ。さっきも言ったが感覚的なものなので、ディスクをいじっているうちになんとなーくこうかな? みたいな感覚がある。
たぶんその感覚をしっかり磨いていけば魔法が使えるようになるのだろう。フィオナに関してはディスクを渡された瞬間から使えていたが。あいつは例外だ。
「ちょっとシャン! あたしを無視するなんていい度胸ね!」
「うお! 危ないな!」
なんて考えていたら、空を飛んでいたフィオナが急に目の前に現れた。
「すごいな、アインスタイン。どうやったらそんなにうまく魔法が使えるんだ?」
テレンスがフィオナに話しかけた。
「誰よあんた」
フィオナは一瞬だけテレンスの方を振り向くと、直ぐにまた視線を俺に戻してきた。
いや、フィオナさん。あなた一応その人と同じ学校に通ってたんですよ? さすがに顔と名前くらい知ってるでしょ? ていうか現クラスメイトよ? 自己紹介聞いてました?
テレンスはフィオナからの扱いにくず折れた。そんなテレンスをマーロンが慰めていた。
「お前、それはあんまりだろ」
「知らないやつに誰って言っただけじゃない」
「クラスメイトだぞ? 自己紹介聞いてなかったのか?」
「聞いてないわよ。興味ないもの」
当然のことのように言うフィオナ。なんなら少しふんぞり返っているようにすら見える。そんなフィオナを見て、俺はため息をついた。
「ところであんた、魔法使えないわけ?
「使い方がわからん」
突然話題を変えてきたフィオナだが、恐らく最初からこの話をするために来たのだろう。
「どこが? 簡単じゃない、こんなの」
「簡単そうにしているのはお前だけだ。周りを見てみろ、誰もまともにできてないぞ」
俺がそう言うと、フィオナはキョロキョロと周りを見回す。それから不思議そうな顔をして「……何でかしらね?」なんて呟いた。
「ディスクに魔力を流し込むだけじゃない。後は勝手にディスクがなんとかしてくれるわ。むしろディスクが爆発しないように調整する方が難しかったわ」
「俺たちにとってはその、ディスクに魔力を流し込むっていうところがよく分からないんだよ。今まで魔力なんてもの使ったことなかったんだぞ? むしろなんでお前は簡単にできるんだよ」
ディスクに魔力を流せばいいっていうのは聞いてるし、授業でもそんなことを教わっている。けれども、さっきも口にしたが俺たちはは今まで魔力なんてものは使ってこなかったのだ。それをいきなり「魔力をディスクに流し込めば魔法が使えます!」なんて言われたって「そもそも魔力ってどうやって使うんですか?」と言う話にしかならない。
いや、なんとなくな感覚はあるのはあるのだが。その先が続かないからここで足踏みしているのだ。
「こう、念じればいいのよ。ディスクに向かって魔法を使わせなさい! みたいな感じに」
「いやわからん。ていうかそれは念じてるのか? 命令してない?」
「たいして変わらないわ」
「だいぶ違うと思うんですけど!?」
念じるっていうのはディスクに集中して「むむむ……!」みたいな感じに念を送る感じじゃないのか? フィオナのそれは完全に命令しているだろ。
「うるさいわね。いいからこっち来なさい」
いきなりフィオナが俺に襟首を掴んできた。そしてそのまま足を浮かせる。
……おい、まさかそのまま空を飛ぼうとしてないよな? そんなことしたら俺首絞められて死にますよ?
「フィオナ、いいか? 流石にそれは死ぬ。今すぐ降りるんだ」
「死なないわよ。あんたが空を飛べればね」
「それができないから言ってるんですけど!?」
うおっ! ほんとに飛びやがったこいつ! やめろ! 死ぬって! 首! 首がぁッ!?
——その後。生命の危機を回避するための本能が働いたのか、俺は無事に魔法を使えるようになった。フィオナに文句を言うために空中で追いかけ回したが、全く追いつけなかった。ちくしょうめ!
俺たちが士官学校に入学してから半月ほどが経った。
この世界での一月は前の世界の倍くらいあるので、半月経ったということは大体三十日くらい経ったということだ。
この半月、俺にとっては結構ハードな日々だった。
そもそも俺はアウトドア派でも体育会系でもないので、こんな軍隊の訓練じみた教育にはついていくので精一杯だ。お勉強の方だって出来はよろしくない。なんとか真ん中あたりにはいるが、せいぜいその程度でしかないのだ。頑張って勉強して入学してきた奴らには敵わない。
まあ、でも、それはあくまで学校生活の学生のお仕事的な意味での話だ。逆に言うと学校生活自体は充実していたのだ。していたのだが、俺は落ち着かないでいた。
それはなぜか?
まあ、原因は俺の席の後ろにいる奴なんだが。
て言うか一回席替えしたのになんでこいつはまた俺の後ろにいるんだ? 公正なくじ引きで決めたはずなのに。
まあいいや。そう言う偶然もあるだろう。いやでも思い返せば今までもこいつほとんど俺の後ろの席だった気がするな……。
とにかく、俺は後ろの席のフィオナのせいで落ち着かないでいたのだ。
フィオナが何かやらかしたわけではない。逆に何もしていない。何もしていないから落ち着かないのだが。
六歳の頃から俺を連れ出し、十歳の頃には基地に忍び込むようなやつだ。高等科でも色々やらかしていたのに、士官学校に入ってからはまだ何もしていない。せいぜいラブレターを即座に破り捨てたくらいだ。
そんなフィオナがおとなしくしていることが俺にとっては違和感ありまくりで、全く落ち着かない。でもだからと言って俺からフィオナに何か言うことはない。触らぬ神に祟りなしだ。君子危うきに近寄らずともいう。自分から火種に息を吹きかけて燃え上がらせるような真似はしないのだ。
そう思っていたのだが、その日の俺はとても機嫌が良かった。締め切りが迫っていた課題は全て提出し、昨日の夜の寝つきがすこぶるよかったおかげで気分もスッキリしていた。些細なことだが、そう言うことの積み重ねが俺の機嫌を良くさせていた。
だから、なんとなくだ。俺は朝に後ろの席で不機嫌そうに腕を組んで教室を見ているフィオナに声をかけたのだ。
「お前さ、入学してから今までずっと、昼休みにどこいってるんだ?」
「別に。あんたには関係ないでしょ」
特に表情を変えることなくフィオナはそう言った。
「そう言われると俺の立つ瀬がなくなるんだが」
不機嫌そうなフィオナの態度でも今日の俺は折れなかった。とういうか不機嫌なフィオナなんていうものは日常茶飯事なので、今更俺が気にしていないだけでもあるのだが。
「何よ。興味あるわけ?」
「いつもいないからな。そりゃ、少し気になるだろ」
俺がそう言うと、フィオナは少し以外そうな顔をした。
「……珍しいこともあるもんね」
「なんだよ」
「別に。——学校中を見て回ってたのよ」
組んでいた腕を解いてフィオナが言う。
一瞬何を言われたか理解できないというか、理解はできるんだが意外すぎたというか。
フィオナが割と素直に話すとは思わなくて、反応が少し遅れてしまった。
そんな俺をどう思ったか知らないが、フィオナはそのまま話を続けた。
「何か変わったこととか面白いこととかないかしらと思って、学校を見て回ってたのよ。国中からいろんな人が集まってる学校だし、魔法使いだっているわけだし。高等科までとは違うかと思って」
「それで、結果は?」
俺がそう聞き返すと、フィオナは大袈裟な身振りで落胆と不機嫌を同時に表すよう吐き出した。
「ぜーんぜん。普通の学校だわ。そりゃ学んでることは普通じゃないかもしれないけど、それ以外は普通ね。今までと何にも変わらないわ」
「そりゃまあそうだろ。士官学校なんて言っても、たかが学校なんだしな」
「うるさいわね。わかってるわよ」
「倶楽部活動なんてものもあるみたいだが、覗いてみたのか?」
この学校には、倶楽部活動がある。まあぶっちゃけ前の世界の部活みたいなもので、この世界のこの時代にも似たようなものがあるのか、というくらいの感想しか俺は持てなかったが。特にやりたいことがあるわけでもないし、俺は興味がわかなかった代物だ。
「とっくに。一通り体験入部までしてきたわ」
なんて言っているフィオナの顔は全く楽しそうではなかった。と言うことは、満足するような倶楽部はなかったのだろう。
「全然普通のとこしかなかったわ。魔導研究会なんてのもあったけど、授業の復習をしてるような連中よ? 期待はずれもいいところだわ」
「それはご苦労なことで」
普通一通り体験入部とかするか? 興味があることだけ決め打ちして何個か行くくらいだろ。まあフィオナは普通じゃなかったが。
「普通のとこしかなかったって言うが、お前が求める面白いことってなんだよ」
フィオナは小さい頃から面白いことを求めている。それはもう口が酸っぱくなるほどだ。
「そりゃまあ、古代のオートマトンとか、異世界人とか。巨大な怪物とかも面白そうね。そういう日常にないものが欲しいのよ」
「なんでそういうのが欲しいんだ」
「そっちの方が面白いからよ」
「それは前にも聞いたな……そもそもなんで面白いものが欲しいんだよ。今の日常だって楽しもうと思えばそれなりに楽しめるだろ?」
俺がそう言うと、フィオナは不機嫌そうな顔をさらに不機嫌に歪めた。
「今の日常が? 楽しい? ……寝言は寝てる時に言ってくれないかしら」
「寝てる時に考えてることが言えたら、そりゃもう寝言じゃないだろ。子供の頃の夢ってのは、いつかは覚めるもんだ」
「それじゃアンタは今の日常がそれなりに楽しいと思ってるわけ?」
「与えられた環境で楽しもうとしてるところだよ」
学校の選択肢がないに等しかったしな。今いる場所で咲きなさいって話ではないが、今いる環境で楽しもうとしなきゃしんどいだけだろ。
「それじゃ楽しくないってことじゃない。あたしは--」
そこまで言いかけてフィオナは口をつぐんだ。じっと俺の目を見る。
なんなんだ? こいつが言い淀むなんて珍しい。
そう思っていると、フィオナの口元がニィっと釣り上がった。
——あ、これ何か思いついた顔だ。
「あー、俺ちょっと用事を思い出したからッ!?」
ガッ! と制服の襟を掴まれ、グイッっと強い力で引き寄せられる。座っていた椅子ごと後ろに倒れそうになるのを、直前で支えて転倒をなんとか回避した。グッジョブ俺!
「無いなら、作ればいいのよ」
「何をだよッ」
ていうかもう引き倒される直前なんだから襟離してくれませんか!?
「面白いことを、よ!」
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