第4章

「今日から親戚の方がフィオナちゃんのお世話をするんですって」

 母さんにそんなことを言われたのは、葬儀の後少ししてからだった。

 フィオナは別に親戚のところに引っ越しをするわけではなく、親戚の人がフィオナの家に来て世話をするらしい。

 俺はフィオナと離れ離れにならなくて、内心でホッとしていた。

 今のフィオナは見ていて少し危なっかしい。母親が死んでから、フィオナの父親はあまり家に帰って来なくなったらしい。そこに来てこの話だ。フィオナのことが心配になるのは当然だろう。

 俺がいたって何もできないかもしれない。実際フィオナの母親が亡くなったときは何もできなかった。それでも側にいてやれるなら、側にいてやりたい。

 純粋にそう思った。






 俺は校内を彷徨いていた。

 入学してから二度目の身体検査を終え、今日の授業は全て終わった放課後。

 フィオナから言いつけられたことをなんとなーくな感じで遂行しようと、俺は当てもなく彷徨いていた。

 なければ作ればいいなんてことをフィオナは言っていたが、そう単純なものでも無いだろうとは思う。そう思いながらもフィオナの言うことを聞いている俺も俺だが。

 作ると言うのは、フィオナが散々こき下ろしていた倶楽部活動——のことではない。

 この士官学校では、最低人数四人以上で部隊編成を申請することができる。小隊単位から大隊単位まであるが、まあ大抵は小隊単位での申請らしい。

 この部隊編成というのは、士官学校の授業等で編成される即席の部隊とは違い、学校生活でほぼ常に一緒に行動するよう義務付けられ、校外演習や実践演習などでも適用されるようになるものだ。成績も部隊単位で付けられるようになるし(部隊単位とは別に個人の成績ももちろんあるが)、この学校で過ごす一種の運命共同体と言ったような代物だ。この部隊の成績や経歴は軍に士官した時にも大いに影響されるとても重要なものだったりする。また、軍から任務が割り振られたりすることもあったりする。

 なので、普通思いつきで作ろう! とはならないし、一年生である俺たちにはそもそも校外演習とか実践演習とかも無いので、そもそも作る必要性もない。ただ、申請自体は入学した直後からできるので、一応作ることはできる。部隊に入ってくれる人がいるかどうかは別だが。

 特権として部隊専用の談話室が用意される。部隊が自由に使ってもいい談話室で、校舎内の特別教室棟か、寮の男女共有スペースのどちらかに用意される。空いている部屋を割り振られるので場所は選べないが、今のところ空いているのは寮の共有スペースみたいなので、俺たちの申請が通ればそこに用意されるだろう。

 というのは、入学の時に配られたこの学校の規則集のようなものに書いてあった。入学の時にチラ見しただけだったものをわざわざ引っ張り出して読んではみたが、だからと言って俺のやる気が上がったりはしなかったが。

 「あたしはナオミに部隊申請のことを交渉してくるから、アンタは部隊メンバーを探してきなさい」なんて言い残してフィオナが去って行ったのがさっきのこと。ちなみにナオミというのは俺たちの担任の美人女教師のことだ。丁寧な物腰だがだらしないところも見え隠れする、将来のエリート候補生を育てる有能な女教師。というのはナオミ先生本人談だが、まあ女性でこの学校の担任を任されているくらいなのだから有能なのは本当なのだろう。丁寧な物腰が見えたことは無いし、だらしないところが隠れているところも見たことはないが。

 ぶっちゃけフィオナに言われて部隊メンバーになってくれそうな人を探しているが、俺は部隊申請自体が通ると思っていない。将来のキャリアに大きく関わってくる大事な部隊編成が、こんな一学年の最初の方にパパッと決まってしまうのはあまり宜しいとは言えないだろう。特にフィオナは軍肝いりの特待生のようなものだ。お遊びのような部隊編成でキャリア形成を潰されてはたまらない。

 フィオナ本人は将来のキャリアなんてどうでも良さそうだが(入る学校間違えたかとか言ってたし)。まあその辺りは俺もどうでもいい。ここを卒業しても軍に入ろうなんて思ってないしな。

 一応いつも一緒に飯食ってるテレンスとマーロンには声をかけた。が、案の定断られた。まぁ残念でもなく当然の反応だな。こんな時期にそんな誘いを受けたって普通断る。誰だってそうするし、俺だってそうする。

 しかしだからといってその二人以外に当てがあるわけでもないので、こうしてなんとなーくでぶらぶらうろついているのだ。

 だが、フィオナに言われて校内をうろついているが、思い返せば入学して以降じっくりと学校の中を見て回ったことはなかったような気がする。俺が知っているのはいつも使う教室周りと移動教室先の特別教室、それと実技等で使う校庭と実技室くらいのものだ。合同授業で一緒になった別のクラスの連中くらいならなんとなくは知っているが、それ以外の同級生なんてものは顔も名前も全く知らない。

 よくもまあそんな状態で人を誘うなんてしようと思っているな、なんて自嘲しつつ、フィオナの言うことには基本的に逆らわない(逆らえない)俺がいるわけで。

 フィオナになんて言い訳をしようかな、なんて考えていると、そちらに思考が割かれていたのか目の前の人物にぶつかりそうになってしまった。

 俺の目線くらいに―ー俺の主観では突然現れた頭を見て、咄嗟に身を躱す。人並みの反射神経しかない俺にしてはよく反応できたな、なんて思いながら俺はぶつかりそうになった人に謝る。

「すまん、大丈夫か?」

「大丈夫。ぶつかっていない」

 濃い紫色のショートカット。俺の目線くらいの位置に頭頂部が来るくらいの身長に、少しだけ大きめの女子用の士官学校の制服。着けているリボンの色から同級生だとわかる。人形のようなクリッとした瞳は、髪の毛の色と同じような濃い紫色で、上から下にかけて少しだけ色が変わっているグラデーションをのぞかせていた。とても可愛らしい顔立ちをしている。

 ――なんだろう。どこかで見かけたことのある顔というか、雰囲気の女子生徒な気がする。いや、名前とかは全く知らないが。

 どこでだったかな……校内で見かけたとか、そういう最近の話ではないんだよな。

「……?」

 いつの間にか目の前の女子生徒の顔をまじまじと見つめてしまっていた。なぜ見つめられているのかわからない女子生徒が首を傾けている。

 ぶつかりそうになって、立ち止まって顔をまじまじと見てるやつとか、ちょっとやばいやつかもしれないな、なんて思って少し焦って声をかけた。

「前どこかで会ったことあったっけ?」

 ――いや、どこぞのナンパ野郎か俺は。

 内心でやっちまったな! と嘆いていたが、女子生徒は首を左右に降るだけで、特に表情を変えることはなかった。

 よかった。相手が内心でどう思っているかはわからないが、少なくとも表情に出るほど不快に思われたわけではないらしい。何も感情の伺うことのできない無表情のままだ。いや、正直ナンパされた女子の気持ちなんて言うものは想像しかできないので、なんとも言えないものがあるが。

 まぁ、いいか。

 どこで会ったか思い出せないし、本当に会ったことあるかもわからないし。

 この子に用事があるわけでもないので、道を譲ろうと体をずらした瞬間――。

「――昔、軍の基地にいなかった?」

 どこで会ったのかを思い出した。会ったというか、見かけただけだが。

 フィオナと軍基地に忍び込んだときに、一瞬だけ見かけたあの少女と同じ雰囲気なのだ。細かい顔の造形まで覚えているわけではないが、確かに髪の色とかも同じだった気がする。

 だが、俺の思い出らしきものとはよそに、目の前の少女はまた首を横に振った。

「私はそこにいなかった」

 私は……? なんか引っかかる物言いな気がする。

「そう……なのか?」

「そう」

 そうなのか……。俺の勘違いか? いや、でも確かにこの目の前の女子にそっくりだった気がするんだが……。

 でも本当に俺の勘違いなら、今傍目から見て俺ってどう写ってるんだ? ナンパに失敗した男的な?

 いや、うん。いたたまれねぇわ。俺が。

 まあ、本当にあの場にいたにしろいなかったにしろ、あんまり関係ないしな。別に親が軍人で、たまたま親の職場に来てただけだったとかかもしれないし。それ以前として本人はいなかったって言ってるわけだしな。

「あー……行き先遮って悪かったな」

「大丈夫」

 今度こそ俺は道を譲るために身を躱す。……が、今度はなぜか女子生徒のほうがその場から動かず、俺の方をじっと見つめてきた。なんなんだ、一体。

「あなた」

 さっきからそうなんだが、この子の声ってすごい機械的というかなんというか、ちゃんと人間が喋っているように聞こえるんだけど、感覚的には前の記憶にあった音声読み上げソフトが喋っているように聞こえるというか。感情が伝わってこないんだよな。いやまあ、人の感情の機微なんてものはよくわからんけど。

「あなたは、フィオナ・アインスタインの何?」

「……は?」

 フィオナの何って、いきなり何を言ってるんだ? ていうかフィオナのこと知ってるのか。

 いきなり問われた内容に困惑してまじまじと見つめ返してしまうが、目の前の少女の顔色は全く変わらず、なんの感情も浮かんでいない無表情のままだった。

 少しの間お互いを見つめ合ったままだったが、少女が特に何か続きを言うわけでもアクションを起こすわけでもなかったので、俺は少女の問に答えることにした。

「何って言われても……幼なじみってところだろ」

「そう」

「そうって……何かあるのか?」

「わからない」

「わからない?」

 いや、人に聞いといてわからないって。俺もどうしていいかわかんねぇよそれじゃ。

 どう反応していいかわからずに困惑していると、「答えてくれてありがとう」そう言って少女は俺の横を通り過ぎていった。

 何だったんだ一体。

 世の中にはフィオナとは違った方向で不思議なやつもいるもんだな。






「カレナ・ラドフォードを知らねぇのか?」

 いつもの昼休み。テレンスとマーロンと昼食をとっている時に、昨日の少女について知ってるかと訪ねてみたところそんな返事が返ってきた。

「知らん。昨日初めて見た」

「かー! これだからいつも美少女が近くにいるやつは! 他の美少女は眼中に無いってか!?」

 テレンスが大げさにそんなことを言い、マーロンも控えめながらもそれに続く。

「ただでさえ士官学校は女子生徒の数が多くないからね。その中でもとびきりの美少女だから、入学した直後から結構な有名人だったよ」

「そうなのか? まあ、確かに可愛らしい顔はしていたが」

「ラドフォードはな、入学以来ほとんど誰とも喋らねぇってことでも有名なんだよ。授業での受け答えの必要最低限でしか口を開かない。お近づきになろうと思った男子共が声をかけたって返事なんか一度たりとも返ってきたことなんかないんだぞ」

「いや、それは嘘だろ? 昨日は単語レベルだったけど受け答えしてたぞ」

「だからそれがありえねぇんだって! 俺も話しかけたことあるけど、マジで無反応だったんだぞ。視線すらこっちに向けやがらねぇ! こりゃ無理だって思ったもんよ」

 それは話しかけたのがお前だったからでは? とも思ったが、流石に口にはしなかった。

 だが、そんなテレンスの話に乗っかるようにマーロンもラドフォードについて語った。

「僕は話しかけたこと無いけど、でも誰とも喋らないっていうのは有名な話だね。人間が嫌いなんじゃないかって噂もあったりするけど、シャンの話を聞いてるとそういうわけでもなさそうな感じはするね」

「まあずっと無表情ではあったけどな」

「それでも、誰も喋ってくれなかったラドフォードさんが喋ってくれたっていうのもすごいことだよ」

「今の話聞いてたらそんな感じもしてくるな」

「シャン、お前どんな魔法を使ったんだ? ディスクも持ってねぇのに」

 興奮した様子でテレンスが詰め寄ってくる。

 やめろ近い! 離れろ!

「魔法も何も、単にぶつかりそうになったから謝っただけだってさっきも言っただろ! ていうか離れろ!」

「アンタたち、昼間からくっついて何してるわけ? まさかそういう趣味でもあったの? だとしてもやるなら自分の部屋でやりなさいよ」

 突然後ろから呆れたように声をかけられた。

 まあ、そんなことを言ってくる俺の知り合いはフィオナしかいない。

「ちげぇよ」

 俺はテレンスの顔を引き剥がしながら反論する。

「ま、いいわ。シャン、さっきナオミから連絡があって、人数さえ集めれば部隊編成の申請が通るらしいから。アンタまだ一人も見つけてないんでしょ? あたしも探すから、放課後もう一回探してきなさいよ」

「申請が通る? マジかよ」

「そうよ。だからキリキリ探しなさい」

 マジで通るのか。通らないと思ってたのに。軍的にはそれでいいのか? それともフィオナに関しては士官学校での成績やらは考慮しないってことか? よくわからんな。

「お前らマジでこの時期に部隊編成する気だったのか」

 テレンスがそんなことを言ってるが、フィオナは言いたいことを言い終えるとさっさとどこかへ行ってしまった。

 キリキリ探せって言われてもな。他のクラスに知り合いなんていないし、同じクラスの人間だって別に入ってくれるわけじゃないしな……。

「お前ら、やっぱ一緒に部隊に入らないか?」

「いや、入らねぇよ」






 昨日の焼き直しのように校内をうろついているが、所詮焼き直しなので候補が見つかるわけもなく。フィオナはフィオナで「あたしは用事があるから」なんて言って放課後になるとさっさとどこかへ行ってしまったし。

 どうしようかな……。見つからないまでも、探しました感を出すくらいはしないとフィオナも怒りそうだしな。かと言ってアテがあるわけでもないし。

 うーん……んー……いやぁ……。

 悩んでもしょうがないのはわかってるんだけどなぁ。

 手当たり次第に声でもかけてみるか? いや、でもなぁ。

 手詰まり。その言葉がぴったりくると個人的には思う。フィオナみたいに他人にズケズケ物を言える性格ではないのだ、俺は。

 そんなことをうだうだ考えながら歩いていると、昨日ラドフォードとぶつかりそうになった場所を通り過ぎるところだった。

 ここは他クラスの前の廊下で、昨日は割と遅い時間に通ったから人気は無かった。人気もなかったし、考え事もしてたからぶつかりそうになったんだが。

 今日は比較的放課後すぐに通ったこともあり、教室の中にはちらほら人がいた。まあ知り合いなんてのは他クラスにはいないんだが。

 なんとなく教室の中を眺める。明確な目的があるわけではない。手持ち無沙汰だったから眺めただけだ。

「あら? あなた……」

「うわっ」

 ある意味ぼうっとしていた俺は、急に後ろから話しかけられてビクッと肩を震わせた。

「あ、ごめんなさいね。びっくりさせる気はなかったの」

「いや、すまん、俺の方こそ。話しかけられるとは思ってなくて」

 後ろを振り返ると、士官学校の制服に身を包んだ女子生徒がいた。

 青みがかった長い黒髪を一つにまとめた生真面目そうな女子生徒は、腕に書類を抱えて俺の方を見ていた。

「あなた、昨日ラドフォードさんと喋ってた人よね。私はレティーシャ・ハーディ。このクラスのクラス代表をしているの。あなたの名前は?」

 流れるように自己紹介をしたレティーシャ・ハーディと名乗った女子生徒は、そのまま俺の名前を聞いてきた。――と思ったが「いや、やっぱりいいわ。私、あなたのこと知ってるもの」と言い直した。

「なんで俺のこと知ってるんだ?」

 違うクラスの関わりの無い俺のことなんて普通知らないだろ。俺は少なくともハーディのことは知らなかったし、なんなら有名だって言われてたラドフォードのことだって知らなかったぞ。

「あなた、今ちょっとした有名人なのよ」

「……なんで?」

 なんで俺が? 別になにかした覚えもないし、フィオナみたいにいろんなところに顔出したりしてるわけでもない。高等科の頃を知ってるやつが多少いるかな、くらいのもんだろう。それがなんで有名人なんだ?

「昨日、ラドフォードさんとお話してたでしょ? それを見てた人がうちのクラスにいてね。あの誰とも喋らないラドフォードさんが喋ってる! って今日うちのクラスだとちょっとした話題だったのよ」

「なんだそりゃ」

 確かにテレンスたちがラドフォードは喋らない的なことを言っていたが、ちょっと喋ってるところを見たってくらいで話題になるとは。

 まあ、普段喋らない美少女が喋ったってだけで騒げるのは思春期男子の特権みたいなもんか。

「どうやって喋りかけたのとか、どんな話題なら喋ってくれるのかとか、私としても聞いてみたいことがあったりするのよ? ラドフォードさん、私が話しかけても返してくれないんだもの」

「そりゃまた、難儀なことで。かと言って、俺も別に会話らしい会話はしてないしな」

「そうなの? でも、返事をしてくれるってだけですごいことなのよ?」

「それはちょっと聞いた。俺の幼なじみ以外にも不思議なやつがいたもんだなって思ったりもしたし」

「あなたの幼なじみ?」

 少し首を傾けて聞いてくるハーディ。生真面目な雰囲気だが、明るい声音とそういった仕草が会話をしやすくさせている気がする。

「ああ。フィオナ・アインスタインっていうんだけど」

 そう言うと、ハーディは納得がいったような顔をした。

「アインスタインさんね。学校の倶楽部に全部体験入部した新入生がいるって話題になってたわ。アインスタインさんのことを知ってる人に聞いたら、いろいろやらかしちゃってる子だって言ってたわ。そのアインスタインさんが幼なじみなのね」

「あいつ、話題になってたのか……」

「そうよ。国軍肝いりの特待生。将来のキャリアが約束されてる優等生って話もあるし、それと同時に手の着けられない問題児だったって話もあったわ。この学校に入ってからは問題らしい問題は起こしてないみたいだけど」

「そうだな。ま、ラドフォードもそいつと同じくらい変なやつだなって思ったんだが」

 俺がそう言うと、ハーディは今思い出したとでも言うように教室の中を見た。

「そうそう、今日はラドフォードさんに用事かしら? 話題の人の姿が見えたから思わず話しかけちゃったけど、邪魔しちゃったかしら」

「いや、特に用事があってここに来たわけじゃないから別にいいんだが」

「でも、せっかくだし呼んできてあげましょうか?」

 そう言われて俺も教室の中に視線を戻す。さっきはなんとなしに見ていただけだったから気づかなかったが、よく見ると窓際の一番後ろの席にラドフォードが座っていた。本を呼んでいるのだろうか、手元には文庫本サイズの本を持っていて、窓から注がれる夕日に照らされたその姿は瞳と同じく、人形のように見えた。

「話しかけても返事をしてくれないんじゃなかったのか?」

「返事はしてくれなくても、話は聞いてくれてるのよ」

 そう言うと、ハーディは俺の返事を待たずに教室に入ると、自分の席らしきところに書類を置いてからラドフォードに話しかけた。

 二言三言くらい何かを話しかけただろうか。文庫本に注がれていた視線が不意に上がると、教室の外に突っ立ったままだった俺の方に向いた。

 呼ばれても、別に話があるわけでもないし困るんだが。

 なんて俺の内心は当然相手に届くはずもない。だいたい誰とも喋らないって言われてるんだから、呼んだってこないだろうとは思う。昨日のはたまたまだろう。偶然虫の居所が良かったとか、もしかしたら今読んでる文庫本の発売日で、それが読めるのが楽しみでテンションが上がっていたのかもしれん。知らんけど。

 来ないだろうな、という俺の予想をよそに、ラドフォードは文庫本をしまって立ち上がると、俺の方に向かって歩いてきた。

 ラドフォードが動き出したのを目で追っている教室に残っていたクラスメイトを気にする風もなく、ラドフォードは俺の目の前まで来るとそのガラス玉のように無機質な瞳を俺に向けた。

「……」

 呼ばれても特に喋ることもないし、かと言って向こうからなにか話しかけてくるわけでもないし。まあ相手からしたら俺が呼び出したみたいになってるから当然といえば当然なんだが。

「……」

「……」

 お互い無言の時間が過ぎる。ラドフォードの後ろをついてきていたハーディは何故かニコニコ顔でこっちを見るだけで何も言わないし。

 どうしたらいいんだこれ……。このクラスの人たちもめちゃくちゃ見てきてるし。まあそこはそう感じるだけかもしれないが。

 気まずい。

 別に用事はないんだが、なんて本当のことを言うのも何となく憚れる気もする。ラドフォードに対して悪いというか。俺が呼び出したわけじゃないんだけどさ。ラドフォード的には俺が呼び出したことになってるんだろうし。

「あー……なんというか」

 なんとか何かを言おうとして口を開いたが、それ以上の言葉が出てこない。

 徐々になにか言わなきゃな、という焦りの気持ちが生まれてくる。

 と、同時に、そういえばラドフォードはフィオナのこと知ってる様子だったな、と思い返す。

「俺達の部隊に入らないか?」

 思い返したのと、焦っていた気持ちが合わさったのとで、気づけば俺はそんなことを口にしていた。

 いやいや、何言ってんだ俺。こんな昨日初めて知ったような同級生に言うことじゃないだろ。いやまあ、初めて知ったような同級生とかにしか頼めない状況でもあるんだけどさ。それに誘ったところで頷くはずがない。

 焦って変なことを言ってしまったと瞬時に理解して「すまん、今のは忘れてくれ――」と言おうとしたところで――

「わかった」

「――は?」

 ラドフォードが頷きとともにそんな返事を返してきた。

 いや、え……なんで?






 その日の夜。

 俺とフィオナは男女共有の談話室にいた。まあ割といつもいるんだが。

「で、今日の収穫は?」

 申請書の書類を書きながらフィオナが言った。

 隊長の部分と副隊長の部分にそれぞれフィオナと俺の名前が書かれていく。

「カレナ・ラドフォードっていうやつが入ってもいいって」

 そう言いながら、俺は一応ラドフォードに書いてもらった簡易的な誓約書のようなものをフィオナに渡した。

 あの後何度も「本当にいいのか」とか「フィオナに付き合わされることになるんだぞ」とか確認したが、入ってもいいという意思は変わらなかったので、それなら心変わりされても困るしな、とその場で書いてもらったのだ。まあフィオナに見せる用の書類って意味もある。俺の口だけじゃ信用してくれないし。

 俺から受け取った誓約書をざっと見終わったフィオナは、内容の確認を俺に取るまでもなく部隊員の欄にラドフォードの名前を書き加えた。

「カレナを引っ張ってくるなんてやるじゃない。あたしも目をつけてたのよね」

「そうなのか?」

「必要最低限以外、誰が話しかけても喋らない美少女なんて、面白いじゃない。あたしも一回話しかけたことあるけど、たしかに喋らなかったわね。どうやって勧誘しようかしらって悩んでたんだけど、あんたどうやったの?」

「いや、なんとなく誘ったらわかったって言ってすぐに決まったぞ。何でかは分からんが」

「そう。まぁいいわ。明日ここにつれてきてね」

「了解。それで、お前の今日の用事ってなんだったんだよ」

 今日、フィオナは用事があるからって放課後どこかに行ってしまったはずだ。夕食の時間には帰ってきていたので、そんなに時間がかかる用事ではなかったんだろうな。

「ちょっと人に会ってきたのよ。それなりに忙しい人だったから前日にアポとってね」

「アポ? お前が?」

 俺の予定なんて全く気にしたことのないフィオナがアポ?

「あたしだって常識ぐらい持ち合わせてるわよ」

「それをぜひ俺にも適用して欲しいね」

「なんでよ。必要ないでしょ、あんたには」

 何を言ってるんだこいつは。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らんのか。……この国で聞いたことないな、そういえば。

「……まぁいいや。で、誰に会ってきたんだ?」

「もうすぐここに来るわ。ちなみに、部隊に入ってもらうことになってるから、よろしくね」

「メンバー早速見つけてきたのかよ」

「こんばんわー。隣座るよ?」

 唐突に上からそんな声が降ってきて、それと同時に俺の隣に誰かが座った感触がした。

「うわっ」

 突然のことに驚いて少し身を引きながら隣を見る。

 長く艶やかな白い髪を黒のリボンで先の方で一つにまとめた、所々改造した女子用制服を着た女子が座っていた。

 ぱっちりと大きい瞳は黒色で、どこか記憶の中の日本人を思い起こさせる顔立ちをしている。

「よく来てくれたわね、ニノちゃん」

 隣に座った人物を凝視していると、フィオナがそう言って歓迎の意を示した。

 ニノ……? それがこの人の名前なのか。——いや、この人見たことあるぞ。この学校に入学してからの話だ。しかも入学してからすぐの話。

「お安い御用だぜ。なんたってこれから仲間としてよろしくやってくんだしね」

 だぜ。口調の微妙な定まらなさというか、男言葉混じりというか。

「まあ、今日は顔合わせみたいなものよ。ここにいるシャンが四人目見つけてきたみたいだけど、その子は明日ね。今日は来てないわ」

「知ってるよ。カレナ・ラドフォードちゃんだろ? 軽く僕のところに報告が上がってきてるぜ」

 ——あ、思い出した。

「生徒会副会長!?」

 そうだよ! 入学式で見たんだよ! 会長の代わりに在校生代表挨拶的なものを喋ってた!

「お、よく知ってるね。そうだよ、国立士官学校生徒会副会長、ニノ・サクライでーす。気軽にニノちゃんって呼んでくれてもいいんだぜ」

 なんで!? 生徒会副会長なんで!?






 翌日のことだ。

 この日の授業もつつがなく終わり、俺たちは再び共有談話室に集まっていた。

 今日のメンバーは昨日の話通り、俺、フィオナ、サクライ先輩、ラドフォードの四人だ。女子の少ないはずの士官学校で何故かこの空間だけ異常に女子の人口密度が高い。しかも美少女だ。普通は嬉しいはずだ。俺だって美少女は嫌いじゃない。囲まれたいって思っても不思議じゃない。

 だがしかし、なんだろう。この三人に囲まれても嬉しくない。

 フィオナはまあいうまでもないが、常に無表情のラドフォードに、マジで全く何を考えているかわからないサクライ先輩だ。気軽にニノちゃんって呼んでくれてもいいんだぜ、なんて言っていたが、呼びたいとは全く思わない。

 そんな三人が集まり、何をするかというと、まあ簡単な顔合わせと書類の提出だ。

 このメンバーで部隊を編制しますって書類を書いて提出して、申請が通らなければ部隊は編成できない。倶楽部活動も似たようなものだが、それは新しい倶楽部を作るときの話だな。

「まあこれから仲良くしていこうぜー」

 なんてなんて何を考えているかわからないヘラヘラした顔で言うサクライ先輩。

「あたしたちは仲良し倶楽部を目指しているわけじゃないわ。仲良くするのはもちろん構わないけれど、それは目的を達成してからの話よ!」

 目的ってなんだよ、と思いながらもフィオナから投げつけられた書類の空欄を埋めていく。ラドフォードの出身地? そんなの知らねぇよ。

 ペンと紙をラドフォードに渡しながら「目的ってなんだよ」とフィオナに聞く。

 なければ作ればいい、と言う勢いに任せて本当にここまできたし、なんなら障害らしき障害も何もなかったが、これからどうしていくのか、と言うのはまぁまぁ重要なことだろう。

「あたしたちは面白いことを見つけたり、作ったりしてくのよ!」

「まぁそんなことだろうとは思っていたが。それならわざわざ部隊なんて作る必要あったのか? 倶楽部活動でもよかっただろ」

「バカね。倶楽部活動じゃ校外に自由に出られないじゃない。あたしは休みの日に限られた時間しか外に出られないような、せせこましい活動をしたいわけじゃないのよ」

 必要事項を書き終わったラドフォードから書類を受け取る。パソコンで打ち込んだみたいな綺麗に整った字だな。

 俺たち寮生は基本的には校外には許可をもらわないと出ることができない。規律を保つためだとかなんとか言ってた気がするが、あんまり詳しくは覚えていない。

 が、部隊は「隊員同士の円滑な連携と秩序を構築するため」という建前で割と自由に校外に出ることができる。一応外出許可証なるものを発行してもらう必要があるらしいが。

「まぁ外出許可証なんて適当に名目を埋めておけばほぼ出るよ。出なくても僕が出すしね。なんたって生徒会副会長だし」

 とのことらしい。

 ……というか、なんでこの人ここにいるんだ? いつフィオナと知り合ったんだ? 昨日はなんか衝撃的すぎて聞き忘れてたけど、普通に考えておかしいだろ。……おかしいよな?

「自由に外に出たいから部隊作ったっていうフィオナの話はわかった。それで、あの……どうしてサクライ先輩がこんな部隊に?」

「こんなってなによこんなって!」

 フィオナがなんか喚いているが無視だ無視。

 ラドフォードから受け取った書類をサクライ先輩に渡す。

「うーん……まあ面白そうだったから?」

 書類を受け取りながらサクライ先輩がそんなことを言う。

「なぜ疑問系? ……というかどこでフィオナと知り合ったんですか?」

「フィオナちゃんが倶楽部の体験をしてるときにちょっと声をかけさせてもらったんだよね」

「そうね。いきなり話しかけられて流石のあたしも少し驚いたわ」

「僕のところに報告が上がってきてたからねー。いろんな倶楽部を荒らし回ってる子がいるって。まぁそれ以前にフィオナちゃんのことは知ってたんだけど。特待生だしね」

「そうなんですね。何故うちの部隊に?」

「面白そうだったから?」

「それはさっき聞きました」

 サクライ先輩から書類を受け取る。めちゃくちゃ丸っこい字とめちゃくちゃカクカクの字が混ざってる。……わざと書いてるんだろうけど、地味にすごいなこれ。

「条件だったのよ」

「条件?」

 フィオナがそんなことを言い出した。

 条件ってなんだ条件って。

「部隊の申請をしに行ったときに条件をつけられたのよ」

「なんだそりゃ」

「部隊に生徒会執行部の人を一人入れれば申請通してあげるって」

「それでサクライ先輩を?」

「入ってくれるって言うから」

 ……まぁ、お目付役ってところなんだろう。部隊作らせてやってもいいけど代わりにこっちの目も入れさせろよって。

「もともと興味があったって言うのもあるしね。軍期待の特待生が何をするんだろうって」

「あ、そうですか」

 書類を全部確認した俺はそれをフィオナに渡す。フィオナは俺から受け取った書類をざっと確認すると立ち上がった。

「これ出してくるから、今日のところはおしまいね。また明日ここに来てちょうだい」

 そう言うなりフィオナはさっさと談話室を出て行ってしまった。

「どうする? 僕とおしゃべりでもしていくかい、シャン君?」

「遠慮しておきます」

 手持ち無沙汰になった俺にサクライ先輩がそんなことを言ってきたので、反射的に断りを入れる。ていうかあなたもその名前呼びなんですね。まぁいいけど。

 ああいや、でももう一つ気になったことだけでも聞いておくかな。

「そういえば、よかったんですか? サクライ先輩は。こんなところに所属して自分のキャリア的なものとかは」

「別に問題ないよ」

 そういうとサクライ先輩は自分の制服の肩の部分を見せてきた。そこには何かのバッジみたいなものが付いていた。

「これ、階級章なんだけど。生徒会執行部の人間には特例で学生のうちから尉官待遇が受けられるんだよねー。副会長は中尉待遇。特務中尉ってやつかな。会長は特務大尉。そのほかの執行部員は特務少尉。何事もなくこのまま卒業すれば特務の部分が消えて晴れて尉官からのスタートってわけだね。だから学生のうちにキャリアなんてものを気にする必要はないってわけ」

 マジか。

「それって、階級的にサクライ先輩がこの部隊の隊長をやらないとマズくないんですか?」

「ぜーんぜん。あくまで階級は軍での階級であって、学生生活には関係ないからねー。学生の部隊は学生同士で運営しろってことだね。そこに軍の階級を持ち込むなんて無粋なことはしないよ。面白くないし」

「面白くない、ですか」

「フィオナちゃんとは違うベクトルの面白さだろうけど。僕が面白そうだからこの部隊に来たっていうのは本当だぜ?」

 そういうとサクライ先輩は立ち上がる。そのまま談話室の出口に向かって歩き出した。

「ま、また明日だね。明日には僕らの専用の談話室も用意してもらえるだろうし、楽しみにしとくよ」

「お疲れ様です」

 ひらひらと手を振って談話室からでて行ったサクライ先輩を見送る。掴みどころのなさそうな人だな。仲良くできるのだろうか。

「ラドフォードも、今日は終わったみたいだし帰ってもいいぞ」

 結局一言も喋らなかったラドフォードにもそう言う。書類を書いてからマグカップを両手で持ってちびちび紅茶を飲んでいたラドフォードは、一回頷いてから立ち上がる。

「……また明日」

 そう一言告げると、出口に向かって歩いて行った。

「おう。また明日」

 さて、俺も帰って明日に備えて寝るかな。

 ……あ、課題やってねぇわ。フィオナが戻ってきてから写させてもらおう。






「遅かったわねぇ。待ってたのよ?」

 俺たちに割り振られた談話室の扉を開けると、間延びしたような女性の声が聞こえてきた。

 談話室に最初から備え付けられているソファーに寝転がり、どこからか調達したであろう雑誌を読みながら手をひらひらこちらに振っている。女性教官用の服を着て、少しウェーブのかかった黒髪をさらりと流している。その胸は大人の女性であることを主張するような豊満さであった。

「……ナオミ先生? こんなところで何を? ていうか寛ぎすぎでは?」

 俺とフィオナの担任の先生であるナオミ・ケンジットだった。

 自称丁寧な物腰の女性なのだが、自称は自称であった。

「あれぇ? アインスタインさんから何も聞いてないの?」

「フィオナ、どういうことだ」

 俺の後ろから続けて談話室に入ってきたフィオナに問いかける。するとフィオナは直美先生を見て「あら、もう来てるのね」と漏らした。

「ナオミはうちの指導教官になったから」

「指導教官?」

 フィオナはズンズン談話室に入ると、空いているソファーに腰掛けてふんぞりかえるように足を組んだ。

「そうそう。あなたたちの指導教官になったからよろしくね。ちなみに専属よ専属。こんなことって滅多にないんだから」

 どこからかお菓子を取り出し、ソファーの前のテーブルに置きながらナオミ先生が言った。フィオナはナオミ先生がおいたお菓子を手に取り食べている。いつの間にかサクライ先輩もフィオナの隣に座っていて、お菓子をつついていた。

 いや、何? なんなのこれ。状況についていけないんですけど。

「指導教官っていうのは、部隊について指導監督する教官のことだね。まぁ読んで字の如くだけど。外部との顔繋ぎ役でもあるから、外部で何かしたいときは基本的に指導教官を通してって形になるね」

 お菓子を食べながらのサクライ先輩の説明に、そういえばそんな教官がつくって部隊について調べた時に書いてあったなと思い出す。

「普通は指導教官っていうのは複数の部隊を掛け持ちするんだけど、ナオミ先生には特別にここの専属になってもらったんだぜ」

「今まで面倒見てきた部隊の引き継ぎとか大変だったんだから」

 いつの間にかラドフォードは少し離れたところにある椅子に座り、持ち込んでいた文庫本を開いていた。

「あたしは指導教官なんていらないって言ったのよ。でも規則だからってうるさく言われたから、仕方なく受け入れたの」

 不満そうなフィオナだが、規則は規則だし仕方ないと思うぞ。

「しかし、何故専属に?」

 俺がそう聞くとサクライ先輩が答えた。

「特待生と、生徒会副会長。この二人が所属する部隊の指導教官が他の部隊と同じく複数部隊の掛け持ちだと色々都合が悪い。……っていうのが学校側の建前。軍としては、まぁ同性の教官を常時張りつかせておきたかったってところかなー。あんまり面白い話じゃないよ、どっちにしても」

「軍の事情を面白い面白くないで語らないでよねぇ、もう。サクライさんにはその程度のことなのかもしれないけど」

「あたしにとっても面白くないわ。大人が常に張り付いてるなんて……まぁいいわ。物は考えようだもの」

「本人が目の前にいるのにそう言ってのけるところは素直に感心するわ、フィオナさん。けど私にとってはとっても都合が良かったのよねぇ。専属なら、ずっとここにいてサボってても何も言われないし?」

 そう言ってナオミ先生はお菓子をひとつまみ口に運んだ。……やっぱ寛ぎすぎじゃね?

 俺もテーブルを囲むように置いてあるソファの一つに腰を下ろした。流石にお菓子に手を出す気にはなれなかったが。

「まぁナオミ先生は僕からの逆指名みたいな形でなってもらったんだ。面白くない話なんだから、その中で少しでも自分たちに面白い方向に持っていきたいじゃん? ほら、ナオミ先生はこんなんだからさ、僕としてもこーいう人の方がいいし」

「ニノさん、あなたも本人目の前にして結構言うのね」

 フィオナもサクライ先輩も本音では指導教官は必要ないと思っているのだろう。ただ規則は規則だし、それを跳ね除ける理由もないのだから、指導教官は必ず着く。それをサクライ先輩が自分に都合のいい教官になるように働きかけたのだろう。生徒会副会長の権力か、特務中尉としての軍としての立場か。

 どっちにしても、いてもいなくても変わらなさそうな、こちらにあまり口出ししてこなさそうなナオミ先生を選んだのだろう。

 まぁ俺としてもそのサクライ先輩の行動には賛成だ。賛成というか感謝だな。ガチガチの軍人みたいな人が来たり、融通の効かない人が指導教官になったりしてフィオナの意見が通らなくなったりしたら大変だ。主に俺が。フィオナの不機嫌解消に俺が選ばれるのは間違いない。

「まぁ事情はわかりました。これからよろしくお願いします」

 そう言って俺はナオミ先生に頭を下げた。

「あらぁ、シャン君は礼儀正しいのね」

 あなたもその名前で俺を呼ぶんですね? もういいですけど。

 ていうかそろそろ寝っ転がるのやめたらどうです? めんどくさいから無理? あ、そうですか。

「今後の行動予定を決めるわ!」

 お菓子を食べていたフィオナが「予定表」と書かれた紙をテーブルに広げながら、そんなことを言い出した。

「何か意見はない?」

「俺は男の隊員が一人欲しい。肩身が狭い」

 指導教官も含めて男女比一:四っておかしいと思うんですよね。男の方が数の多い士官学校ですよ? ていうか俺は別に女子に囲まれて育って女子に慣れまくってるハーレム主人公とかではないので、普通に同性の隊員が欲しい。

「あんたには聞いてないわ」

「いや聞けよ。一応副隊長だろ」

「名目上はね。——それで、他には?」

 俺の意見を軽く流し、フィオナが尋ねる。

「あ、忘れてたわ」

 フィオナの言葉に反応して、ナオミ先生はソファーの下に置いてあった鞄から一枚の書類を取り出した。

「これ、あなたたちの初任務。ちょっと特殊そうなのを引っ張ってきたから頑張ってね」

 テーブルに広げられた書類をフィオナと一緒に覗き込む。

「「新型ネブラ・ディスクの実践使用を仮定とした起動実験?」」

 同時に書類の表題を読み上げる俺とフィオナ。

 そんな俺たちを見て笑うサクライ先輩とナオミ先生。

 我関せずといった具合に文庫本を読み続けるラドフォード。

 俺たちの部隊活動が始まったのだった。

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