第15話 百井クスリは呆れてる

 お姉ちゃんとアカネさんの遊び……本人たち曰く、鬼ごっこが終わってから二週間程、時間が過ぎた。


 世の中はそろそろお盆も近い頃、私は時々知り合いに宿題の面倒を見てもらいながら、遊んだりだらだらする日々を過ごしている。最近はギターの練習もしてるけど、コードがいまいち覚えきれず、本番はエアギターでもいいかな、なんて思い始めたそんなころ。


 暑さも極みの昼前のこと。


 自室で、Youtubeに上がっていたアカネさんの歌ってみた動画を見ながら歌の練習をしていると、持っていたスマホが振動して通話を知らせてくる。


 えーと……、動画で歌ってる本人じゃん。なんか、有名人に出会った気分。


 『ハロークスリ、元気してる?』


 「はい、元気してますよー。どしました、アカネさん」


 受話器の向こうから、アカネのさんの快活な声が響いてくる。顔は見えないけど、多分、楽しそうににやにやしてるんだろうなあっていうのがわかる、そんな声だ。


 『んっとねえ、話をする前に一回、玄関から外に出てもらっていい? 絶対、シロカに聞こえないところまで行って欲しいんだ』


 「おお、用心ぶか。りょーかいです」


 私は思わず、声を潜めながら電話を耳にあてる。大丈夫だと思うけど、うちはそこまで壁が分厚くないから、頑張れば会話が聞こえてしまうかもしれない。


 『一応、どれくらいかかるかわからないから、日焼け対策はしっかりね。カーディガンとか着ときなよ?』


 「いや、外で思いっきり鬼ごっこした人の発言とは思えませんね」


 『これでも私はそこらへんばっちりだから、ちなみに今、シロカなにしてる?』


 「部屋にこもって執筆ですかねー、お姉ちゃん執筆中はヘッドホン付けて外さないんで、音的には大丈夫だと思いますけど」


 『そうか、でも一応、抜き足差し足で脱出お願い』


 「らっじゃー」


 なんかスパイごっこみたいだなーとか考えながら、私はクローゼットから薄手のパーカーを羽織って、そっと足音を忍ばせながら部屋を出た。それから階段を下りて下の階へ、途中、お母さんに見つかったから、しーと唇に指を当てたら、不思議そうに首を傾げながらも静かにしてくれていた。うん、なんか楽しいなあ。あのお姉ちゃんに内緒で何かをするって言うのが余計に面白いのかな。


 こっそりと玄関のドアを開けてその外へ、万が一にも聞かれないよう、家の敷地から出てもう一度スマホに耳を当てる。


 「出ましたよ、アカネさん」


 『おっけー、じゃあそのまま近くのマクドナルドにでも行くフリしといて、何もないとは思うけど、念のためね』


 「はーい……アカネさん。すいません、私、今月金欠でマクドナルドに行くとちょっと余裕がないんですけど……」


 『あー、そう思って、前渡したシロカ宛ての手紙に千円挟んであるから。おねーさんのおごりということで』


 「あの時にそこまで? 予言者か何かですか……?」


 『ふふ、我、賢かろう?』


 「マジ賢いっす、ごちそうさまです」


 私はなんとなく、何もないところに向かって頭を下げた。


 てな感じで、私は一度家に戻って自転車をとってからマクドナルドに向かうのだった。お母さんには一応、ご飯いらないよって連絡だけしといた。まあ、つくるのお姉ちゃんなんだけどね。


 スマホにイヤホンを差して、通話状態にしながらそのまま私はアカネさんの指示を聞いた。


 一つに、家に帰ったらお姉ちゃんに私が受け取った手紙を見せること。(千円はもらっていい)


 二つに、詳しくは、その後、アカネさんからラインが来るから私がお姉ちゃんに伝えること。


 三つに、シロカが家から出るまでの動向を逐一、アカネさんに報告すること。


 ふむ、と私は納得しながら。夏のセミがうるさい中、田舎の障害物のない道を快速で自転車を飛ばす。


 『……てな感じ、一応、後でラインにまとめ送るけど。わかった?』


 「オッケーです!! バッチリ!」


 『ようし、えらいぞう。ちなみに、何食べるの? マクドナルド』


 「期間限定のお肉もりもりのやつ!」


 『ぷっはっはっは、まあゆっくり食べってらっしゃーい』


 「はーい!!」


 そう言って、アカネさんとの通話は切れた。ちなみに、期間限定のお肉もりもりバーガーは本当にお肉もりもりだった。汗だくになりながら、ポテトとlサイズのコーラと一緒に流し込んで、私はたしかな満足をえるのであった。まる。



 ※



 「というわけで、お姉ちゃん。アカネさんからお手紙です」


 私が部屋に行ってアカネさんからの手紙を(ちゃんと千円は抜き取った)渡すと、お姉ちゃんは、一瞬呆けた後、ぴょんと飛び跳ねて私が持っていた手紙に飛びついた。


 今日は朝から執筆モードだったから、ジャージ一式の格好で楽だからという理由で眼鏡装備だ。日差しに弱いから部屋も閉め切っていてヘッドホンも装備したザ引きこもりスタイル。ただ、非日常めいた透き通る白い髪と白い肌が、引きこもりの象徴のような格好と絶妙なミスマッチをもたらしていたりする。まあ、これはこれで需要ありそうなのが、さすがお姉ちゃんといったところなのかな。


 お姉ちゃんは最初こそ慌てていたけれど、私から手紙を奪い取るくらいの勢いで受け取ると胸に手を当てて息を落ち着けてゆっくりとその手紙を開いた。


 私はそんな世にも珍しい、うちの暴君の色めき立つさまを眺めながら、半分ほどとけたシェイクをずごずご吸っていた。別に使い切る必要はなかったのだけど、つい綺麗に千円使い切ってしまったよね。


 「なんて書いてあるの?」


 それとなく気になって、私はお姉ちゃんの後ろに回ってその手紙を覗き込んだ。一体、どんな難解な問題が書いてあるのかと、一瞬期待したけれど、書かれていたのは意外と短い文章だった。



 『さあ、もう一回、遊ぼうよ』



 スマホが振動した。


 パッと目を向けると、そこに映っていたのは、アカネさんからのメッセージ。……いやタイミング良すぎない? 予言って言うか、千里眼でも持ってるのかってレベルなんだけど。


 「アカネさんからだ、『最初の問題』だって」


 「へえ……」


 スマホを見ながら、ちらっとお姉ちゃんを盗み見た。表情は抑えられてる、崩さないように、でも手紙を持つ手がほんのちょっとだけ震えてる、口角が微妙に吊り上がって眼はじっとアカネさんの文字を焼き付けるみたいに動かない。


 もう、ワクワクが隠しきれてないよ、お姉ちゃん。はじめて遊園地に行く子供でも、もうちょっと隠すのがうまいくらいだよ。


 私は苦笑しながら、送られてきた文章を読み上げる。


 「えーと……『問題一:写真の人物に直接出会ってキーワードを聞き出すこと。タイムリミットは三日後の秋田空港最終便の時間まで』……で、これが写真かあ」


 「クスリ、私のラインに転送して」


 「ほいほい……って、誰だろ、これ」


 お姉ちゃんに写真を飛ばしながら、私はその写真をじーっとみる。写っているのは、ファミレスで撮られたと思しき男子の姿。


 ピースサインから目をのぞかせた、楽しそうな表情。男子にしてはちょっと細いけど、なかなか顔立ちが整ってる。年は幾つくらいだろう、お姉ちゃんと同じくらいかな。


 「ふうん……」


 「え、ヒントこれだけ?」


 もっと、なんかないのだろうか。どこら辺に住んでいるとか、名前はどうとか、そういうの。


 ただ、私の疑問に反して、お姉ちゃんは少しだけ考え込むようなそぶりを見せると、ノートPCとタブレットを同時に起動した。


 「クスリ、スマホ貸して?」


 「あ、アカネさんとのラインの記録みるの?」


 「……そんな、野暮なことしないから。ちょっと調べものするだけ」


 「ほいほい、友達とのやり取りとか見ないでね」


 「わかってる」


 お姉ちゃんは私からスマホを受け取ると床にノートPC、タブレット、スマホあと紙のノートを並べるといっぺんにその全部を使い始める。


 ノートには思いついたことを延々と書き連ねる。スマホはさっきの画像を、タブレットとノートPCはどこかのサイト映しはじめる。


 そのまま、ヘッドホンを耳につけるともう完全に集中モードだ。


 他のことは全部見えていない、ただ全身全霊で、この写真の人物を探し始めている。


 しかし、この広大な、ネット世界で果たして簡単に写真一枚で見つかる物だろうか。タイムリミットは三日後の最終便まで。


 前、アカネさんの居場所を割り出すときはなんだかんだで何か月もかかっていた。それをたった三日間で? 本当にできるものだろうか、いくらなんでも難題過ぎない?


 私はアカネさんに対して、若干の疑問符を抱きながら、邪魔しちゃ悪いのでそっとお姉ちゃんの部屋から出た。


 あとスマホをとられてしまったので、仕方なくテレビでも見ようかなとリビングに降りてみる。お姉ちゃん、全部タブレットでやっちゃうからスマホもってないんだよね。別にいいけど、こういう時はちょっと不便だよねと軽くため息を吐きながら、リビングのドアを開けた。


 そういえば忘れていたんだけど。


 私がマクドナルドに行ったのが昼前のことだった。


 おかげで、お腹はぱんぱん大満足なわけだ。


 うん、私はな。


 で、お姉ちゃんはよく集中モードに入ると、ご飯も平気で抜かすし、それで平気な人なのです。なんならこういう時のための部屋の中に非常食を大量に備蓄していたりする。


 でも、うちのご飯は大体お姉ちゃんがつくっているわけで。


 つまり、今、ご飯を準備してくれる人は誰もいなわけなので。


 私はドアを開けた。


 そこには、いいとこのお嬢様育ちのお母さんが、すっと背筋を伸ばして、お箸を自分の前に置いた御淑やかなたたずまいのまま、ちょっと悲しそうに私を見た。


 「……お昼ご飯、まだかなあ」


 「……」


 てなわけで、お母さんの今日のお昼ご飯はカップ焼きそばだった。


 めったに食べれないから、めっちゃ喜んでたのはお姉ちゃんには内緒だな……。


 


 ※




 とりあえずお母さんのお昼はカップ焼きそばで済ませたけど、お姉ちゃんいつまで集中モードだろう。あんまり長いようだと、夕食の心配もしなきゃいけないな。


 なんて考えて、三時間ばかりたったおやつ時のこと。


 「見つけた」


 「……はあ?」


 お母さんとファミリーパックのアイスを二人でつっついて食べていた私は、何故か外行きの格好でリビングのドアを開け放ったお姉ちゃんに、思わずそんな間の抜けた声を返した。お母さんはそんな私達は気にも留めず、美味しそうにアイスを食べている。


 「見つけたって……アカネさんの時はあんな何か月もかかったのに?」


 ものの数時間しかたっていないのに、一体どうやれば見つかるのだろうか。


 「あの時は、制限が多かったからね。今回は住所まで特定する必要もないし」


 「そういうもんなの……」


 「そういうもんよ。何か伝言を託してるってことは少なくともアカネの知り合いでしょ。アカネのTwitterのフォロワーから辺りで探していったら割とすぐ見つかったわ」


 「ほーん、で、どこにいるの? その人」


 「東京だって、ちょうどイベントに参加してるってさ」


 そう言うとお姉ちゃんは、持っていた外行きのバッグから、そっとクリアファイルに入った一枚の紙を取り出した。そこにはさっきの男子の画像が大きめにプリントアウトされていて、お姉ちゃんが手書きで書いたたくさんの特徴が所狭しと書かれている。


 肩幅狭い、メイク跡、顔の輪郭線、首元のほくろまで、見える限りの特徴をこれでもかと書き連ねている。ふーむ相変わらず、ちっちゃい積み重ねの鬼だなと感心しながら、私ははてと首を傾げた。


 「ふーん……え、どうやって連絡とったの?」


 見つけたまではいいが、一体そこからどうやって居場所まで調べたのだろう。Twitterのアカウントにわざわざ行き先とか書いてたのかな。イベント出るんだったら、呟くこともあるか。


 「……? Twitterのアカウント分かったらダイレクトメール飛ばせばいいでしょ?」


 うちの天才は、何を馬鹿なこと言ってるのよと言わんばかりに私を見た。


 「………………」


 『……その手段がためらいなくとれるなら、お姉ちゃんとアカネさんはなんで今こんな回りくどいことしてるのよ』と思わず口に出かかったのを私は必死に自制した。いや別に言ってもよかった気もするけどね。


 私が若干、半眼になっているのを気付いてるのかわかんないけど、お姉ちゃんは軽くため息をついて、ふうと肩を落とした。ふうん、珍しい。お姉ちゃんが本当に疲れたちした時によくやる仕草だった。なんだかんだ、この短時間で見つけるのは難しかったのだろうか。


 「それで、ま、見つけたわ。さすがにちょっとてこずったけど」


 「ま、総当たりで写真見てったらさすがに数多いよね。お姉ちゃんでもこれくらい時間かかっちゃうか。アカネさんTwitterのフォロワー多いしねえ」


 「いや……うんと……」


 私の返答にお姉ちゃんは珍しく言い淀む。頭まで掻いてどことなく、困ったように。


 「うん?」


 「てこずった原因はそこじゃなくてね……」


 思わず浮かぶ疑問符に私が首を傾げていると、お姉ちゃんはそっとさっき見せてきたクリアファイルの裏面を私に向けた。


 そこには、とても綺麗な


 しばらく眼を瞬かせる。


 落ち着く、深呼吸、二度見。


 写真に写っているのは茶髪の髪色になったツインテールの女性、ピースサインから目をのぞかせた、ぱっと見て分かる快活さと整った顔立ち、胸の所には確かな女性的な膨らみ、着ているのは可愛げな学生服でびっくりするくらいスカートが短い。


 さっきの男子とは似ても似つかないほど、可愛らしい女の子。


 そんな写真の一部に、お姉ちゃんが小さな〇をつけていた。


 『同一のほくろ……?』


 書いてるお姉ちゃんも自信ないじゃん。


 気になってクリアファイルに挟まっている他の写真もちらっと見てみる。他の写真は髪色も違うければ、服装、眼の色まで違う。背景までしっかり加工されて、時折、牙や角、現実ではありえないような服装たちが散見される。いわゆるコスプレって奴なのかな。知っているゲームのキャラもちらちら見える。


 そんな写真の要所要所にもお姉ちゃんの書き込みがあって。


 『背中の直線が男性的』『右手人差し指の傷が同一』『丁寧に隠された喉ぼとけ』『明るいコンシーラーで髭の剃り跡を隠してる』『化粧を無視した際の輪郭線が一致』とかひたすらに細かく書かれている。ただ、お姉ちゃんも時々、自身がなくなっているのか『?』とか『ほんとに?』みたいない書き込みもちらちら見える。


 私は改めて、裏面の快活そうな男子の写真を見た。


 もう一度裏返して、茶髪のツインテールの女の子画像を見た。


 くしくもピースサインから目をのぞかせているポーズがおんなじで、はっきりとは言えないけれど、同じような性格の明るさみたいなのが、その瞳の奥にはあった。


 あったんだけどさ。 


 「……まじで?」


 いや、いくらなんでも別人過ぎるでしょ。


 「……まじで。本人に確認したら自分であたりだよって」


 「そっかあ……」


 当人にそう言われてしまえば、こちらとしては何の文句も言えないわけで。なんというか、アカネさんの周囲の人は退屈しなさそうだなあ。


 私はなんか現実が歪みそうだったので、男子の姿をそっとクリアファイルの裏に戻しておいて、女子の方だけの写真を見る。うん、こうしてると、なにごともないただ河合だけの写真だね。


 「はあ、世の中にはすごい人もいるもんだねえ……」


 「ほんとにね……」


 「あら、可愛い男の子ね」


 呆れ顔の私達姉妹の隣でお母さんが、女装写真のその男子をみてあらあらと微笑ましそうに笑ってた。


 そう、本当にこう見るとただ可愛いだけの写真。


 うちの学校に置いたら一発で人気者になるだろうなってくらいの可愛さ加減。男の人がやってるからか、なんというか変に媚びた雰囲気がしないのも人によってはポイント高そう。ただ、元気で溌溂とした天真爛漫な女の子って感じで―――――。


 うん、……うん?


 「お母さん、この人が男の人って説明したっけ?」


 「え……どう見ても男の子じゃない?」


 お母さんは何を当たり前なことを言ってるの? とでも言いたげな表情で、私は思わず横目でお姉ちゃんに視線を送った。


 お姉ちゃんは銀幕めいた真っ白な髪を揺らしながら無言で肩をすくめてた。


 うん、アカネさんとこも大概、変だけど。多分、うちも大概だね……。

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