第19話 百井シロカはまた旅立つ
「てなわけで、僕の方で出した課題はクリアだよ」
『ーーーーー』
「ああ、一緒にコスプレした」
『ーーー』
「はは、写真おくろーか?」
『ーーーーーーーーーーーーーーー』
「相変わらず妙なとこにこだわるなあ。……で、僕はこれからどうしたらいいのさ」
『ーーーーーー』
「……はあ?」
コスプレをする、というアオイの課題をクリアした私は、二人してコスプレを解いた後、一旦、会場からはけて近くの喫茶店に入っていた。
そして、クリアしたことをアオイから、合坂アカネに伝えてもらっていた。予定ではこれで、アカネの場所にまつわるヒントが得られるということなのだけど。
私の前で電話をしている当のアオイは、何やら怪訝そうな顔で眉をゆがめている。その様子を私は神妙な面持ちで眺めていた。
電話口から、かすかに少女の声がする。合坂アカネの声だ。上手く聞き取れないし、くぐもっているようにも聞こえるけれど、すぐそこで、確かにあの合坂アカネが喋っている。私はその事実にきゅっと口をきつく結んだ。
ヒント、なんだろう。一体どれほどの難問だろうか。彼女のことだ、数学の未解決な課題か、あるいはもっと難解な理数系の問題か。はたまた予想すらしていないような、角度から来るか。
アオイはちらりと私を見て困ったように顔を歪めた。
ただ、そんな予想はことごとく外れた。
「僕がシロカにヒント出すの?」
それから、どこか間の抜けたような声を上げてそう言った。
「え? 今の様子からヒントを僕が探し出してシロカに伝えるの? 責任重大じゃん、っていうか僕の洞察力に期待するなよ」
アオイは困り果てたように、私を見てそれから電話の向こうのアカネに文句を告げている。私はただその様子をじっと見ていた。
そうか、そうくるか。
あえて、途中に誰かを挟むことで情報の精度を下げてきた。
これで相手の行く先を読む難易度は、激烈に上がる。というか、正しく辿り着く保証すらなくなってるわけだけど。
「え、もう始めんのかよ。ああ、わかった。わかった。シロカもそれでいい?」
困ったようなアオイの言葉に、私はじっと目を見返して頷いた。どうせ、どのみち選択肢はないのだし。
息を少し整えて、集中する準備を整える。
アオイは軽く息を吐いて、表情を少し戻すと眼を閉じてじっと電話口の様子に聞き耳を立てていた。
「…………、えーと声。人の声。アカネ以外の声だな、女の人。ちょっと年いってるかも? 落ち着いた声だ。なんか呼んでる。アカネちゃん? 呼ばれてんぞ、アカネ。それで、えーと、もう1人いるかな、えーと……」
そこまで呟いたところで、アオイは驚いたようにスマホを見た。え、と思わず口を開けてスマホを見ると、その時点で通話が切られたみたいだった。
「切りやがった、……唐突過ぎるだろ。あ、メッセージ来てる。ごめんシロカ、ヒントここまでだって」
アオイは少し申し訳なさそうに、そう言うけど、私はゆっくり首を振った。
「ううん、大丈夫。なんとなくだけど要素は見えたから」
私がそう言うと、アオイはちょっと驚いたよう眼を見開いた後、軽く肩をすくめた。
「わかるのかあ……これ?」
「まだ完全にはわからないけど……さすがに次のヒントがあると想うんだよね。一応、最終手段もあるけど」
私の言葉に、アオイが首を傾げていると、アオイの携帯が再び通知を拾ったみたいだった。
「あーっと……アカネからだ。次のとこにいけ、だってさ」
ふむ、やっぱりそう来たか。こうやって、いくつか中継点を経てヒントを集めていく仕組みかな。私は意図せずヒントになってはいけないから、アオイの携帯は見ないようにして続きを促す。
「そっか、で、どこ? それ」
「えーっと……大阪じゃん。どこだこれ、……あー、アドレスコピーするから、シロカ連絡先教えて」
アオイはしばらく困ったように頭を掻いた後、何気なくそう言った。私もあ、そっか、と我に返って、タブレットを撮りだしてラインのIDを交換する。
五十音順で友達欄の一番上に『アオイ』という文字が登録される。
なんだか、ちょっと不思議な感じがした。
「うい、で、ここに貼り付けてっと。届いた?」
「うん、ばっちり!」
示されたのは大阪にある、どこかの住宅街の一軒家。意図は未だに分からないけれど、アカネのヒントの続きがここにある。
そうと決まれば、ゆっくりはしていられない。リミットはたったの3日、早々に動き出さないと。
「じゃ、行ってくるよ!」
私は意気揚々とカバンを持つと、会計用のお金だけ置いて、席を立つ。さあ、行く先が決まったのなら、後はもう急ぐだけだ。
そんな私に、アオイはちょっと驚いたような顔をしたけれど、軽く微笑むとそっと私に手を振った。
「うん、いってら。アカネ抜きでも、また遊ぼう」
それから、何気なく、そう言った。私は思わずちょっと止まってしまう。
遊ぶ……。アオイと私が、ボタンの時もそうだったけど、つまり、これは。
「えと、それは。……友達になった……ということで?」
「そうだけど。あり? 違った? てっきりそのつもりだったんだけど」
アオイはそう言うと、ちょっと困ったように頬を掻いた。女の子の格好をした男の子が苦笑い気味に私を見る。
私は大きく頭を振って、アオイの方をじっと見て、それから笑った。
「ううん! いいよ、また遊ぼうね!」
そしてそう返すと、アオイもどこか楽しげに笑ってくれた。
それから今度こそ、手を振ってアオイと別れると、喫茶店を飛び出して次なる目的地へと歩き出した。
さあ、次に向かうのは大阪だ。
まだまだ暑い夏の日差しの中だけど、私はそれよりも熱くなる胸の音を感じてた。
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