第20話 / 監視レベル5の来訪者と新入りの看守 ②

コンッ コンッ


「夕食を持ってきました。開けて良いですか?」


夕食を持ってきたクロガネが部屋の中の者へ声を掛ける。


暫くの沈黙の後、部屋の中から声が聞こえる。


「入っていいわ」


扉を開けると部屋の中は豪華な造りとなっており、天井にはシャンデリア、ベットはクイーンサイズで壁には絵画が飾られていた。


監獄の中とは思えない豪華な部屋で、客人用の一等室とは言え過剰な装飾が施されていた。


(いったい誰の為の部屋なんだ...)


クロガネはこの国の貧しい現状を知れば知るほどこの部屋に違和感を感じた。


奥へ目をやると彼女はソファに座っていた。


確かに囚人逹の間で直ぐに噂にするほどの美女だった。


彼女の目を見ると心が吸い込まれそうになったため直ぐに目を逸らした。


目を見ないように気を付けながらクロガネは手短に夕食を乗せたカートを置き、部屋から出て行こうとドアノブに手を掛けた。


「待って」


後ろから声が聞こえる。


「何か用ですか?」


クロガネは後ろを振り返らずに答える。


「看守にしては隙だらけね?もしかして新入りさん?っていうよりステータス見れば一目瞭然だけど」


「まぁ...個人情報なので回答は控えます」


(ステータス?何を言ってるんだ?)


「個人情報?ふふっ。何それ?そんな答え方した人初めて聞いた。ねぇ、何でマスクを着けているの?」


透き通った声が後ろから聞こるが変なプレッシャーが後ろから刺さって来る。嫌な感じだ。


「醜いみにく顔で人前に晒せる顔じゃないんです...それでは失礼します」


再びドアノブに手を掛ける。


「待って。未だ話は終わってないわ」

再び後ろからクロガネへ声が掛かる。


「まだ何か用ですか?」


「貴方の名前を教えてくれるかしら?色々としてくれるみたいだから。それとも貴方の言うそので教えてくれないのかしら?」


「...クロガネって呼んでくれれば結構です」


「クロガネね...一週間のお世話宜しくね♡ 私の名前は」


バタンッ


彼女が言いかけたところでクロガネはドアを開けて出て行ってしまった。


「案外侮れない男ね...チャームをかけて簡単に操れると思ったのに...それでも時間の問題だと思うけど」


クロガネが部屋を出て行った後部屋の明かりが全て消え、暗闇の中で赤い光が2つ眩く光っていた。


一等室から出るとクロガネは命令通りドアの前に立ち監視を始めた。


監視を始めたといっても、彼女が部屋に籠っている間はただひたすら部屋の前で立っているだげだった。


勿論、外部からの侵入が無いようにも見張っているのだが...


何時間経っただろうか?ここの世界は1日が48時間らしい。といっても監獄の中では日の光を見る機会がめっきり減ってしまった為、朝なのか夜なのかさっぱり分からなかった。


ここに来てから...いや、この世界に来てから3週間位は経っただろうか。


最初の1週間は全ての出来事が信じられず受け入れられなかった。


眠りから目を覚ませばやっぱり夢だったと期待を込めて眠りにつく。しかし、七回目の睡眠から目を覚ました時その考えは捨てた。


最初はこうだった。


気が付くと目の前に遥か見上げる高さの壁があった。先ずはここがどこなのか周辺を彷徨った矢先、獣だが人型の生き物にいきなり持ち物全て奪われてしまった。


命があっただけでもラッキーだったかもしれない。


あの爪で殴られでもしたら俺の身体は原型をとどめてなかっただろう。


奪ったあいつの顔は忘れない。特徴のある顔だ。生き物で言えばそう、、ライオンだ。青色の鬣たてがみがあった。片方の目は深い傷で潰れていた。


人型の獣やわけのわからない生き物から逃げながら彷徨い続けて1週間、ほとんど飲まず食わずだったため力尽き倒れこんだ迄は憶えていたがそれ以降の記憶が無い。


気付いた時にはここ、監獄ベルヴァルトの医務室にいて手当てをされていた。


そして今こうして職を与えられ看守として仕事を全うしている。


彼アドルフさんには感謝しかない。彼が拾ってくれなければ間違いなく獣の餌になっていただろう。


不便なのが、彼らの言語の理解が難しい為コミュニケーションを簡単にとる事が出来ない所だった。本当はこの世界について彼らに色々と聞きたい事がある。


英語でもフランス語でも無いし彼らの言語を聞いたことがない。勉強する必要がある。


看守の仕事だって大変だ。ただぼーっと突っ立っているだけじゃなく囚人の変化を読み悪い事をしてないかの監視、配膳、掃除、見回り、点呼、毎日の状況報告等...


この世界で適応して行く為にやらなければいけない事が山ほどある。


しかし、この世界で過ごしてきて気付いたことがある。


大変なのに...きつくて辛いのにそれを楽しんでいる自分がいる。


あ・っ・ち・の・世・界・で過ごした日常の中でこの様な高揚感はあっただろうか?


テレジア...彼女もこの世界にいるのだろうか?


何とかしてあいつからスマホを取り返して彼女に連絡出来ればこの世界について色々と教えてくれるかもしれない。


「...!」


「..ガネ!」


「クロガネ!!」


アドルフが何度も声を掛ける。


「聞こえてますよ。アドルフさん」

とっさに平静を装い返答をする。


「ったく、どうだ?1等室のに異常は無いか?」


「何も異常ありません。部屋の前で監視していますが静かなものです」


クロガネがアドルフの目を真っ直ぐ見て報告する。


「そうか...わかった。小さな事でも良いからおかしな事があれば直ぐに報告してくれ。それと最初に言ったとおり、俺が直接命令するまで誰も部外者を部屋に入れるなよ」


「分かってます。上の命令は忠実に守りますよ。サラリーマンですから」


「サラリーマン?何だそれ?美味しいのか?」

アドルフが怪訝な顔で聞く。


「いえ...独り言です」


「じゃあ頼んだぞ」

アドルフがクロガネの肩をポンッと叩き去って行った。


何時間経っただろうか。気持ち悪い位何も起こらないし静かすぎた。


まぁ何も起こらないから良いんだが...


監視を任命されて2日目、部屋の中から彼女の声が聞こえた。


「ねぇ、クロガネ。つまらない...何か面白い話をして」


「...」


「もうっ!クロガネ!貴方、本当に無口ね」


「...」


クロガネが何も答えない事が分かると、部屋の中から彼女の声は聞こえなくなった。


彼女は何の為にここに来たのか?職務上聞きたくても聞けないのだが...



・・・



そろそろ交代の時間だ...さすがに1日48時間監視し続ける事は出来ない為もう1人の看守デーボと2交代制で監視をしていた。


「あっ!クロガネ?まだ居る?老婆心ながら言わせて貰うけど貴方に死相が見えるけど大丈夫?まぁ、そのステータスだから当然かしら」


久しぶりに部屋の中から彼女の声が聞こえてきた。


「ステータス?」


「やっぱりね...クロガネ、貴方何も知らないのね?もしかして貴方でしょ?」


「...」


「ビンゴ!違うなら否定するでしょ?ねぇクロガネ?」


「どうした?クロガネ?」

デーボが交代の時間に合わせてクロガネの元にやって来た。


「いえ...デーボさん特に異常はありません。交代の時間ですね?後、宜しくお願いします」


クロガネはデーボに挨拶すると宿直室へ戻って行った。


「おう!任せとけ!」

デーボがクロガネの背中に声を掛ける。


3日目の監視時間になった為、クロガネはデーボの元に行き交代を告げた。


「デーボさん。交代の時間です」


「ああ...」


「疲れてませんか?早く宿直室で休んだ方が良いですよ?」


「ああ...そうさせて貰うよ」

フラフラしながらデーボは宿直室へ戻って行った。


(あの人大丈夫か?結構いい加減な仕事する人だからな。居眠りでもしてたんじゃ)


「お帰り!クロガネ!寂しかったよ?」


「...」


今日もこんな会話をひたすら聞かされるのか...クロガネは少しウンザリしていた。


「ねぇ...クロガネ...この世界で出世したくない?」


出世?彼女は何を考えているんだ?

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