おまけ 百井クスリの動揺
秋田の田舎の、とある中学の生徒会室にて。
「ところで副会長、私、思いついちゃったんだけど」
「何か知らんけど碌なことじゃないだろ、やめろ」
当校、第75代生徒会長、百井クスリ。
支持率は直近の調べで貫禄の93パーセントを記録した歴代最も人気な生徒会長である。
「今度の文化祭、生徒会全員でコスプレしてバンドしない? もちろん、メインステージで」
「やめろって言ったよな?」
彼女は絶妙にパンツが見えない角度で机に脚を乗せながら、アンニュイな表情でそう告げていた。
「残念だけど、もう家庭科部にコスプレ衣装の依頼は出してしまったわ。教師陣のオッケーもとってある。ちなみに私はバニーガール着るから」
「なんで、そういう時だけお前はしっかりしてるんだ……」
ちなみに日常の会長業務の九割は、副会長が担っている。
「
副会長は頭を抱えて机に突っ伏した。普段、仕事しないぼんくら生徒会長のくせに何故こういう時だけ、妙にしっかりしているのか。普段の書類仕事はミスが多いわ、予算会議中に居眠りしだすわ、生徒会演説では壇上で思いっきり転ぶような、間抜けなのに、何故、こういう時だけ。
わなわな震える彼を置いて、百井クスリは窓をガラッと開けて、感無量のように己の計画を語り続ける。
「日々の業務はとても大事よ、文化祭を無事運営するということも、もちろん大事。たくさんの生徒たちの思い出を、怪我や事故で終わらせないように私たちは頑張ってる。でもね、だからと言って、私達が楽しまないって言うのはうそでしょ? 一体だれが、苦しそうな顔をした生徒会のもとで、思いっきり文化祭を楽しめるの?」
などと偉そうなことを言っているが、百井クスリが文化祭準備において、まっとうに仕事をしたのは、新規の出し物ののオーディションのみである。その業務すら、「面白そうだったら全部採用」というとんでも方針で突っ切ったため、副会長の胃は順調に死にかけていた。
「……仮にやるとして、第一、全員未経験じゃないか。練習時間はどうする。俺は忙しすぎて練習時間なんてとれんぞ」
「そう? やり方考えたら、意外となんとかなると思うけど?」
副会長の胃は限界だった。
一体、自分がどれほどの仕事を抱えているか、書き出して思いっきり突き付けてやろうかと思った。それでどうにかなるわけではないが、ちょっとはうさも晴れるかもしれない。
第一、この生徒会長には常日頃から腹が立っていたのだ。生徒会選挙の後に、あまりに運営が杜撰過ぎて、こいつはほっておけないと手伝い出したのが間違いだった。そろそろ真面目にやってもらわないといけない。だからこそ、ここは厳しく現実を―――――。
「あんた忙しいんでしょ? じゃ、
……。
…………。
副会長は首を傾げた。今、この生徒会長はなんといった?
自分が? 片づける? 普段、まったく仕事しないのに?
「お前が仕事……正気か? あ、もしかして熱があるのか?」
副会長は思わずクスリの額に手を伸ばしかけて、ぺしと軽く払われた。
クスリは少し呆れたような視線を、副会長に向けて軽くため息をつく。
「あのねえ、片づけると言っても、誰も私が仕事するとは言ってないでしょ。そんなことしても焼け石に水だし。とりあえず、今、抱えてる仕事見せて」
呆けた様子の副会長が言われるまま、文化祭に向けた雑務を書き出していく。文化祭運営というのは、一つ一つの業務はとても単純だ。ただその単純なものも、学校全体という規模の大きい物になれば話が変わってくる。書類を出せと各部活やクラスに行っても集まるかどうかは向こう次第。人が沢山関わる仕事とはかくも面倒くさいものかと、何度副会長が頭を抱えたことか。
だというのに。
「いい? 仕事なんて人に頼ってなんぼだからね。テントの搬入? ああ、運動部に手伝ってもらいましょ。で、ちょっとだけ、出店の配置優遇してあげといて。パンフレットの製本? そんなの適当に各クラスに振り分けるわよ、先生への許可? いらないいらない、手伝って―! っていったらみんな手伝ってくれるわよ。出し物の発表順? くじ引き! 以上! 備品確認が多い? あやこたち呼ぶわ、ていうかあの子そういうの得意だから任せたら喜んでやるわ。中央のモニュメントに貼るメッセージカードの集まりが悪い? 明日、昼休みに校内アナウンスで流したらいいじゃない、カードを各クラスにその場で書いてもらえるよう準備だけしといて。回収も昼休み中にすればみんなぱって書いてくれるわよ。教師から変な仕事押し付けられた? おっけ、のしつけて返してくるから、貸しなさい」
副会長がぼーっとしてる間に、あっさりと仕事が片づけられていく、というか適切な形に振り分けられていく。そうして呆けている間に、未製本のパンフレットがどんと手の上に乗せられた。乗せてきた百井クスリ本人も両手いっぱいに、パンフレットを抱えて、今にも走り出さんばかりに足踏みをしていた。
「ほら、今なら放課後に残ってる暇な子たちいるから、手伝ってもらいましょ。善は急げよ」
副会長は軽くため息をついた。呆れと、納得と、やっぱり呆れが、混じりに混じったため息だった。
「何してんの、ほら行こ!」
彼女に言われるまま校舎中をひた走る。すると誰かが声をかけて、皆が少し笑顔になる。
彼女が手を合わせて、必死に頼み込むと、みんな仕方ないなあと笑って請け負う。
それに彼女が笑って返すと、それに誰もが笑い返す。
彼女がこけて書類を零せば、どこともなく人が集まって彼女の代わりに拾い始める。
それを聞きつけた誰かがまた集まって、何してんの、手伝おうかと彼女の周りに人が集まっていく。
笑ってお礼を言う。笑ってお礼が返される。
そうして、笑って副会長の肩が叩かれた。
いっつも会長のお世話大変だな、ありがとう。あんたのお陰だよ。
そう言われてしまったら。
副会長も笑って返さざるおえなかった。
百井クスリは、歴代最も人気な生徒会長であり、最も誰かを頼る生徒会長だった。
だからこそ、誰もが彼女を助けて、それに彼女はとてもいい笑顔でお礼を返す。
だからこそ誰もが彼女の役に立とうと自分から手を上げた。
副会長は軽く笑って、息を吐いた。
もともと、生徒会長に立候補していた彼は、落選後、百井クスリに必死に頭を下げられて手伝うことになったのだ。
自分だけではできないから、手伝って。
どうしても君の力が必要なんだ、と。
そんなこと言われてしまえば、むげに断ることもできなくて。
何より、生徒会選挙の演説で、自分の目の前で盛大に転んだ彼女があまりに見ていられなくて、そんな縁で手伝い始めたのだ。
彼は軽く息を吐く。なんでも自分でやろうとしてしまう自分では、そもそも勝てるわけがなかったのだと。
いつかの壇上でそうしたように彼は笑って、転んだクスリに手を差し出した。
「ほら、立てるか?」
「うん、ありがと!」
そうして返ってきた笑顔で自分の苦労など簡単に報われてしまうことは、とてもクスリには告げられそうにないわけだが。
※
三日後。
「うし、これで雑務あらかた片付いたわね、時期になるまで動けることは大体動いたし」
「そう……だな、本当に終わるとは……」
「ふふ」
「ん? どうした? 随分ご機嫌だが」
「これで、
「……………あ」
「とりあえず、あんたもバニーからいっとく? それとも王道に執事服?」
「勘弁してくれ……」
彼の苦労は終わらない。
まあ、それはそれとして今までで以上に思いっきり楽しむ文化祭になるとは、まだ、知る由もない。
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