第9話 百井シロカは苦悩する

 うだるような夏の音がする。


 暑すぎるあまりセミの音すらしないから、車の音と熱が連れてくる耳鳴りだけが響いてる。


 私から見ればかなり発展した街並みなのに、暑すぎるせいか人はまばらだ。


 東京に比べると少し背の低いビルと、住宅街が立ち並ぶ、そんな街。


 九州は大分、私が住んでいた秋田より随分と蒸し暑い、そんな場所で。


 住宅街の一軒家、そのインターホンの前で、私は立ち尽くしていた。 




 「—————え? いない?」




 今にして思えば、どうして気づかなかったのだろう。


 いや、考慮はしていたのだけど、どこかでそんなはずはないって思い込んでたんだ。


 一方的に私ばかりが知っていて、私ばかりが想いを募らせている気になっていた。


 「あの……何時頃、戻りますか?」


 『さあ、あの子の気分次第だから何とも言えないかな。夏休みが終わるまでには戻ってくると思うけど。ごめんねえ、折角遊びに来てくれたのに』


 「い、いえ……」


 合坂アカネは旅に————出たらしい。


 名前しか知らない、友達を探しに。


 「ちなみに、誰に会いに行ったか、————わかりますか?」


 『なんて言ったかなー……そう、


 私のことを探しに旅に出ていた。


 『どうする? 折角だったら上がっていく? 電話したらつながると思うけど。———そういえばあなたお名前は?』


 「い、いえ……。お手紙だけ入れておきます……突然すいませんでした」


 そう言い残して、私はインターホンの前から逃げるように去った。


 ポストに不在の時用に準備していた封筒だけ投函して。


 なぜか大慌てで、合坂アカネの家の前から逃げ出した。


 インターホンの向こうで、合坂アカネの母らしき人が、何か言っていたが聞かないまま走り出した。


 走っている間に、胸に入ってくる夏の空気は、ただ焼けるように暑かった。



 ※



 「はあ…………………」


 そんなやり取りを終えて、近くのファーストフード店でようやく一息ついた頃。


 改めて開くは一人反省会……。


 「なん……っで考えなかったんだろ……」


 ファーストフード店のWi-Fiを繋げて、タブレットで合坂アカネのツイッターを見て嘆息する。


 どうやら旅に出いていると思しき投稿が複数件あった。……昨日のホテルでこれを見ていれば、もう少し早く気付いたものを。いや、気付いたところで今の所在はわからないのだけど。


 紅茶をすすりながら、思わず繰り返しため息をつく。


 嘆いたところでどうにもならないが、あまりにも、あまりにも情けない。


 外出の可能性は考慮していた。家族旅行とか、友達の家に行ったとか。その日や数日帰ってこないくらいなら、近くのホテルにでも泊まればいいが、まさかいつ帰ってくるかわからないときた。


 まあ、もちろん合坂アカネのお母さんの言うように、電話で繋げてもらうと言う手もあったのだけど……うーん。


 それをするらなら、ツイッターでアプローチをかけているわけで、折角だから、直接会ってこう運命的な出会いを果たしたいって想いもある。ああ、でも結局会えないなら、やっぱり連絡だけでも取っといた方がよかったのかな……。


 脳内で妹が「だから、言ったじゃん!!」って大声で叫んでいた。くそう、今回ばかりは言い返せないかなあ……。


 はあ、と、もはや何度目かもわからないが、深くため息をつく。


 これから……どうしようか。


 合坂アカネが帰るまで、この近辺で待つ? それかツイッターの情報をもとに合坂アカネの足取りを追いかけようか……いや、最終的に私の家に着くなら私の家で待ってればいいのかな。というか、探し出したってことは私の本に気が付いたのかな? それか合坂アカネの通う学校にでも行って——————。


 ぐるぐると思考が回る。だめだ、こういう回り方してる時はろくなアイデアが出てこない。


 髪を振り乱して、頭をふる……一旦、落ち着こう。リラックスしてから、もう一度、考えをまとめよう。


 そう決めて、私は少しばかりぼーっとした。


 お店の窓から見える景色を広く続くアスファルトを、同じような平坦な気分で見つめる。


 ……。


 …………ショック。


 うん、……………………ショックだな。 


 折角、…………折角…………会えると思ったのに。


 たくさん……緊張したのに。


 そして……とても……楽しみ……だったのに。


 まあ……、私を探してってのは、嬉しいけどさ。


 何も……こんなタイミングで行くこと……なくない?


 あと、一日か二日待ってくれてたら……よかったのに。


 それか、私がしばらく待ってたら……よかったのかなあ。


 ……。


 もう……。


 しょうがないなあ……。


 でもまあ……ちょっと驚いたのは。


 私……片思いじゃ、なかったんだな。


 向こうも……合坂アカネも……私を知ってて……探そうとしてくれたんだ。


 本の表紙に暗号とか仕組んだけど。


 正直、ダメもとだった。


 気づいてもらえるなんて……期待してなかったんだ。


 だけど知ってて、くれたんだね。


 探そうと、してくれたんだね。


 会いたいって……思ってくれてたんだね。


 ちょっと……嬉しいな。


 すれ違っちゃったけど……さ。


 ちょっと……嬉しいよ。


 合坂アカネ。


 私は目を閉じていた。


 さっきまで雪崩のように蠢いてた思考が落ち着きを見せてくる。


 ゆったりと、頭のあちこちで喚いていた痛みが治まってくる。


 深く息を吐くと、身体から余計な力みが抜けていく。


 ちょっと……マシになってきたかな。


 さあ……これから、どうしよっか。


 なんて、私が背を伸ばす頃。


 ふと、窓の外の視界に、私と同じくらいの女子の姿が映った。


 育ちのよさそうな格好に、少し長めの黒髪。


 暑さのせいでほとんど人通りがない街中を、電話をかけながら必死にあちらこちらを見回している。


 なんか探してるのかな……?


 なんて、ぼんやり思っていると——————、こっちを見た。


 そして、


 —————ん?


 それから、その子は携帯の電話を切ると、まっすぐファーストフード店につまり私のいる方へずんずんと向かってきた。


 いやあ、まさか、そんなわけないでしょ。


 だって、私当然だけどこっちに知り合いなんていないし。


 なんて私の思考をよそに、その子はファーストフード店の自動ドアをくぐり、注文もせずカウンターを抜けて――――――私の所までやってきた。


 え?


 呆ける私をよそに、少し背が低めのその子は、座る私の目の前に立って見下ろしてくる。


 きつめの表情、暑い中を急いできたのか息は切れて、顔も赤い。


 少し汗ばんだ額をぬぐって、彼女はじっと私を見たまま口を開いた。




 「——————?」



 

 これが、私と、仲座ボタンとの出会いだった。

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