第18話 時浜アオイはほくそ笑む

 「いい? アオイ。ここでイベントに参加してたら。そのうち、シロカは絶対アオイのところまで辿り着くから」


 「辿り着くって……一切あげてない僕の男姿を参考にだろ? 本当に来れるのか?」


 「それはやってみてのお楽しみ、だけど。そこはあんまり心配しなくていいよ。


 「ふうん、さっぱりわかんないけど。アカネが言うんならそうなんだろ。で、その後、僕はどうしろっていうのさ」


 「ん? 任せる」


 「……はあ?」


 「アオイがいいなって想ったら私に電話して? おすすめはなにか課題を作ってそれをシロカにクリアしてもらうことかな。ほら、ゲームのクエストみたいな感じで差」


 「……そんなんでいいのか。なんていうか、百井シロカを試すつもりかと思ってたよ」


 「そーしたいのもやまやまだけど、まあ、ファーストコンタクトって大事じゃん」


 「そうかい。ま、精々会えるの楽しみにしといたら。ボタンは結構かわいいっていってたけど」


 「ん? 違う、違う。シロカとアオイのファーストコンタクトの話だよ? 変に私が介入したら、気兼ねなく仲良くなれないじゃん?」


 「はあ……僕が仲良くなんの、なんで?」


 「うーん、勘。でもきっとね、アオイも楽しいよ」


 「ふーん……そうかい。そうなのかなあ」



 ※



 百井シロカが何者か、僕は正直あんまり興味がなかった。


 まあ、全くないわけじゃないけど、僕にアカネほどの好奇は絶対ないし、ボタンほど親身に共感もしてあげられないだろう。


 だから、正直、あんまり期待はしてなかった。


 というかまあ、内心面白くないのも正直なとこだよね。


 ほぼ毎日顔を合わせている僕やボタンより、アカネの奴は顔も見たことない相手にご執心。そりゃあ、まあ、アカネと並ぶくらい賢い奴と言われれば納得するところでもあるけれど。かといって、僕らとアカネの関係がそこまで分かり合えてないみたいで、少しもどかしくもある。


 だから、まあ、アカネに好きなようにしていいと言われた時は、ちょっと無茶ぶりしてやろうって想ってた。


 まあ、二人は好きなように仲良くなりゃいいさ。


 ただ、そっちにアカネがかかりきりになって、僕やボタンが蔑ろにされるのは少し寂しいところがあるからね。


 その分だけ、ちょっとだけ意地悪させてもらおう。


 というわけで、やってきたのは大イベントのコスプレ会場。


 さあ、慣れない人にはきついだろうけど、僕の趣味に付き合ってもらおうか。


 ボタンから聞く限りの特徴を考慮してキャラの選定も行った。


 ツイッターで知り合った東京在住のレイヤーさんから、衣装を借り受けられたしその人に当日のメイクの世話までお願いできた。


 ま、軽く人波にもませたら解放してあげよう。


 そう、ちょっとだけ困らせてあげよう、それくらいの想定だったわけだけど。



 ※



 「ここをこうして、青のリップを引いたら……」


 「完璧かよ……」


 「アオさん。こんな逸材どこで見つけてきたの……」


 「僕も正直、初見びびりましたよ」


 「え、あの……私、何かおかしいところでも……」


 「強いて言うなら、おかしいところが何一つないのがおかしい」


 「やばい、これ本物? 本物では? なんで? 次元越えてきた?」


 

 なぜ、なぜこんなことになってしまったんだろう。


 時浜アオイに連れられてコスプレ会場に到達したのは、目が埋まるほどの人波に揉まれた後、更衣室らしき場所の前で、これまた見知らぬお姉さんに引き渡された。そして言われるままに着替え、されるがままにメイクをして、最終調整ということでアオイと合流してメイクの仕上げだけやってもらっているのだけど。


 メイクをしてくれたお姉さんは私を見てどことなく呆けたまま、スマホでこちらを連射してくる。


 「え? アオさん。これSNSにあげちゃだめなの? みんなにこの美しさを共有しちゃダメなの? 私バズっちゃえる自信あるよ」


 「だめだねー、普段はそういうのやってない素人さんだから、今日はアップロードNGの看板も持ってて端っこでやるつもりだったし」


 「え、SNSは勘弁してください……」


 訳も分からないまま、着せられた服で私は軽くため息をつきながら。改めて、アオイを見る。アオイも私と同じようにコスプレをしていて、最初話しかけられるまで同一人物だとわからなかった。髪は紅のウィッグで同じ色で構成されたワンピースに異様に高いハイヒールを履いている。多分、同じゲームキャラなのだろうけれど、どこか高飛車な小生意気な女の子といったかんじで。相変わらずさっきまでとは全く別の人間に見えるし、男性だとは微塵も感じられない。


 ちなみに、着替えをしてくれたお姉さんは、これはまたがっちりとした鎧を着込んだキャラになっていた、牙とか角が付いていて、荒々しく流された金髪もあって荒々しいキャラなのだろうけれど、どことなく恍惚とした表情で写真を撮りまくっているから、なんかどことなく台無しだ。


 そして、私は髪を後ろでまとめた後、黒のドレスに白のストールを王冠、ヴェールなんかをつけて、模造品の槍のようなものまで持たされている。なんだろ、女王様……なのかな。顔にかかった黒のヴェールのお陰でほとんど顔は隠れてるけど、気恥ずかしいのに変わりはない。


 感極まった二人がなんで跪いてくるし、陛下とかお母さまとか呼んでくる。なんか、大丈夫なのだろうか……これ。


 だけど、そんな私を置いて楽しそうにアオイは手を引いた。


 私は慣れないヒールのまま、アオイに連れられてイベント会場の中を駆けて行った。


 不安だし、緊張してるし、人に見られるのは何より怖い。


 だけど、不思議とそれだけじゃない時間だった。


 会場のど真ん中に踊り出たら、アオイは急にキャラが変わったみたいにきゃぴきゃぴしだして、私と一緒に手を組んだり、ポーズを決めたりし始めた。


 私は言われるがままに、武器を構えたり、ポーズをとったり、慣れないからたぶんすごくぎこちないわけだけど。なんでかみんな楽しそうだ。そうやってはしゃいで遊びながら、アオイと一緒にあちこちを歩き回った。


 同じコスプレイヤーの人にかけて、写真を撮ってもらったり、逆にお願いされて写真を撮ったり。


 道行く途中で髪が綺麗だねって褒められた。


 写真を撮られながら、眼がすごく澄んでるって喜ばれた。


 コスプレイヤーの人たちが肌の白さに感心してくれた。


 なんだか不思議な気分だった。


 そうだよね、ゲームのキャラなんだから、髪は白くて自然だし、眼の色は違って当然だし、肌の白さもちょうど都合がいいんだろう。


 人波に紛れてしまえば、奇異の眼でばかり見られる自分の姿だったけど。みんながみんな色とりどりの姿でいるこの場所では、当たり前に自然な姿だった。


 誰も彼も色とりどりだから、白が一滴混じっても気にならない。


 アオイに連れられてあちこちを見て回った。写真を撮影をされるというより観光を楽しむみたいに、あちこちと。


 知らないアニメのキャラクターを着た女の人がいた。知ってるアニメのキャラクターの女装をしてる男の人がいた、アオイよりはちょっとわかりやすい。自宅警備員のコスプレをしてる人がいた。ちょっとえっちな格好の人もいれば、ゴスロリみたいな恰好の人もいた。きめっきめのイケメンもいれば、ほぼ着ぐるみの人もいた。


 綺麗に見せたい人がいた。笑わせたい人がいた。


 わいわい騒ぐ人もいたし、端っこに座って眺めている人もいた。怖そうな人も、優しそうな人も、カッコいい人も、可愛い人もいっぱいいた。


 誰も彼もが騒ぐ中をアオイと二人、わいわい言いながら走り回った。


 怖いのは本当で、人ごみが嫌いなのも本当で、でも矛盾してるようだけど、こうして新しいなにかをしているのは楽しかった。


 手を引かれて歩いてく、そういえばボタンとも友達になれたけど、もしかしたらこのアオイとも友達になれるのかな。アカネはもしかして、そのことを考えたうえで私と引き合わせたのだろうか。


 なんてことを考えながら、歩き回った。


 人ごみは苦手なはずなのに、気付けば疲れることもなく歩き続けていた。





 ※





 「いやあ、やっちゃった!! 予定と違う!!」


 「え、え?!」


 さすがに二人ともヒールだったから歩き疲れて、道の端っこに座った時のことだった。アオイは、はっとなったように突然そう言って、我に返っていた。


 ……いったい、何の話だろう。


 首を傾げる私に、アオイは困ったように笑いかけると、ひらひらと手を振った。ちなみに、メイクをしてくれたお姉さんは同人誌の売り子をするからと、途中で離脱してしまっていた。


 「いやあ、正直言うと最初はね実はちょっと意地悪するつもりだったんだ」


 「……は、はあ」


 アオイは軽くいたずらっぽい笑みを浮かべて私を見る。


 「慣れないコスプレさせて、連れまわしてちょっと困らせてやろうってね」


 「う……うん、それは、確かにびっくりしたかな」


 なにぶん初めての経験で、色々と気疲れしたのは確かだけど。


 「ただなー、思ったより完成度高くなっちゃったから、僕も興奮しちゃってさ。つい楽しくなっちゃった、あはは、ま、しょーがないよねー」


 そう言って、アオイはけらけらと笑いだした。私ははあ、と要領を得ないまま首を傾げてみたけれど、まあ、楽しかったのは確かかなと思わずつられて笑ってしまった。


 「そっか……私も楽しかったよ。こういうとこ、初めてきたから」


 「そりゃなにより。いいとこでしょ? 僕、ここの雰囲気好きなんだよ。なりたいような格好になってる人ばっかでさ、好きなように生きていいんだなって実感できるから」


 「そうなんだ、……うん私も好きかも。あんなに髪とか眼とか褒められたの初めてだったから、ちょっと嬉しかったな」


 「いやあ、それ才能だからね真面目に。世の中の人が必死にブリーチしたり、ウィッグ被ったりしなきゃ手に入らないものを自前で持ってるんだから。その髪色でその髪質はねー、もーねー、もー、もー、もー最高だからね。語彙力無くなるわ」


 「あははは」


 「いやあ、あとねいいのがね。顔が日本人が何だよね、どことなく幼い感じでさ。やっぱアニメキャラって髪とか目こそ外国人みたいだけど、骨格日本人じゃん? どことなく幼い感じって言うか、それが両立してるがね、もう、ねー、もう! 才能、天才、また今度こよーよ。ちょっと試したいのが色々ある」


 「あはは、そだね。次はアカネとかボタンとも一緒にきたいかな」


 「それやるなら、君ら先に出会わないとだろ? もう、家わかってんだから会っちゃいなよ」


 「いやあ、それはそれで。遊びの決着がつかないと言いますか」


 「はあーあ、まあいいけどね。すっかり楽しんだので、僕は文句はありませんよ」


 「ええ、本当は?」


 「ボタンとアカネも入れて四人で合わせのコスプレしたーい。もーね、頑張る。それができるんなら、僕は何でも頑張るわ」


 「あははは!」


 今まで、そんな声出したこともないくらい、笑ってた。


 コスプレして、普段と違う自分みたいになってたから、ちょっと気持ちが昂っているのかな。


 何にしても楽しいことに違いはないねと、私はアオイと二人で笑ってた。


 女王様と高飛車少女は、道の端っこで足を伸ばしながら、大口開けて笑ってた。

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